第43話 海よりも深き愛で十字架を建てる

 我々、乙峰家は国王よりヒトが怪物化する理由を探るように命じられた。その怪物は黒い肌に白い髪、濃ゆい紫の瞳をしたものであった。聞けば元は童話の後継者であるエピソーダーであったらしい。


 まず、我々は会話を試みたが叫ぶばかりでなにも話してはくれなかった。しかし、どこか理性と戦っているのか我々を傷付けるような真似は絶対にしなかった。試しに防護服をきた状態で同じ檻の中に入るも、触れようともしなかった。精神病の一種なのかもしれない。


 血液採取をしてみたが、エピソーダー特有の因子が有害なものへと変わっていた。有害無害に限らず、エピソーダーは人間とは言い難い遺伝子構造が見られていたため、これは成れの果てと言っても過言ではないのだろう。


 怪物が何かを話していた。聞けば友人を殺した同じ怪物となった者の名前であった。エピソーダーは黒肌の怪物を倒すことを専門としており、能力の使いすぎによりこのような怪物になることも少なくないという。しかし、大半は倒されて塵となって消えることが多く、この怪物のように生きていることは珍しいという。

 国王によるとこの怪物のエピソードは『浦島太郎』というものだったそうだ。試しに浦島太郎と言うと、怪物と初めて目があった。反応があるため、言葉への理解はある可能性が高い。


 調べると、この怪物は毒素を出していることが分かった。微量であるため、長くその場にいない限り影響はない。

 我々はこの怪物を怨毒と名付けた。怨恨という毒に飲まれ、蝕まれ、何に対して怒り嘆いているのかも気付けない成れの果て。なんとかして救えないだろうか。


「ん? これはここで途切れているわね。しかも血濡れで」


 音読していた四十年以上も前の研究日誌にはべっとりと血がついていた。次のページを開きたくてもベリベリと音を立てるため、下手すれば紙ごと破れかねない。


「あぁ、その続きはありませんよ。ただ乙峰様曰く、研究者の息子が怨毒の血に身体能力を増強させる事が分かって、その研究日誌の研究者……つまり実父を殺したそうです。エピソードである『浦島太郎』も奪おうとしたそうですが、なにせ怨毒となっても生きている状態ですから流石に奪えなかったそうです」


「それもそのはずです。だって、エピソードの譲渡は譲渡する側が死亡していることが絶対条件ですからねぇ。そして、こっちにはウラシマについての日誌があります。まぁ、内容は……その日誌にあった怨毒から抜いた血液自体に麻薬と良く似た効能があったからウラシマと名付けたらしいです。改良に改良を重ねて現在の形になったそうです」


 スノーさんは読んでいた研究日誌を雑に捨て、ため息をつく。


「つまり、ウラシマを使った英雄ヴォートルの下っ端はギリギリ怨毒にならないレベルの身体強化をしていた。そして、怨毒になるのはエピソーダーが力を使い過ぎる事と怨毒化したエピソーダーの血を一般人に無理矢理打つことによって適合せずに怨毒となること……この二つですね。一般人が怨毒化した事例はいくつもありますが、どの事例も全てエピソーダー特有の遺伝子が入っていました」


 その時、私とカプリスはスノーさんを思わず驚きの目で見てしまう。それは高くて諦めていた物が突然、半額になって売っていたときの衝撃に近い。

 血液が入っていたと報告されたのはごく一部で、全てだなんて聞いたことがない。


「あ、報告してなかったのはどれもこれも異伝情報が滅茶苦茶で個人を特定できるものじゃなかったんです。それと、わたくしの推測ばかりだったので、中途半端な情報は提供したくなかったのです」


「いやいや、だとしてもその情報は教えてほしかったですよ。確かに、私たちの血液がトリガーとなってる可能性は薄々感じていましたが……はぁ、この後部署にきて全て説明してくださいね? いいですか? 全てですよ?」


 スノーさんは生返事をして、いくつかの日誌を床に散らばせる。一発殴ってしまおうか。そう思っていると、今まで喋らなかったジェスターがため息をついた。


「なぁ、いつまで敵陣で居座るつもりなんや? 浦島はん、あんたもいつまで能力使ってるつもりなんや。裏があってここまで連れてきたんやろ?」


 ジェスターは乙峰だと思われる白骨体が眠るベッドに腰かける。そしてどこから出してきたかも分からない花束をわざと白骨体の胸元で握らせる。


「ええか? あんたの姫さんは死んだ。おそらく英雄ヴォートルにや。王子は殺された姫の骨を愛おしむんやなくて、復讐しなあかへんのやないか?」


「いきなりなんですか?」


「あんた、そこのエピソーダー殺す為に英雄ヴォートルと協力しとるやろ。俺が現れたのは予想外やったんやろうけど、おもちゃにあるおまけのようにあんたは俺を舐めとる。さっきから俺らが通ってきた扉から話し声が聞こえんねん。"浦島、命令、童話の者、殺す"こういう暗号がな」


 その時、地下へと続いていた扉から複数人の黒フードの男達が出てきて銃を発砲する。海の中であるからスピードは出ないとおもったが、浦島はこの一瞬だけ能力を解いていた。

 氷壁を作るか? いや、時間がたりない! 狭い部屋にこの人数だ、実に動きづらい!


