第39話 戦え、皆の為に童話の為に

 昔、この国は草木も育たないほど荒れ果てた地であった。土一色となった大地には人々が住んでいたが、日を追うごとに帰らぬ人となるばかり。彼らは絶望したが、神に祈る資格はないと考え、ただ死を待っていた。

 それもそのはず、大地が枯れたのも生き物が暮らせなくなったのも全て彼らのせいであるから。彼らが自然を拒絶し、自然を破壊した。平和よりも戦争を望んだ。


 死にゆく彼らを哀れと思ったのは白き衣をまとった人であった。その人の名を創造神。


「この国を変えよう。君はどんな国を望む?」


 創造神は一人の女に尋ねた。女は掠れた声で語る。


「私は海が見える国をもう一度見たい」


 創造神は女に海の書を手渡した。次に創造神はくすんだ金髪の少女に同じことを尋ねた。少女は腹を鳴らしながら語る。


「楽しい国がみたい。赤薔薇の咲く平和な国が」


 創造神は不思議の書を手渡した。次に創造神はしわが目立つ老婆に同じことを尋ねた。老婆はシワを折ったような手を震わせながら語る。


「人も街も美しい国が見たい。雪のような白い国を見たい」


 創造神は白の書を手渡した。次に創造神は義手の男に同じことを尋ねた。男はキシキシと鳴る腕を支えながら語る。


「私は多種多様な民族が住める国を見てみたい」


 創造神はの銀の書を手渡した。次に創造神は栗色の髪をした少年に同じことを尋ねた。少年は何も語らず、淀んだ瞳でただじっと創造神の事を見ていた。


「元奴隷か、言葉が分からないのも当然……ならば君には自由の書をやろう」


 創造神は自由の書を手渡した。海の書、不思議の書、白の書、銀の書、自由の書を貰った五人は途端に本が眩い光を放ち、彼らの体に溢れんばかりの力が湧き上がる。それはなんとも言えぬ、多幸感に襲われ、あまりにも強大な力に恐怖すら覚えた。そして、脳内で語りかけるかのように流れ込む架空の人物達の話しが酷く彼らを苦しめた。


「君達はおとぎ話という子供への教訓、戒め、歴史が詰め込まれた力を授ける。おとぎの後継者、エピソーダーとしてこの国を変えよう」


 それからは創造神の力と始祖のエピソーダーによって国は栄え、前以上に豊かになった。肥沃な土地を狙ってやってくる者もいたが、始祖のエピソーダー達の力は凄まじく、ついには攻めいる者はいなくなった。


「童話というものは受け継いでほしい。いつか君達の矛となり、盾ともなるだろう」


 そう言い残し、幾つもの童話が書かれた本を彼らに託した。そして創造神の力が宿った本をエピソードと呼ぶようになった。

 その後、国は豊かになり多くのエピソーダーが誕生し、童話で溢れる国となった。しかし、それも長くは続かなかった。


 地に眠りし像が終焉を告げると同時に、童話の後継者と英雄の後継者が争い再び血を赤く染めた。始祖のエピソーダーは童話を焼いて創造神の手に渡らせず、英雄を遥か昔の遺物とし、この国を創り上げた。その名も夢の国ネバーランド。自由の書を除く始祖のエピソーダーは子から孫へとそれを継いでいった。


 我らはこの地に住まう幻である。後世の者よ……犠牲を乗り越え、真の平和を手に入れ、我が国は実在していることを示せ。


 戦え、みなの為に。紡げ、失われた童話の為に


 ──────────……

 話し終える頃には紅茶は冷え切っていたが、私の心臓は高鳴ったままであった。知らされていた創造神の話とは異なる真実に驚いてはいるが、そんなことよりもアドレナリンが全身を駆け巡り、未だに鳥肌が止まらない。


「これが私が知る限りの話です。最後の方はもうほとんど覚えていませんので、翻訳できるのはここまでです。詳しい意味は私にもわかりません」


「そう、なのね。地に眠りし像が何なのか、創造神と友好的であったのに最後には焚書するほど敵対し、英雄の後継者である英雄ヴォートルが突然現れた……まだ調べる必要がありそうだけど、機械であるあなたが覚えていないのかしら」


