第45話 故人との別れ方を知らない

「はぁ、今頃カプリス達は本部で緊急会議ね……不甲斐ないわ」


「不甲斐ないなら、きちんと休んでください……エピソードの使いすぎで怨毒化一歩手前だった人が、書類整理なんてしないでください」


 点滴をしているはずのセルバンテスさんは、豪勢な個室で始末書を書きながらノートパソコンで何かをまとめている。仕事人間なのだろうか、さっき見たスマホにはモデルやテレビの出演をキャンセルするというメモがあった。しかも沢山。


「エピソードの使い過ぎといっても、脱水症状みたいなものよ。あと少しで熱中症になってましたねって話よ。動けない程の事ではないわ」


「脱水症状だろうが、熱中症だろうがしばらくは安静じゃないといけないことは事実です。はぁ、怨毒が現れたかと思えば氷が出てきて、一部の街は消えてますし……困ったものですわ」


 私がため息をついて窓から見える平地となった街を見る。それは縦一列に綺麗に無くなっており、建物が多く建っていたなんて想像出来ない。セルバンテスさんは手を止め、感情が高ぶったのか広い個室に冷たい空気が私を包み込む。


「……エピソーダーが死ぬと必然的にエピソードも無くなり、童話が滅びる。それなのに、『浦島太郎』というエピソードは浦島に継承されていた。あの童話は私の友人が扱っていて、自身のエピソードを童話として遺していなかった」


「そんなことありえるのですか?」


「ありえない……と言いたいところだけど、あり得たのよ。それと、どうやら私達の血は怨毒化を促進させる因子があるみたいなの。私の予想としては、一般人にその血を入れるとアレルギーのような拒絶反応が起きて怨毒化する」


 セルバンテスさんは小さな人型の氷像を作り、指で小突く。その氷像は形を変えて怨毒化した氷像となる。


「以前に発生した、紅薔薇のドレスを着た怨毒は人の姿に戻ったそうですが」


「エピソードは感情の起伏によって威力が変わる事もある。そして適用したヒトの性格にも影響されて童話内でヒロイン役だったり、敵役だったりする。現に私は童話に出てくるカイであり、雪の女王でもあるのよ」


「何かしらの理由でエピソードが適用、もしくは感情が落ち着き、理性が保たれると抑えられるかもしれないということですか……なんだか頭が痛くなる話ですね」


 そうね、とセルバンテスさんは言う。何でもないような素振りをし、仕事を続けるがやはりその顔は苦しげだ。愛した地区と庇護の対象であった住民から非難されるのは慣れているとはいえ、かなり厳しい。

 良い事をすればそれが全て褒め称えられるような仕事ではないことは理解しているが、見返りを求めてしまっているのも事実。私でも悔しいというのに、非難の対象であったセルバンテスさんはどうなのだろうか。


「悔しい、悲しい、腹立たしい……そういった感情は絶対に市民に向けてはいけない。思ったとしてもすぐに消しなさい」


「えっ、すみません。態度に出ていましたか?」


 セルバンテスさんは得意気に笑ったかと思えば、氷を操る人には見えないほど悲しい表情をする。


「何となくそんな気がしたのよ。いい? 私達は市民の安全を守ることが第一なのよ。その市民が怒りをぶつけるほど元気があるなら、まだいい方よ。それに、表面上しか見ていない奴らに褒められて何が嬉しいの? 私なら全てを知っている上で褒められないものね」


 悲しい表情から一変、今度は強者の笑みにも見える緩んだ顔をする。私はどうしてもそうつよくはなれない……同じメルヘンズだというのに彼に近づけば近づくほど、壁は分厚く、道は茨となる。何かを切り捨てる事が美だとは思わない、思わないが……上の者は常にトロッコ問題を解いては最適解をたたき出す。


「セルバンテスさんは……隊長はなぜ冷たくなれるのですか?」


「冷たい、ね。私はこれを冷たいと思ったことがないの。ただ、現実を捉えているだけなのよ。裏の世界で私は何十年も暮らし続けていた。それはオデットもでしょう? 人種を偽るほど裏の世界を知っている」


 セルバンテスさんは何年も前に消した種族証明書を見せる。コピーしたものであったが、そこには確かに"獣人"と明記されていた。背中に鋭い痛みが走り、思わず唇を噛んでしまう。

 指をさされ笑われるくらいなら耐えられた。だが、あの時は殺意だけが向けられた。私が獣人でなければ……


 その時、鼻先が冷たく感じた。


 室内には今の季節にぴったりな雪が舞っており、冷たいはずなのになぜか暖かいと思った。


「私はね、スラム街の出身なのよ。両親が誰かなんて知らない孤児だった。それに対して不幸だ何だと思うより、生きることが最優先だったからそう感じたことがなかった」


 彼は懐かしそうに壮絶な過去を語る。自慢にも悲話にも捉えられず、まるで昔話をされているような感じだ。雪はしんしんとは積もらず、床につく前に溶けて消えていく。


「孤児でありながらも、カプリス達と共にチームを組んで生きてきた。盗みなんて毎日のようにし、金のある者からは騙して奪っていた。手を出したこともある。そんな中、拾ってくれたのは名前も知らない女の人だった」


