おとぎの後継者
モーニングあんこ(株)
第一章 第五部隊
第1話 童話の後継者
やつれた社会人が出勤する中、一人だけその流れに逆らう異端者がいた。その異端者は俯いたまま長い髪を揺らす。
折れたヒールで歩く異端者はグラグラと体を揺らせ、不気味なうめき声を上げ続ける。
人間ではない、かといって獣でもない低く、地が轟くような怨嗟の叫び──────
「あああ、ああああああ!!」
女性が天に向かって叫んだ後、肌は黒く塗りつぶしたような色になり、目は紫色に鈍く光る色に。何かに苦しみ、頭を抱えていると背中からは大きな棘が幾本も生える。
周りには人間や獣人、機械人形達は蜘蛛の子を散らすように叫びながら逃げ始める。
女性は心臓が拍動するようにリズム良く体が揺れ、その度に一回りずつ大きくなっている。口からゆっくり吐き出された青白い炎は全身を包み、指先の尖った巨大な手は、いとも容易くアスファルトを抉る。
「
ビルの屋上から怒り狂う怨毒を見下ろす。深呼吸をしたのち、獣の耳が通るように開けられた、穴の空いた赤い頭巾を顔が見えなくなるまで深く被る。
「"エピソード──────赤ずきん"」
マントのように伸びた頭巾。右手の甲には、狼と少女が横向きになった赤い紋章が浮かび上がる。
赤ずきんは狼に喰われた。
なんたる皮肉だろうか。銀色の大きな狼の耳、銀色のゴワついた尻尾。こんな皮肉があっていいのだろうか。なぜ、赤ずきんは私を選んだのか……未だに分からない。
「痛い、苦しい、助けて」
怨毒となった彼女は白い髪を振り乱しながら何度も訴える。彼ら怨毒も元は生き物。しかしそこに同情してはいけない。
私の使命はこの地区を守ること、そして……怨毒となった者を痛みなく弔うことだ。
二本のギラつく剣を持ち、ビルを飛び降りる。落下中、怨毒の鈍く光る紫の瞳と目があった。動体視力はいいようだ。
「初めまして。あなたを弔いにきました」
空中で告げ、着地する頃には怨毒の腕はこちらに向かって伸ばされていた。
寸前の所で避けるが、しかし、足元は砕けたアスファルトが散らばり、狼の尻尾が汚れる。人間よりは清潔さにうるさくはないが、私は人間と狼の間の子……自慢の尻尾が汚れるのは嫌だな。
「その永遠につづく毒の苦しみから、解放します」
怨毒は獣のように叫び、口を大きく開く。そこから見えるのは青白く光る炎。
その炎はまっすぐ噴射され、先程私がいた場所は炎に包まれてアスファルトが白くなっている。アスファルトの上ではなく、瓦礫の山に逃げて正解だった。今、アスファルト上は鉄板のように高温になっており、触れれば火傷じゃすまないだろう。
「暑いのは勘弁してください。私、狼なんですよ? まぁ、能力を使っている間だけは狼とは呼べないほどの怪力と再生力がつきますけどね……ってそうでした。あなたはもう話もできない怨毒でしたね。すみません。私、饒舌なので」
黒い肌をした怨毒は炎を吐くのではく、巨大な手をビルに向かって大きく横に振り、瓦礫の山をさらに作る。私はその瓦礫の山にある大きな石に触れる。すると紋章が赤く薄い光を放ち、瓦礫が宙に浮いた。そしてその瓦礫は無数の剣や猟銃に姿を変え、怨毒の方向き刃と銃口を向ける。
狼は嘘つきなんだ。欺くことは得意だ。
怨毒はまたも頭を押さえ、背中の棘をより太く長く伸ばす。低く唸る声が響いて、揺れた空気が肌を叩く。まだこれ以上大きく、凶暴になるのか。
「成長する怨毒ですか、どうやらもう自我も無いようですね」
「オアアアアアアアアアッ!!」
人語の通じない怨毒は、毒の苦痛に耐えきれずに辺りのビルや道路を破壊する。大きな赤子が暴れるとこうなるのか……怨毒は怒りの矛先を私へと変え、瞳孔の無い冷たい瞳で私を睨みつける。
それに対し、私は上げていた右手を下に下ろす。単純なこの動作をするだけ。しかし、この動作は怨毒にとっては致命傷となる動作だ。
「──────痛みなき死を」