「"エピソード───────白雪姫"」


 銃弾から逃れられないと覚悟したその刹那、スノーさんに向かって弾は急に曲がり、何発かスノーさんの体に撃ち込まれる。血飛沫が舞う────────はずだった。


 スノーさんは流れた自身の血を舐めとり、体内に残った銃弾を抜いていく。すると撃たれた胸や腹はみるみるうちに塞がっていき、無傷の状態となる。


「はい。これで一度目の死」


 スノーさんはにっこりと微笑み、太ももに隠していた小型の銃を取り出して数人の下っ端の頭を射抜いていく。遺言どころか叫び声一つ上げられなかった下っ端の死体がころがり、床を赤く染めていく。


「さて、あとはセルバンテスさんの出番ですわ! 外には大量の木偶の坊がいますよ」


 呆気に取られていると、窓の外には大量の木の人形やぬいぐるみがあった。これは、ストーリア本部を襲った奴らかっ!


「"エピソード───────雪の女王"」


 小屋を破壊する程の氷壁が天高くそびえ、その氷壁のてっぺんにはビースト化したカプリスが獲物を狙う。尖った獣の歯と大きく開かれたオッドアイに獲物が写っていた。カプリスは獣のように相手の首ばかり短剣で切り裂いていき、ウラシマを使った身体強化した下っ端には鋭い爪を突き立て、臓物を抉っていく。人間だろうと人形だろうと関係のないことなのだろう。


「うわ、あんたら容赦ないな。人形やったらまだしも、人間もおんねんで?」


「仕方のないことよ。怨毒の討伐だって人殺しと変わらない。十六年前は泣きながら怨毒化した同僚を何人も殺した。感覚が麻痺してるのよ、私が守るのは仲間だけ……それ以外が攻撃を仕掛けてきたら殺す」


「うへぇ、狼のお嬢ちゃんとは真反対やな……ん? ってことは俺も殺しの対象?」


 ジェスターが自身を指差しながら言う。私は返事をせずに、襲ってきた人形や人間を氷漬けにしていく。怖い怖い、と笑いながら言うジェスターを放っておき、私は浦島の首を掴む。


「ホイホイ付いていった私等も悪いがよ、お前はなにが目的で奇襲を企てた?」


「そんなの決まってますよ。自分は乙峰様を鈴宮ヘレナによって蘇らせてもらう為です。まぁ、どうせ失敗することは分かってました。だから、ここまであなた達を移動させたんですよ」


「何を──────」


 耳につけていた小型マイクから緊急を要する部下の声が聞こえてきた。僅かに燃える音や悲鳴がマイク越しに聞こえる、まさか、この浦島……


「"隊長!! 区内に突如、怨毒化した一般市民や例の報告にあったジャックという名の人物が現れました! 怨毒は……七体! エピソーダーはジャックにより負傷し、動けないものも多数います! 炎を扱う怨毒もいて住宅街が火の海になりつつあり、住民の避難はまだ終えていません!"」


「ほら、どうしました? 自分はウラシマを使用しても暴走はせずとも、メルヘンズ並の力がありますし、領域内にはいればあなたはたちまち溺れ死にます。たとえ、自分を倒せたとしてもあなたのだーいすきなホワイト地区は火の海か血の海でしょうねぇ!」


 浦島は能力すら発動せず、ニタニタと笑うばかりだ。

 黒く、粘着性のあるドロドロとした液体が胸の中で溢れ、酷く心臓を波打たせて血が頭までじわじわと登っていく感覚が襲う。ことばにならない程の怒りと歯がゆさ。


 焼き付けるかのように浦島を睨みつけ、奥歯に折れそうな程に力を入れて噛みしめる。自然としわがよる眉間に気づいたのは彼の瞳に写ってからだった。


「同僚のエピソードを使うだけでなく、私利私欲のために何千人もの命を天秤にかけやがった。幸福には犠牲がつきものだが、天秤に乗せる量を間違えすぎてる……次会うときはあんたが私の幸福の犠牲となるときだ」


 私は浦島を雑に放り投げ、巨大な竜の氷像を作ってビースト化したカプリスとスノーさん、ジェスターを連れて燃え盛るホワイト地区へと向かった。


「カプリス、全てが終わってから例の言葉を頼む。ここはすぐに終わる」


 上空でそう告げると、カプリスは血濡れた手を拭きながら頷く。

 今日は機嫌が悪い。


「"悪魔の鏡は歪んだ鏡、鏡に映るは醜きもの"」


 怒りに震えていた胸が途端に凍りつき始めた。どうだっていい、そう感じるのは今だけなのだろうが今はこれが心地良い。


「ああ、実に美しい光景だ……だが、この地区は醜いくらいがちょうどいい。よって、美しい君達には死んでもらう」


 その時、ホワイト地区は薄い青い色の氷像が出来上がり、私が手を叩くと同時に弾け飛んだ。夕日が細氷に当たってキラキラと細く反射してとても美しいはずなのに、俺の目にはゴミが舞っているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る