第83話 不穏な風

 怪鳥が出る時間は夕刻だという。それまでは自由に過ごして貰っていいとニック・ハンスさんは言い残して業務へと戻って行った。キノさんもニック・ハンスさんに着いていってしまった。


 こいつを残して。


「マリーナも大きくなりましたね。母親譲りの赤い髪に、父親に仕込まれた戦闘能力。君は実に恵まれていますね」


「ヨハネス隊長。人の家庭の話を抉るのが相変わらずお好きなようで」


「いえ? 私はただ君を褒めただけですよ? あぁ、そういえば髪は母親譲りなのではなく、母親と交換したものでしたね」


 一日に二度も地雷を踏み抜かれ、頭の血管が怒張どちょうするのが分かる。こいつのこういう所が死ぬほど嫌いなんだよ。


「私はあなたのそういう所を好みません。ウィンド・ミルにあなたは来ないと思っていたのに……」


「あぁ、そういえばここは私の故郷でしたね、忘れてました」


「忘れるって、そんなことありえるんです?」


 その瞬間、私がよく知るヨハネスの顔となる。目に光を宿さず、淀んだ暗褐色の瞳には虚無しか写っていない。私を見ているのに、私を見ていない……どんよりとした過去を見ているような冷めた目をしていた。


「王立区もですが、こういった過疎化した地域は空気もヒトも思想も淀みやすい。英雄ヴォートルの中にはこの寂れた村出身の者もいました。ですが、この事実はニック・ハンス……いや、その操り人形師が隠しています。ほんと、くだらない地区ですよ」


 王立区のドロドロとした深い闇の部分を知っているのは私とヨハネスのみ。ワイアットは心の声を聴き、何となく察しているようだけどハウンドは何度も首を左右に傾ける。イルのようにエピソーダーとなる人物を手当り次第集め、童話を受け継がせる事で自身の地位を保持する。たったそのためにアイツらはヒトの道を外れる。ヨハネスは気に食わないけど、王立区に対しての評価は私も同意する。


「ワイアットさん、マリーナさん達がなんの話してるか分かりますか? 私、王立区なんて初めて来たので、分からないんですけど」


「俺も来ない。でも、大体わかる。王立区、ストーリアのこと嫌い」


 ワイアットの答えを聞いたハウンドは更に首を傾げる。その姿は音を聞こうとする犬そのものだ。ヨハネスは胡散臭い薄い笑みを浮かべて、ハウンドに話しかける。


「なるほど……レッド地区に住む犬獣人のハウンドさん、ですか。エピソードはないのですね」


 ハウンドは垂れた茶色の耳を少し立てると、すぐさま私の傍へとやって来て警戒心を剥き出しにする。といっても、子犬並の威嚇だから空気が和らぐだけであった。


「私の友人・・に聞いたのです。先程の答えですが、ストーリアは別に嫌いではありませんよ。ただ、あのシェヘラザードが嫌いなのです。嘘くさくて」


「それは、ヨハネス隊長もそうなのでは……あっ!」


 ハウンドは口を押さえるももう遅い。可哀想に、このくらいで奴は怒らないが面白がってネチネチと今後も言われ続けるだろう。顔を青くして私に助けを求めてきても、私はなんのフォローも出来ないぞ。ワイアットだって目を逸らしてしまっている。


「ハウンドくんは素直なのですね。好きですよ? 素直なヒトは騙しやすく、簡単にヒトを信じてくれるので」


 薄く笑うヨハネスに対し、ワイアットは子犬のように縮こまって怯えていた。完全に玩具認定されたな。これ以上こいつの関わっていてもいい事は無い。気分転換がてら外に出るか。


「最低ですね。はぁ、ヨハネス隊長。私達は少し外に出ます。村の状況は知っておきたいですし」


「仕事熱心ですね。それとも、私といるのは嫌ですか?」


「限りなく後者ですね」


 その瞬間、ぐいっとワイアットに袖を掴まれ、何事かと彼の顔を見ると明らかに焦った表情をしており、謝れと言わんばかりに口がパクパクと動いていた。隣にいたハウンドも顔を真っ青にして脂汗をダラダラと流しているが、私の知ったこっちゃない。どうせ心を読んでくるんだから、ここで取り繕ったって意味が無い。