宙に浮かんだ剣は怨毒に向かって飛び、腕や足の神経を切断していく。猟銃からは耳を劈く発砲と共に怨毒の頭や心臓といった急所を貫く。怨毒の体は後ろへ後ろへと倒れていき、最終的には壊れた瓦礫の山と一緒に埋もれてしまった。
右手を横に振り、剣や猟銃を石と鉄骨といった元の姿へと戻す。
「さすが、隊長クラスになると副隊長の力なんて要らなかったか?」
聞き覚えのある青年の声が聞こえ、振り返ると私と同じエピソーダーのヘイトリッド・ハンスが立っていた。赤黒い髪に少しつり上がった青い瞳。頭に乗った小さな王冠と赤や金といった紋章がついた黒い軍服は光を反射している。
背中には、私とよく似たを赤いマントが風によって少し揺れている。この格好で登場するということは、もうすでにエピソードは発動しているということか。
「ヘイトリッド、あなたここに来てよかったのですか? 今日は王立区で疑似戴冠式の日でしょう? しかもあなたは今夜限りの国王に選ばれ──────」
「あーはいはい、そうだな。別にいいだろ? なーんで夜まで偉い奴らと話してご機嫌取りしなきゃならねぇんだ。息抜きが必要だろ? それに、俺もエピソーダーなんだぜ? 俺という最高の逸材を選んだ
「確かにあなたは『裸の王様』というエピソードに選ばれました。しかし、その要素を取り除けばただの飲んだくれですし、そもそもあなたの国民ではありません」
「
ヘイトリッドがため息をついたと同時に、ヘイトリッドの剣が私の顔を横切っていた。いつ抜いたのかも、いつ刺したのかも分からなかった。
あまりにも早すぎた為、刺した後に風が待って私の灰色の髪が大きく揺れた。
後ろには元のサイズに戻った怨毒が立っており、胸にはヘイトリッドの剣が刺さっていた。怨毒はうめき声を上げ、私の肩に触れる。
悲しみ、痛み、苦しみ、その全てから逃れるために助けを乞うているようにも見えた。そして一言も話さず、ただ怨恨毒は黒い塵となって風に流されていった。
「創造神のお導きがありますように」
私が消えた怨毒に対して祈りを捧げる。ヘイトリッドも剣を直し、能力を解く。王冠やマントは消え、元のシャツとジーパンの姿になる……はずだった。
「ヘイトリッド、何故、上裸なんです? 私はちゃんと服を着ていますよ」
「着替えの途中だったんだよ。そのままエピソードを使ったから元に戻っただけだ。この間なんかパンツだけだったからなぁ。俺は別に構わねぇけど」
「いや、周りの人の目が腐るので着替えてから来てください。もしくはエピソードを解かないでください。はぁ、今日は創造神の生誕祭ですよ?」
こんな事だろうと思い、持ってきていた赤いパーカーと黒のジャージを手渡す。ヘイトリッドはそれを渋々受け取り、のそのそと亀のような遅さで着替え始める。よほど嫌なのだろう。酒を飲んで全裸になられるよりマシか。
視線を感じ、路地裏の方に目をやると見慣れない黒のローブを着ている二人組が立っていた。ヘイトリッドにそのことを告げようと、目をそらした瞬間、二人組はもうそこにはいなかった。
「新手の宗教団体でしょうか……まぁ、いいでしょう」
一人呟いた後、ヘイトリッドのパーカーをがっしりと掴んで引きずるようにして車に乗り込むのだった。
────────……
「あれがエピソーダー? 消え去った童話を守る後継者?」
薄暗い路地裏を歩く、黒のローブを着た金髪の女性が無機質な声で隣にいる長身の男性に尋ねる。女性同様に黒のローブを着た男性は楽しげな声で答えた。
「えぇ、そうです。あれらは僕達にとって必要のない生き物です。人と名乗る資格のない空想の集団が作りあげたこの世界は不要」
「いいわ、あなたに手を貸すわ。私、彼らの血に興味があるわ」
「さすがはエリザベス。さぁ、いよいよ
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