第54話 機械仕掛けの神

「改めて自己紹介をしよう。私は鈴宮ヘレナ、第四部隊の隊長だった。十六年前までね」


 紅茶を飲むかのようにカップを持っているが、中身はただのエナジードリンクであることが分かってしまった。それはジェスターも同じで、何度か私と目があっている。突っ込んでほしいのか、それとも放置したほうがいいのか……


「気になっているようだから先に言おう。エナジードリンクは瓶に入っているだろう? 冷やすと瓶が冷えて私の手が濡れる。濡れるのが嫌だからカップに入れてるんだ。ツッコミが来るのを待っていたんだけどなぁ」


 そう言って鈴宮は再びカップに入ったエナジードリンクを飲む。この状況でツッコむ奴がいるか! と叫びたいのを我慢し、死んだ表情筋で愛想笑いをする。


「冗談はさておき……十六年前の話をしようか。私はね、以前か怨毒がエピソーダーの血液が原因ではないかという憶測があったんだ。その憶測が確定となったのが、十六年前のエピソーダー惨殺事件にいたシャルル家が怨毒化したときだ」


 その時、時間が止まったかのように感じられた。懐かしくも悲しい名前が響く。


「君はあまりの出来事に覚えていないかもしれないが、私もその場にいたんだ。あの二人はエピソーダーではあったが、ストーリアには所属していなかったんだ。二人には調査員として乙峰珠也おとみねたまやについて調べてもらっていた。あの日は話したい事があると言われ、家に招かれていたんだ」


 鈴宮の顔は険しくなり、エナジードリンクを再び飲むと表情はもとに戻る。


「そこでウラシマの存在を知った。そんなおぞましい物があるのかと、耳を疑いたくなった。そして、それを裏で虎視眈々と狙っていたのがアダム率いる数人の英雄達だった。すぐにでも総裁でもあったピーターに連絡しようとしていたその時───────」


 カップは激しく揺れ、やがてヒビが入った。


「黒いローブの集団が入ってきて、特殊な銃で旦那さんを撃った。すると血管は浮き出て、体は黒くなり始めて髪の毛は夜にも透けそうな白に染まり、怨毒となってしまった。やがて黒い体は巨大な狼と変わり、家を壊して奥さんを殺してしまった。すまない、君に話すつもりじゃないのは分かっている。だが、亡くなられた奥さんのエピソードが『赤ずきん』だったんだ……」


「え?」


「物語通り、彼女は狼に食われた。彼女は真実を話すなと死に際に言っていたが、君は真実を知る必要がある。肉親がどう死んだかも知らないだなんて、あまりにも悲しすぎるじゃないか」


 雷に撃たれたような衝撃だった。隣にいたジェスターも口をパクパクとさせて驚いているようだった。メルも浅田も表情は暗く、空気こそ最悪であった。父が狼獣人、母が人間。その母が『赤ずきん』のエピソーダーで主人公である赤ずきんの人生と同じ道を歩んだ。狼獣人でありながら『赤ずきん』を受け継いだ私はどちらの道を歩むのか……いや、どちらにしろ同じ死だ。同情されるか非難されるかの二択の死だ。


「大丈夫です。話を続けてください」


 腸が煮えくり返るような怒りはなぜか冷静に代わった。その理由はこの終わりのない戦いに終止符を打つべき相手を見つけたからなのか……


「……引き金を引かなかった君を抱え、私は死に物狂いでその場から逃げたさ。なんとか君だけを逃し、私は再び炎と悲鳴に包まれたあの場所へと戻ろうとした。するとアダムが目の前に現れて、一瞬の間に私の左足だけをもいでこう言ったんだ。『君は知りすぎました。物語のプロローグでネタバレだなんて……つまらないですよね?』無邪気な笑顔でそういって私をここに縛り付けた。下手に出れば朝陽夢を殺すとね。テュランくんだけじゃない、いろんな者をエピソーダーにして怨毒化させ、君の両親だって怨毒化させるためだけに蘇らせてしまった」


 私は弱い、そう鈴宮は小さく呟いた。あぁ、いつだって英雄ヴォートルは私の逆鱗に触れる。ヘイトリッド、鬼平、この話をあなた達に話せばどんな反応をするのだろうか。彼らさえいなければ怨毒は存在せず、生身の兄とヘイトリッドは暮らしていたかもしれない。鬼平は両腕を失わずに済み、大好きな桃太郎の童話語りができたかもしれない。