 雪は大きくなり、少しだけ足元に積もる。ただ、寒くはなかった。セルバンテスさんはとても柔らかな笑みをしながら語る。


「選ばれた私とカプリスは何年か共に過ごしたの。常識や教養を与え、あの人はこう言った"裏の世界も表の世界も知れ"とね。その人はエピソーダーではなかったけど、とても強かった。尊敬する大人がいなかった私はあの人に憧れるようになり、名前も何度も聞いたけど頑なに教えてはくれなかった。その数年後、セルバンテス家に引き取られた。理由は……あなたも分かるでしょう?」


 セルバンテスさんは少し眉をひそめて話す。ホワイト地区や王立区は代々続くエピソードの継承に特にこだわっている。ほとんどはその血筋の者が受け継ぐが、たまにエピソードが適合しない場合がある。その時、エピソーダーの可能性のある孤児を養子に迎え入れ、エピソードを継承させるケースがある。

 おそらく、セルバンテスさんはそのケースだ。


「まぁ、結果は継承は出来ず、代わりに『雪の女王』というエピソードが私を選んだ。義兄さんも継承出来ずに私と同じ蚊帳の外ね。私はその後、第三部隊の副隊長となり、カプリスも同じ部隊に所属した。そして……十六年前のエピソーダー惨殺事件が発生し、お奥の者が亡くなった」


 雪は途端に止み、代わりに身震いしてしまう程の冷たすぎる雨がしとしと降り始める。ただ、触れても濡れなかった。


「部下も友人も亡くし、ついには私達を拾ってくれたあの人も怨毒に巻き込まれて帰らぬ人となった。隊長も亡くし、部隊を仕切るのは私だけとなって死に物狂いで怨毒となった部下や友人を殺した。それから、髪を伸ばして女装をするようになったの。戦場の中、あの人は美しく、気高く、冷静にこの地区を守り続けた……この姿は尊敬と覚悟を示すものなの」


「地獄を見てきたからこそ、出せる最適解……私にもその覚悟ができるでしょうか」


 雨も止み、セルバンテスさんは落ち着いたのか立ち上がって私の頭に手を乗せる。その手はあまりにも大きく、女装なんて出来るような手ではなかった。


「これは私個人がやっていることよ。あの人が最期にホワイト地区の未来を不安する顔をしていたから、私はそんな顔をする人を減らしたいだけ。それに、この格好をすれば後には引けないでしょう? あと、オデットはもう覚悟してるじゃない、立派な覚悟を」


「え?」


「誰かの未来を変えて、自身の正義を貫く覚悟よ。さ、私も過去を話したからこれでフェアよ。エピソードまで使って演出してあげたんだからさっさと仕事に戻りなさい」


 セルバンテスさんはグイグイと背中を押し、半ば強引に病室から追い出される。閉じられた引き戸を見ながら、ただ私は立ち尽くした。あんなにも広い個室で一人になりたいとか……いや、私はまだ頼られるような存在ではない。


「メルヘンズってどうしてこうも面倒くさいのかしら」


 あの願掛けに等しい姿ではなく、偽りのないあの人を見ることはできないだろう。なにせ、私はその頃には愛する者のと二人で死んでいるのだから。少しだけ、私より長く生きる人達の事が羨ましいと思ってしまった。


 窓の外は月明かりのみの夜空が広がり、積もりそうな雪がしんしんと降っていた。まるで壊れた街を覆うかのように。


 ───────────……


「はぁ、後輩に先輩風吹かすのってこんなにも大変だったかしら」


 無理に動かした体が悲鳴を上げ、寝ていても体の節々が痛い。こうなるから"悪魔の鏡"は使いたくなかった。いや、理由はそれだけじゃない。


 "いつまで俺と分離するつもりだ? お前がどう頑張ってもあの人のようにはなれないし、戻ってこないぞ?"


 エピソードの影響か、自分がもう一人いるような感覚に襲われるからだ。人前ではシルト・セルバンテスのふりをしてくれるが、彼はありのままのシルトだ。


「そうね、確かに名前も教えてくれなかったあの人の真似をしたって意味がないのは分かってる。でも……正しい弔い方をは知らない。それに、この格好をしていると何となく人の気持ちがわかる気がするのよ」


 "確かに、は知らないな。最後は俺になるのか私のままなのか楽しみだな。を知れると俺はありがたいけどな"


「どうなのかしらね。でも、どちらに転んでも私は覚悟している。スノーさんやオデット、カプリスが道半ばで倒れても私は救わない」


 返答はなかった。ただ、願掛けでもあったこの長ったらしい髪があの人と重なり、無性に悲しくなる。こんな歳にもなって、まだ誰かに頼りたいだなんて……


「情けない」


 せめて、最期の一言ぐらい聞けたら良かったとまたありもしない過去を美化してしまう。首元に掛かった歪な形に曲がったドッグタグが今日は一段と重く感じられた。そして、十六年前のように純白の雪が止むことなく夜空を覆う。もうそんな時期か……あの事件はもうすぐで十七年前へとなりつつあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る