第62話 女王である威厳を示せ
ゴーストタウンでの衝突から数日が経ち、世間は私達を責めることに必死であった。
総裁であったシェヘラザードの失踪、多くの隊員と駆け付けた救助隊の死。地区には影響は出なかったものの、これまでの中央区やホワイト区の損害も相まってストーリアと国民との信頼関係は最悪なものとなった。
ただ、前総裁であったピーター・マシューが戻ってきたことには誰もが喜んだ。
「今の所、マシューさんがいるからなんとか活動はできてはいるものの、マシューさんももう現役のようには動けない。シェヘラザードが戻って来なければストーリアはもう無理でしょうね」
包帯を巻いた頭に触れながら話すが、返事はない。
「昨日、オデットとアルマ達の追悼式を行ったわ。オデットとジークフリートは幸せそうに眠ってたわ。アルマは……見てはいないけど、ヘイトリッドがアルマの銃で弔ったようなの」
ヘイトリッドの顔は、見れなかったけど想像はつく。あの王様は桃瀬とアルマに異様なほどに執着しているあの姿は私と重なって見ていられなかった。
「オデット、あの子は伸びしろがあった。メルヘンズとして十分役目果たしたわ。中々見ないもの、あんなにも芯が通って美しくあり続けようとしたヒトはあの子ぐらいよ。あの子の本当の翼を見たかったわ」
返事はない。
「アルマは冷静な子だったけど、昔は尖ってたわね。彼女の訓練学校時代を見たことがあるけど、まぁ凄かったわ。でも、彼女には仲間がいた。やっぱり狼は群れでいることが良いのね。最期も……仲間に弔われたのは幸せだったかもしれないわね」
それはシルトのエゴでは? という冷静で淡々とした返事はそこにはない。ただあるのは虚空を見つめ、ブツブツと何かを呟くカプリスだけ。
彼は、あれから何も変わらず会話が不可能となってしまった。まるで何もかもを忘れているかのように、私と目を合わせようともしない。
初めて、メルヘンズとしての使命を呪った。
「私ね、髪を切ろうと思うの。口調は……直らないかもしれないけど、私はもうあの人に縋るのはやめようと思うの」
オッドアイのその瞳は天井ばかりを映している。
「あぁ、私が『ゲルダ』だったのね」
頬に流れたのはきっと雨だ。氷が溶けて出来た雨だろう。だって、部屋の中はこんなにも寒い。
「雪の女王、ゲルダ、カイ、私は全ての役に選ばれた特殊なメルヘンズ。そのままでいいと思ってたのに、物語の結末は残酷なものね。あなたが『カイ』だったのね」
カプリスはピクリとも動かず、天井を見上げるばかりであった。今、私の涙で洗い流せば元に戻るのだろう。私はカプリスの瞳に映るように覗き込もうとしたが、できなかった。
白い傷が目立つ手足は痛々しかったが、顔だけは傷一つついていなかった。
「……ほんと、綺麗な顔ね」
そう言うと、首をゆっくりと動かして淀んだ色違いの瞳に私が映る。
「カプ────」
話しかけようとしたその時にはもう視線の先には私はおらず、天井を見つめるばかりであった。
……もう巻き込めない。何度も救われてきたんだ、今度は私が救おう。
「尾真田カプリス、君には第三部隊を抜けてもらう。次、目が覚めたときには……また私の隣を歩いてもらうわ。その時まで、待っていてちょうだい。相棒」
冷たいその手を握ると握り返してきた。反射的なものにしろ、私には十分過ぎる返事であった。私は制帽を深く被り、病室から出る。
もう二度と傷付けてたまるものか。この体が氷像となってもなお、私は仲間を、この地区を守りきってみせよう。
病室の外にはスノーさんが立っていた。
「あら、もう
「えぇ、名前も知らないスノーさんの姉は私にとって『雪の女王』のような人でしたから。決別の時ですよ」
スノーさんは楽しげに笑い、私の背中に触れる。
「姉の名前はホワイト。『白雪姫』のエピソーダーでしたの」
「……なぜ今それを?」
「さぁ? わかりませんわ。でも、姉が創り上げたホワイト地区を守る者にはいい重りになったでしょう?」
スノーさんはそう言って病室に入ることなく、どこかへと歩きだしてしまった。私が逃げ出してしまうと思ったのだろうか。大きなため息をついてからボソリと呟く。