 心底腹が立つ。


 二度と剣には感情は持たせないと決めていたが、それもここまでかもしれない。だが、それは今ではない。見つけよう、彼らが握る秘密を。


「鈴宮さん。機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナを知っていると言っていましたよね? 詳しく聞かせていただけますか?」


「君が冷静な狼で良かったよ。あれは『誰かの日記』なんだ。朝陽の記憶に埋めた地に眠り像をさす。見たこともないが、アダムが話しているのを聞いたことがある。この国の過去と真実、とある二人の少年の話だとね」


「それはどこに?」


「……ここがゴーストタウンになった理由。それはここにその像が持つ日記が関与している。あの日記は怨毒化させる何かがあるのかもしれない。だからこそゴーストタウンにさせた。つまり、ここにあるんだ。この教会の下に」


 その時、タイミング良くアダムが着ていた黒フードの匂いがした。私はガタリと立ち上がり、牙を剥き出しにさせながらも扉を開けようとしていた。その時、ジェスターが私の肩を掴んで慌てて止めさせた。


「待て待て! まだちゃんとした場所も知らんやろ」


「アダムの匂いがします。アダムは知っているんでしょう? その日記の在り処を!」


 そう言うと鈴宮は息をついた。


「どちらにしろ連れて行く予定だったさ。君達が動物に報告書を渡していた。私はそれを失敬して見せてもらったからね。君達が何を望み、何を知っているのか大方の情報は分かった。私もストーリアの一員だからね、貢献したいものさ」


 ──────────……

 匂いを辿りやってきたのは、私達が寝泊まりをしていた寮の裏にある墓地。といっても誰も手入れしていないため墓は荒れ果てていた。草木が覆われた草原のような墓地を歩き続けていると、中央部分には大きく丸い穴が空いていた。


「この下だよ。おかしいな、前までは見張り役がいたのに……」


 鈴宮がそう言うと後ろから、声が聞こえてきた。


「それは君達を招いているからですよ」


 後ろを振り返るとアダムが立っていた。アダムは不敵な笑みを浮かべ、何かの力で私達を突き飛ばした。体は先の見えない穴に吸い込まれるように落ちていき、地面と衝突するのな目と鼻の先であった。

 目を瞑ったその時、空中で一時停止したかと思えばすぐに落とされた。あのまま落下していれば確実な死であったにも関わらず、この男はその死を回避させた。何が目的で……


「ジェスターは来るとは思ってましたけど、まさか狼もくるとは……ぜひともききたいものですね。両親の最後を聞いた感想を」


「こんのっ!!」


 飛びかかろうとしたとき、白い像が目に入った。大きさが二メートル程しかないその像は、間違いなく創造神だった。両手を絡ませて何かに祈るその姿はあまりにも美しく、思わずため息が出そうだった。


「創造神は二人いたんですよ。この世界をもう一度やり直すためにも君のその力……メルヘンズが必要なのですよ」


「メルヘンズ? 残念だが、そんな強力な力、私は持ち合わせてない」


「最近目覚めたはずですよ。先代の姿、というより母親の姿を見たはずです。メルヘンズとは魂の共鳴、童話のみならず先代との強い絆でもメルヘンズになれるのですよ」


 私が混乱していると、メルが笛を吹いて周りを飛んでいたカラスなどの動物を呼び寄せた。動物はアダムの周りを飛んで何かを妨害する。


「ジェスター! アルマ! ここから逃げろ!」


「は? メル、お前はどうすんねん!」


「オイラはどうだっていい! お前にこれをやる! 精々長生きしてよね」


 メルが手渡したのは小さなメモ帳だった。あれは──────


「鬱陶しいですね。はぁ、偽物のくせによくでしゃばる……"回想録メモワール────グリム兄弟"」


 カラスは空中で血反吐を吐いてバタバタと落ちていき、宙に舞った黒い羽は赤く燃えたかと思えば炭になっていた。圧倒的な力、勝てないと本能で察して、ここで私が死ぬという運命を悟った。

 ならば……守れる物を守るのみ。


「僕は兄弟が多くて、童話集も兄弟で作られました。だからグリム兄弟という個人名ではないのです。あぁ、なんのことを言っているか偽物には分かりませんか」


「一つ分かることがある。お前が自分に酔ってるってことがね。ナルシストは嫌われるのがオチだ」


 そう言うとアダムは不敵な笑みから無表情へと変わり、私の方に寄ってはまたも不敵な笑みを向ける。


「獣は獣らしく地を這うか、飼われるほうがいいですよ。あぁ、それとも狼に食べられますか?」


 私は剣を大きく振るが、彼は軽くそれを避け続ける。こんな無茶も続かないことは分かっている。ただ時間稼ぎをしないと!

