第2話 創造神
むかしむかし、この国は多くの童話が本となって貯蔵されていました。大人や子供はその本を手に取り、創造神がお作りになられた童話にのめり込みました。ある者は童話の本に触れた瞬間、まばゆい光に包まれ、体のどこかに紋章が刻まれる者もいた。その者を『エピソーダー』と言い、常人離れした異能力が授けられた。
ある者は水を操り、ある者は火を、ある者は虚像を映し出し、ある者は怪力を得た。
始祖のエピソーダーは慈悲深き人であった。彼は力無き者にエピソードの力を与え、世界をより良くしようとしていた。
しかし、人は力を得るとその力を見せびらかすもの……
やがて、力を得た国王が現れ、エピソーダーと言う名の人間兵器を駆使した戦争が始まった。
その戦争の名を、『童話戦争』
一人、また一人とエピソーダーの数は減っていき、血で血を洗うなんとも凄惨なものとなった。始祖のエピソーダーはこれを嘆き、この世界からエピソーダーの力となるエピソード、つまり童話や伝承が書かれた書物を封印し、それでも残った物はすべて焚書した。この世界から童話が消えた瞬間であった。
封印が解けるのは始祖のエピソーダーとその血を受け継ぐエピソーダーの素質のある者だけ……
童話の消えた世界は夢の
「──────それがこの国、ネバーランドの始まりでした。我々、エピソーダーはおとぎの後継者として童話を受け継ぎ、国民に真の平和をもたらすのが定め……」
多くの聴衆が集まる広場に、高く設置した壇上にシェヘラザードが立っている。薄緑色の結った髪を揺らし、目を閉じたままシェヘラザードは聴衆に語りかける。目を閉じたままというより、糸目であるため開いているのかどうかわからない、というのが正解か。童顔とも言われる彼だが、壇上に立つと人が変わったように見える。平均身長にも届かない彼が何故か頼もしい存在だと錯覚してしまう。
シェヘラザードの背中を見つめながらそう思っていると、紺色の長髪に桃色の瞳をしたシルト・セルバンテスが話しかけてきた。
「ねぇ、アルマちゃんヘラちゃんは幼馴染って本当なの?」
香水とファンデーションの匂いが鼻を刺激する。相変わらず女性と錯覚してしまいそうなほどのメイク技術だ。中身は肝の座った漢だというのに……
「ヘラちゃんではありません。シェヘラザート様です。はぁ、確かに彼とは幼馴染みですよ」
「アルマちゃんが十九で、ヘラちゃんが二十四だから……五つ離れた幼馴染みなのねぇ。で? 二人はどういう仲なの?」
シルトの理解し難い質問に、自分でも分かるほど目を大きく開け、彼の顔をゆっくりと見る。シェヘラザードとどこまでいった? どいうことなのだろうか。
「どういう意味ですか? 」
「ヘラちゃんってストーリアの中でも圧倒的な能力を持つって言われるじゃない? でも、その能力も彼のプライベートも知らないじゃない。謎というベールに包まれたシェヘラザード……知りたいじゃない」
「シェヘラザード様とは恋仲関係ではありませんよ。それに、プライベートは詮索するものじゃないですよ」
「あら、誰も恋愛については聞いてないわよ?」
ドツボにはまったわね、とでも言いたげなシルトの顔は実に憎たらしいものだった。ニタニタ、ニヤニヤ、そんな擬音が似合う笑顔だった。この場合、否定をしても肯定しても私が片思いでもしてるかのように受け取られる。こんな簡単な誘導尋問に引っかかってしまうだなんて……
グルグルと思考を巡らしているとシェヘラザードの締めの言葉を語りかけている事に気づいた。
「今日は創造神の生誕祭。陽の刻は歌い踊り、月の刻には祈りの灯火を掲げよう!」
シェヘラザードの声と同時に国民は拳を天に突き上げ、歓喜の声が渦巻く。今日は創造神の生誕祭、七月一日。私達、エピソーダーの事をよく思わない人でも、それぞれの地区で祭りを楽しむ。レッド区には私の家があり、あそこは狼獣人が多く住んでいる。今頃、豪華な肉料理が食卓を囲んでいるだろう。そして食後にはおかしな帽子屋が淹れる紅茶を飲んでいるのだろう。
私は壇上から下りてきたシェヘラザードからマイクを貰い、本部へと戻る準備を始める。
「ありがとう大神くん。ところでハンスくんはどこに行ったんだい? 目立ちたがりの彼なら広場にいると思ったんだけど……」
「あぁ、ヘイトリッドなら王立区に戻って疑似戴冠式でもやっているのでしょう。今年は彼が国王に選ばれましたからね。といっても今夜限りの王ですが」
小さくため息をつく。顔が整っているせいもあってか彼は良くも悪くも目立つ。私達が所属する討伐組織、ストーリアに大量のファンレターが届いた事もあった。お優しいシェヘラザードは苦笑しながらも受け取っていたが、他の者は消し炭にする用意をしていた……まぁ、ファンの気持ちを無下にはできないことになってヘイトリッドを一発ずつ殴るだけで許したな。