「君は本当に素直ですね。私の隊のウィルやコルウスは特に見習って欲しいですよ……まぁ、そんなことはさておき、村に行く際は私の名前、いや、セルバンテスの名を呼ばないでください。色々と面倒なので」


 面倒、その言葉に妙な突っかかりを感じながらも、外へ出た。やはり外の空気は新鮮で、あの地下室よりも開放感があった。風車の村なだけあって、冬なのに心地の良い風を届けてくれる。時刻は昼過ぎ、村の飲食店で何かを食べようか。


「ウィンド・ミル……故郷を思い出すような田舎風景ですね」


 ハウンドがボソリと呟く。


「ハウンドってどこ出身なの?」


「あ! 私はレッド地区出身なんです!」


 茶色の尻尾をブンブンと振りながら答えてくれた。元気があるのはよろしい。


「レッド地区といえば……亡くなった大神アルマと同じね」


 そう答えると分かりやすくしゅんとなり、子犬のような表情を浮かべた。


「アルマさん、彼女は無能力者である私の憧れでした。あの決戦でまさか怨毒になるなんて……あのヒトの童話語りをもう一度聞きたかったです」


「確かに、彼女の童話語りはもう聞けない。私も親友の童話語りを聞くことは出来ない。だけど、これから先は他の隊員の童話語りは嫌になるほど聞く。悲観してばかりじゃ、市民をより不安にさせる。ま、その感覚に慣れるまでに時間はかかるだろうけど、焦って学ぶ必要は無いよ」


 私がそう答えるとハウンドはキョトンとした表情を浮べたあと、曇りのないやる気に満ちた表情へと変わる。ワイアットは私を軽く小突き、ニヤニヤと笑ってやがる。先輩風吹かせやがって、とでも言いたいのだろう。


「よひ、とりあえず村の様子でも見に行こうか。被害と信仰の状況を見ておきたいしね」


 2人はこくんと頷き、私達はポツポツと家が並ぶ村へと歩き出した。


 ​───────……


 村は想像通りヒトが少なく、年寄りがほとんどであった。若者もいるにはいるが、動ける者は農作業や風車の点検に回っているようだ。そして、隊服を着た私達を珍獣を見るようにして上から下まで観察し、ヒソヒソと話す様子は田舎名物だな。


「あの、やっぱりストーリアやエピソーダーの事が嫌いなんですかね? その、私耳が良いので聞こえてくるんですよ」


「あの事件以来、ストーリアの評判は下がりっぱなしだから仕方のない事だ。ああいうのは無視するのが一番」


 しかし、ハウンドは気になるのかキョロキョロと落ち着きがない。見かねたワイアットは付けていたヘッドホンをハウンドの耳に当てる。ヒト用と獣人用は違うため、若干付けにくそうだったが。


「ワイアット、いいの?」


「うん、俺、慣れてる」


「……そっか」


 慣れとるとは言っていたが、顔色はよろしくない。ヒトの悪意が声として聞こえる彼には辛いだろうな。もう少しヒトの少ない場所に移動を​───────


「あの、ストーリアの方々ですか?」


 鈴のような綺麗な声が後ろか聞こえ、後ろを振り返ると栗色のロングと翡翠色の丸い瞳をした美しい女性が立っていた。


「はい。私達はブルー地区の第1部隊です。何か困り事でも?」


「あ、いえ、そういう訳では無いのですが、この村にやってくるストーリアはほとんどいないのでお近づきになりたくて……あ、あの! 良ければ私の食堂でお昼食べていきませんか!?」


 顔を赤くし、震えた声で女性は見つめる。怪鳥のことも知りたいため、ご厚意に甘えようか。ワイアットも怪訝そうな顔をしていないからこの女性に悪意はないだろうし、大丈夫だろう。


「では、そうさせていただきます」


 私がそう答えると、女性は花が咲くように笑い、上機嫌なまま食堂へと案内してくれた。

 村の人からは先程とは違う、妙な視線を感じたが……特に気になる程のものではなかった。

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