第82話 風の吹く村、ウィンドミル

 とある風吹く村、騎士を名乗る老人がいた。彼らは村を荒らす怪鳥に頭を悩ませていた。


 その怪鳥は人ほどの大きさでありながら、銀の翼が四枚、鷹のように鋭い黄色の眼光、垂れた銀の光を淡く孕んだ金の尾。その怪鳥は人の前に現れては愛おしい者、親しい者の声を真似する。村人はそれに懐かしんで貢物をもって会いに行った。そのせいで村はいつまでも貧しいままであった。


 ある日、始祖のエピソーダー達が村を尋ねた。


「我ら始祖のエピソーダー、安寧の地を築く為にやってきた。この地には怪鳥がいるときいたが?」


「あぁ、始祖のエピソーダー様。この地にはヒトを騙す怪鳥がいるのです。退治したくとも村人達がそれを許さない。幾度か戦いを望むも、村人達が怪鳥の壁となるのです」


 それを聞いた始祖のエピソーダーのうち、赤い髪を揺らす人魚姫と片腕と両足がブリキで出来た青年が声を上げた。


「私達でその怪鳥を説得させましょう」


 ​───────……


 風の町、ウィンドミル。あそこは綺麗だが、観光となるものは風車ぐらいしかなくて廃れていく一方の町。あの町出身のヨハネスさん、シルトさんがいるものの、里帰りもなにもしていないのか栄える雰囲気はない。


「虚飾ばかりの地区だけど、ここだけは綺麗なんだよね。ま、綺麗なのは景色だけなんだけど」


「マリーナ……」


 じとりと睨んでくるワイアット。あんただって嫌いなくせに。ふんっと鼻を鳴らして車から見える景色を見つめる。しかし、その窓には栗色の耳が動くハウンドの顔がしっかりと映っていて妙に気まずい。初めて会った時、何を質問しても答えてはくれなかった。というより固まっていた。おかげでどんな会話をすればいいのか何一つとして分からない。


「あの……ハウンドさん? そんなに見つめないで貰っていい?」


 視線に耐えかね、対面にいる本人にそう言うも見つめてばかりでなにも響いていないようだ。


「本当に美しい赤髪ですね。もう何十時間も見てられます」


 その瞬間、ワイアットの顔は凍りつく。私の顔も酷く冷めたものとなっていた。彼女は私の容姿を褒めただけ、なんの悪気もない。でも、もう二度とこの髪については触れないで欲しい。窓に映る私の顔は母によく似ていて、懐かしさと憎悪が同時に体をグルグルと回る。


「……人魚姫の髪色は金だった。だけど、母は赤い髪をしていて、童話通りの人魚姫じゃなかった。特定の条件を満たすことで陸でも生活はできていた。だけど、私が生まれた。童話上の人魚姫のように金の髪をもつ私が」


 ハウンドの顔は見なかった。予想はつく。


「メルヘンズとしての運命を辿って欲しくなかったのかどうか知らないけど、母と私はお互いの髪色を交換した。その数年後、母は泡となって死んだ。この赤髪は母が遺した2つ目の形見といったところだ。染めたくても父がそれを許さない。あの人の形見なんて童話だけで十分なのに」


 軽く舌打ちし、赤い髪に触れる。もう顔なんて覚えていない……大した思い出もない。覚えているのは赤く染まった体が徐々に泡となっていく母とダディの絶望した顔だけ。私は母のようにはならない。もう二度と、ダディにあんな顔をさせない……!