 私は距離をとった隙に、ジェスターにグリフォンを呼ぶ笛を投げた。


「ジェスター! その笛を吹け! 早く!」


 ジェスターは一瞬だけ迷いはしたが、高くよく響く笛の音がこの狭い空間に響いた。

 私がメルヘンズなら少しは威力が上がっているといいのに。

 アダムは不敵な笑みを浮かべたまま私の剣をどこから取り出したかもわからない剣で受け止めた。すると、私の剣はシュウシュウと音を立てながら溶け始めた。慌てて剣を捨てるとカランという音が鳴るより先に剣は全て溶けて消えてしまった。


「騙すばかりの狼も虚しいものだね。僕にはその能力は通じないのだから」


「さぁ? それはどうかなっ!! "エピソード─────赤ずきん"」


 右手の甲にある少女の紋章が赤く浮かび上がり、同時に大きな狼の群れがアダムを囲む。彼はまだ幻影だと思っている。だがそれが命取りとなるぞ。


「幻影を生み出すなんて……愚かですね」


 アダムが手で狼達を振り払おうとしたその時、アダムの顔が不敵な笑みから何か気付いた顔となる。振り払おうとした手からは赤い炎が生み出され、狼達から距離が置かれた。赤い炎が私と彼の一線となり、地面が少し焦げていた。


「幻影を本物に変えてきましたか……意外にも厄介ですね」


 ピクリと瞼を動く。そう、幻影だと思いこんでいる時、私の能力は本物へと変わる。ただ一時的なものであったはずだが、本当にメルヘンズとなったのか持続時間が伸びている。


「アルマ! メル! 乗れ!」


 グリフォンに浅田と鈴宮を乗せたジェスターが私達に向かって手を伸ばすが、私達はその手をとらなかった。定員オーバーだ。ヘイトリッド、鬼平、私は桃太郎軍団にはもういられないようだ。


「ジェスター! ヘイトリッド達によろしく頼む」


「ジェスター、オイラのエピソード上手く使ってよね」


 ジェスター達を乗せたグリフォンは危険と察知したのか、ジェスターの指示も聞かずに大空へと飛んでいく。ジェスターが何を言っていたのか聞き取れなかったが、酷く悲しい声をしていたのは感じ取れた。

 死が私を呼んでいる。


「行ってしまいましたか。まぁ、僕が欲しいのはメルヘンズの君だけですので構いませんがね」


「へぇ、もうオイラは眼中にないってわけ?」


 メルが笛吹き、狼達を再び襲わせるがアダムに触れたその瞬間、首や胴体足までもが何かに切られてしまった。輪切りのようになった赤い死体はアダムを濡らし、地面を濡らし、私達を濡らした。

 よく見ると、アダムの周りには何年も前に見覚えのある赤い糸が張り巡らされていた。あれは、私が訓練学校にいたときに出会った怨毒が持っていたエピソードにそっくりだった。


「欲しいのはその血です。笛吹き男に至ってはその辺に転がってる石よりも価値がありません。ですが、僕は優しいので一撃で逝かせてあげましょう」


 アダムは何も出来ないメルに近寄り、額に触れる。メルはこちらを向いて、大粒の涙を流しながらも少年のあどけない笑みを浮かべる。


「僕の為に死んでくれ」


 パァンッ! という激しい破裂音が悲しくも響き、地面に残ったのは千切れた両腕と血が吹き出る腰から下の死体。上半身は跡形もなく消えていて、壁には血と何かの内臓がこびりついていた。

 あぁ、死がこんなに怖いなんて……


「安心してください。君にはまだやることがありますから」


 肩を捕まれたかと思えば、車にぶつかったような衝撃が体を襲う。口腔内に溢れる血液、点滅し始める目、震える四肢、痛む腹部。理解が追いついた後に見たとき、彼の肘あたりまで私の腹部に刺さっていることがわかった。


 ズルリと抜かれるその腕は赤く染まっており、血だらけのその顔は狂気そのものだった。


「た、だでは、死んでやら、ないぞ」


 振り絞った声にアダムは鼻で笑うだけで、何も気にしていないようだった。彼の瞳には両手を組む白い像しか映っていなかった。

 もしかして、彼は____________

 私の意識は暗闇へと溶け、寒くて仕方がなかった。

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