「なんでもお見通しってわけね」
これで第三部隊を抜けて個人で活動することは叶わなくなったわけだ。
いいだろう。期待には応えるのが私だ。オデット、ホワイトさん、私がそちらに逝くまでに飽きるほどのみやげ話を持っていくわ。
「セルバンテス隊長、アダムと名乗る男から着信が」
部下の一人が非通知表示の画面が映るスマホを見せる。そういえば、各部隊にアダムからの着信があって、こう話しかけてくる。
「僕の舞台は楽しめたかい?」
淡々としているものの、どこか楽しげな声に腸が煮えくり返りそうだ。胸の内に溢れる黒い衝動を抑えながらも、ゆっくりと言葉にしていく。
「ここは私の地区、私の領土。私はお前達を神だとは認めない。信仰のない貴様らのような生き物は朽ち果てて死ねばいい」
「中々言うじゃありませんか。傷つきますよ?」
そう言う割には声はとても楽しげで、馬鹿にしているようにも思えた。
「死ね、この邪神が」
通話終了のボタンを押してスマホを部下に返す。カプリス、あなたが目覚める頃には私は神殺しの異名がついてるかもしれないわね。でも、この地区やあなたを守るためなら神なんていくらでも殺してやる。
部下の瞳に映る私の姿はホワイトさんとは程遠い姿となっていた。顔に大きくついた一筋の傷は醜く、雪の女王とは呼べない容姿ではあったが何故か誇らしくも思えた。
そう、この醜さこそが私。この地区の汚れを私が一心に背負おう。
この地区の女王である威厳を示すんだ。
────────……
一方その頃、ブルー地区にて
「はぁっ、はぁっ」
真冬の雨の中、傘も差さずに走る少女がいた。バシャリバシャリと跳ね返る泥水が服を汚していくが、少女もその後ろを追う黒い肌をした怨毒も気にも留めていない。それは紫色の瞳がいくつもついており、犬や人間、鳥などに何度も姿を変えては叫びながら少女を追いかける。
少女は涙目になりながらもくるりと後ろを振り返り、扁平状の黒い物体を一つ取り出しては勢い良く投げる。怨毒の体にピタリとつく。そして少女はまたも走り出す。振り返らず、そこに障害物があろうと細く白い足で地をかける。
すると怨毒の体についてた黒い物体は鼓膜を震わせ、爆風を伴うほどの爆発を起こしては弾けとんだ。少女は爆風に背中を押され、壁に体をぶつけてしまった。
「立ち止まれない……次が来る。頑張れ
自身を鼓舞した少女はフラフラと立ち上がり、傷だらけの足でどこかへと走る。その頭上には分厚い本を片手に、翼の生えた怨毒に乗ったアダムがいた。
「凶暴性は十分ですが、いまいち面白みにかけますね。今後は童話だけでなく、怪談や都市伝説を加えていくのはどうでしょう?」
アダムの問いかけに対し、後ろに座っていた中性的な顔をした者が答えた。
「もはやなんでもありなんだね。神になった気分はどう?」
「実に楽しいですよ。本当の神なんて存在しないのに、それを信じてやまない彼らの愚かさを見るのも楽しいですが……一番は物語を創ることができることです。僕らの時代は酷く退屈でしたからね。力はあるのに使わない馬鹿はあの時代の奴らだけです」
「ティモシー兄さん、楽しそうだね。ボクは力が使えないから楽しくはないけど」
中性的な者は唇を尖らせては、ティモシーと呼ばれていたアダムの肩に顎を置く。ティモシーはクスクスと笑い、光のない金の瞳を細める。
「ドミニクがいないと『成れの果て』は完成されません。弟である君がいてこその
「いいよ別に。ボクやりたいことないからいつまででも待てるよ。あとさ、もうエリザベートいらないよね? 血なんか使わなくても怨毒化できるし、前みたいにわざわざ注射で打ったり、銃で撃つ必要性ないんだからさ」
ドミニクがそう言うと、ティモシーは顎に手を当てて悩み始める。そして口角を上げて悪魔のような笑みを浮かべる。
「だったら、彼女を次の『成れの果て』にすればいい」
それを聞いたドミニクは引きつってはいたものの、笑みを浮かべて頷いた。
第二章 第三部隊 完
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