 握りしめた拳は僅かに震えた。ハウンドは何度も謝り続け、他の質問はしてこなった。ワイアットはじとりと睨みつけてきて、やり過ぎだと言わんばかりの顔をする。心の中で、私は質問されるのが嫌いなんだと答えると、ワイアットは大きなため息をついた。


「嫌な先輩」


「うっ……」


 ぐうの音も出ない。確かに20歳にもなった女が何を言っているんだろうか。そういえばイルにガキっぽいって言われたな。もう少し自分を見つめ直そうと思った矢先、車が止まった。


「お待たせしました! ウィンドミルに着きましたよ!」


 キノさんが扉を開けると、冬とは思えないほど心地よい風が頬、髪を撫でた。冷たいといえば冷たいのだが、不快に思うほどのものではない。目の前には木造の小さな建物があり、よく見ると小さく「第4部隊 ウィンドミル駐屯地」と書かれていた。もうボロボロで今にも外れそうだけど。


「えーっと、この建物大丈夫なんです? ジャンプでもしたら崩れそうな程なんですけど」


「ここの駐屯地は歴史がありますからねぇ。それに、駐屯地なんて書いてますけど、中にはなーんにありません」


 ハウンドの質問に対して、キノさんはあっけらかんとした態度で答えた。だったらなぜ連れてきたのかと問いたかったが、その答えは自らやってきた。煙を纏った線の細い彼はまるで生気を感じられず、深淵から這い出てきた悪魔に近しい姿だ。黒く長い髪をゆらりと揺らし、細い目からは赤い瞳孔が私達を捉える。


「おやおや、会うのは久しぶりですね、水瀬マリーナ」


「ヨ、ヨハネス・セルバンテス隊長……あなたが何故ここに?」


 死人のように白いその肌は血管が見えそうなほど細く、本当に第4部隊の隊長なのかと疑いたくなる。見るからに狡猾、外道、そんな言葉が似合いそうな男だとつくづく思う。ヨハネスさんはフッと笑みを浮かべ、私を見下ろす。


「ヨハンでいいですよ。ここは僕が2番目に嫌いな場所です。もちろん、1番はストーリア本部。ここの所、妙な噂が流れていましてね。部下に任せようと思いましたが、あの人魚姫が関与してるとなれば、俄然興味が出てきましてね」


「……何が狙いです?」


「おや、疑い深いですね。君はとても嫌がるでしょうが、必ず僕の助けが必要となるでしょう。いつでも頼ってください、この狡猾で外道な僕に」


 胡散臭い笑みを見て思い出した。そうだ、この男は悪魔を通せば人の心も聞けるんだった。ここで反論できるわけもなく、せめてもの抵抗として渾身の笑みを浮かべ続けた。あくまでも否定も肯定もしてないぞアピールだ。騒ぎを聞きつけたのか、ヨハネスさんの背後から赤髪の男が現れた。


「こらこらヨハン。からかうのもそこまでだよ。やぁ、僕はニック・ハンス。王立区の地区長で、ヘイトリッドの兄なんだ」


 緩い赤髪に青い瞳孔、確かにヘイトリッドさんによく似ているけど機械人形なだけあって僅かに動きが硬い。油でもさし忘れたか?


「第一部隊所属、水瀬マリーナです」


「ワイアット、です」


「ハ、ハウンドであります!」


 敬礼をするとニックさんは朗らかな笑みを浮かべ、ヨハネスさんは不服そうな顔をしていた。誰がお前なんかに敬礼するもんか。昔から私をからかってきやがって……あの恨み、一生忘れねぇからな。どうせこの声も悪魔には筒抜けなのか、ヨハネスさんの顔は楽しげなものへと変わっていた。


「キノさん、案内ありがとう。エピソードの回収まで付き添うんだっけ?」


「はい。それが私の役目ですから」


「なるほど。例の怪鳥が出るまで少し時間があるので、皆さん、詳しい話は中でしましょうか」


 ニックさんはボロ小屋の扉を開けて、入るように促すが、誰もが同じ思いをしていた。ここに入るのか? と。なにしろホコリどころか虫の巣になっていそうなボロ小屋の中で話をしようというのだ。誰もが遠慮するだろう。


 恐る恐る、部屋の中を覗いてみると何も無かった。テーブルも、椅子も、明かりさえもなかった。木の板だけが露出しており、何故か身震いする程度の恐怖が背をなぞる。ニックは部屋の中に入り、床を複数回足で叩く。すると映画かドラマのように木から鉄の床扉へとゆっくりと姿を変え、床扉を開くと地下へと続く階段が現れた。