「ハンスくんが国王か。酒飲みでおしゃれ好きで強欲な彼がか……まぁ、彼も昔に比べれば丸くなったし、ストーリアの名が傷つく事はないとだろう」
「とんでもない奴ですが、真面目ですからね。それに、彼としては好都合なんじゃないでしょうか? 最近、王立区での怨毒の発生率と被害率が高くなっています」
騒ぐ民衆の中……ではなく、人通りの少ない路地裏を歩きながら、シェヘラザードに十数枚程にまとめた近年のデータを見せる。シェヘラザードはそれを表情一つ変えず眺めていた。レッド区、ブルー区、ホワイト区、王立区、中央区……他の地区のデータを眺め、今度は眉をひそめた。
「確かに、ここ最近は全世界で増えている。でも、この夢の国と呼ばれるネバーランドは飛び抜けて増えている。王立区は我々エピソーダーを好ましくない思っていない人が多く住む区だ、怨毒化されても迅速に対処はできない。不安がさらなる不安を呼び、怨毒化する者が増えている可能性だってある。なんとか彼らと和解できないものだろうか」
「何度か会合は行いましたが、どれも全て納得のいく結果にはなりませんでした。一部の区民はヘイトリッドの影響もあり、我々ストーリアに対する意識も変わっているそうです」
「一部、といっても権力者ではない区民だからね。あまり期待はできないね。権力者でないと和解は難しいだろう。うん、道のりは長そうだね。終戦から今年で250年目……それなのにストーリア結成は今年で70年目。65年も務めてきた前総裁に比べると五年の僕はまだまだで、信頼も薄いねぇ」
やれやれと首を振り、大きくため息をつく。僅か160しかない彼の背中を見つめる。隣に立てば頭のつむじまで見えそうな身長差だというのに、何故か隣には立てない。昔からこの人はそうだ……他とは違う。
特に会話もなく、気づけばストーリア……本部に着いていた。ボディーガードのチェックを通り、さらに無言のまま最上階へと続くエレベーターの前にただ立っていた。
エレベーターが着く間の静寂はなんとも長く感じられた。エレベーターを待つ彼は、私と同様に会話をする機会を逃した、そんな風に思えた。
この静寂は嫌いなんだ。先にこの空気を破ろうじゃないか。さっきの何気ない弱音に答えを示さないと。
「──────ヘラ」
この立場になる前の名を呼んだことにより、彼は勢いよくこちらを振り返り、普段は閉じられている薄緑色の瞳が開いていた。
「私は……ヘラの事を信頼してる。ヘラにはヘラなりの指導者としての素質はある。なにも前総裁と比べる必要性はない」
そう言ったものの、やはり静寂は続いた。ヘラは驚いたまま固まっている。その内、自身のとんでも語彙力になったことに恥ずかしくなり、銀の狼耳が自然と垂れてしまう。
忘れて、そういう前にヘラは昔のような微笑みを向けて背伸びをしながら私の頭を撫でる。
「ありがとう」
たった五文字の言葉なのに自然と尻尾が揺れてしまう。人前で尻尾を振るなんて……なんともだらしない。まるで犬のようではないか。その後は何事もなかったかのようにエレベーターの中に入っていき、姿が完全に見えなくなった。
「あらあらぁ? やっぱり、あなた達ってそういう関係なの?」
妙に粘着性のあるシルトの声がし、振り返ると案の定面倒くさい雰囲気を醸し出すシルトが立っていた。シルトは私の耳を突きながらニヤニヤと笑っている。
「別にそういう関係ではありません。私はシェヘラザード様に忠誠を誓ってるだけです」
「本当にそうかしら? まぁ、色々聞きたい事もあるけど……至急応援に来てくれるかしら?」
シルトの声色が真剣なものへと変わり、緩んだ顔が引き締まっている。おそらく怨毒が出たのだろう。
「ホワイト区と中央区の付近にある小さな工場から怨毒が現れたそうよ。困った事にとんでもない暴れん坊なの。どういう仕組みかはわからないけど、口から白い閃光を出しては町や家を破壊し続けているらしいの。本来なら私達の隊でなんとかするんだけど、中央区にも進出しそうなのよ、手を貸してもらえる?」
「遠距離攻撃型の怨毒ですか……分かりました。詳細は道中に聞きます。早速現場に向かいましょう」
私は赤ずきんを被り、シルト共に急いで目的地へと向かった。やれやれ、エピソーダーはゆっくりとする時間もないようだ。まだ昼過ぎだ、夜じゃないだけマシか。
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