「……なんでヒトって地下へと続く階段を作りがちなんでしょうか」


「色んなメリットはあると思うけど、今回に関してはただの趣味だとしか思えない」


 ハウンドは私の解答に対して同意し、現れた階段に引いていた。ワイアットに至っては何も動じていないのかニックさんの後をスタスタとついて行く。わざわざ地下に隠す必要あるか? そんな事に金かけるなら普通の場所に呼んでくれない?


 そんな愚痴を心の中で吐きながら暗がりな階段を降りる。


 十段ほど降りると、明かりが全てを照らした。淡い光に包まれていたのは優しい木目の家具といかにも高そうな絨毯があり、家具一つ一つとんでもない金額をしていることは素人でもわかる。


「ここは僕の隠れ家なんだ。昔はヘイトリッドとよく来てたらしいけど、こんな体になってからは幼少期の記憶はないんだ。ま、仕方ないよね。さぁ、自由にくつろいでもらっていいよ。紅茶でいいよね?」


 ニックさんは手際よく紅茶を淹れていく様子はまるでヒト。だが、言葉の端々から感じる声の冷たさだけは機械そのものだ。まるで過去を後悔しているような素振りはない。彼にどんな過去があったかは知らないが、王立区出身であればなんとなくは想像できる。


 程なくしてニックを除いた5人分の紅茶が出された。


「怪鳥はね、いつからか現れた。一度だけあったことがあるんだけど、性別や年齢が一切分からないヒトの姿をしていた。それは一言だけ僕に言ったんだ。『ダリアに命じられ、ここに舞い戻ってきた。答えよ、我が盟友がどこにいる』」


「……それで、なんて返したんです?」


「知りません、その一言だけだよ。それが例の怪鳥だと知ったのはもう少し後だった。それからだよ、ヒトを騙しては貢がせ始めた」


 眉間にシワを寄せ、本当に頭を悩ましているようだ。ヒトを騙す、ねぇ……果たしてこのメンバーでそんな怪鳥に立ち向かえるのか? ワイアットはともかく、ハウンドなんかはすぐに騙されそうなんだけど。チラリとハウンドを見ると、ヒトの話なんて聞いていないのか、まだ部屋を見回していた。さすがは犬の獣人、臭いも嗅いで警戒しているようだ。もしくは興味があるだけかもしれないが。


 ニックは私の目をじっと見つめる。


「もし、本当に例の怪鳥ならば……マリーナ、君の言葉になら耳を貸すかもしれない。出来れば穏便に済ませたい。無理ならば英雄ヴォートルの手に渡る前に死体ごと焼かなければならない」


「随分と物騒ですね。それが王立区を守るニックさんのお考えですか?」


「前者は僕の気持ちだけど、後者は違う。ピーター・マシュー総裁からの指令だよ。昔の彼ならばこういう決断はしなかったろう。だけど、時期が時期だ。これ以上、ストーリアの面子が潰れては市民との関係に溝ができ、国家が揺らぐ可能性がある」


「やるなら徹底的に悪を根絶せよ……ということですか。分かりました。できる限りの交渉をしましょう」


 ニックさんは感謝を口にし、青年らしい微笑みを向けた。勝手に殺せば怪鳥を信仰している信者が必ず騒ぎを起こすはず、そうなればニックさんやヨハネスさんへの不信感が高まるだろう。これ以上、ストーリアに不穏な空気を作りたくはない。隣にいたキノさんの表情がわずかに怒気を帯びたが、すぐに柔らかい笑みへと変わり、私を応援し始めた。


「マリーナさん! 頑張ってくださいね!」


「……えぇ、期待に応えられるよう取り組みます」


 嫌な予感がする。それは私だけではないのか、ワイアットの顔も厳しいものとなっていた。

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