 私は謎の興奮を抑えつつ話す。朝陽は眉を下げ、冷えきった紅茶を眺める。そして、まだ話していませんでしたね、と悲しげに呟いたあとゆっくりと口を開いた。


「私は鈴宮ヘレナでもあるのですよ」


 私は深い意味があるのかとしばらく悩んだが、やはり答えには行きつかず思わず首を傾げる。今目の前にいるのは朝陽だが……


「元の私はただ同じことを繰り返す機械人形でしたが、ヘレナ様のエピソードのおかげで人間のようにこうして感情などがあります。ヘレナ様は人間のような私を作るためにご自身の魂の半分を分け与え、対価として自身の体を人形へと変えたのです。ヘレナ様は老いもしない私を羨んでおり、自身が人形となることに一石二鳥だと言っていました」


「魂を半分……現実的にあり得るの?」


「『しっかり者のスズの兵隊』というエピソードは死者の魂、そして自身の魂を操ることができます。強力ゆえに対価は重く、相手の魂を使えば相手の何かが欠落し、自身の魂を使えば自身の何かが欠落するという未熟な能力なのです」


 なるほど、だからテュランちゃんは記憶の一部が欠落しているのね。ヘレナ自身の魂は代価が重いのか人間から人形へと変わったという事かしら。にあの中央区を襲った狼型怨毒は解剖の結果、臓器の一部が無かった。テュランちゃんの話によると無理やりエピソードを使用しているようだけど、果たしてそれは本当なのか……彼女を奪還する計画にもいよいよ本腰を入れないといけないわね。


「ですので、私は朝陽夢ですが、鈴宮ヘレナでもあるのです。私が死ぬ分には良いのですが……ヘレナ様が息絶えようとしている今、徐々に私の中にある魂は薄れつつあります。ですので、記憶も感覚も感情も全てを無になりつつあるのです」


「鈴宮ヘレナが……死にかけている? 本当に英雄ヴォートルの利用資源だったということかしら。まずいわね、エピソードの酷使は怨毒となる可能性が大いにあるわ。しかもそれだけ強力なエピソードならメルヘンズに匹敵するものになりそうね」


 すると朝陽は突然ガタリと立ち上がり、その衝撃で紅茶が溢れてテーブルクロスに赤茶色の染みがじわりじわりと広がっていく。無言で握られた手は冷たいものであるはずなのに、わずかに汗ばんでいるように感じられた。


「お願いします……ヘレナ様を助けてください、もう、これ以上あの方が苦しまないように、このままだと心も体も壊れてしまいます……!!」


 震える手先はまるで人間そのもの。涙こそでないがその声は嗚咽が混じっている、と勝手に思い込んでしまうほどリアリティーのあるものだった。機械である彼女がいまは小さく怯える少女のように見える。

 まさか、この私にも情が残っていたとは……今ここで断れば今まで築き上げてきた清く正しく美しく、情に厚いというイメージは崩れ去るだろう。つくづく思う。メルヘンズになんてならなければよかったと……


「えぇ、必ず救い出してみせるわ」


 上辺だけでもそう答える私に嫌気がさしたものの、朝陽は少し安心したかのような顔を見せる。


 その後、図書館をあとにして私はホワイト地区へと戻った。アルマ達に会っていこうかとも考えたが、突然の仕事が舞い込んできて挨拶をする時間もなかった。仕事の内容は乙峰姫花の家宅捜索を二日後に行う為、ついてきてほしいとのことだった。

 そして、この時私は忘れていた。二週間後に重大な会議があることを……


 ─────────……


「朝陽さん、創造神のこと話してよかったんすか?」


 暗くなった庭園に現れたのはエプロンを脱いだ浅田快斗であった。朝陽はかしこまった態度であることをやめ、三つ編み解いて大きなあくびをした。


「いいのいいの、どうせ話さないといけないしね。いつ死ぬか分からない私がずっと話さないでいるより、メルヘンズで死なない彼に話した方が合理的だった。それだけ」


「そうッスか。それはそうと、えらくお嬢様ぶってたッスね。最初は氷漬けにされると思ったッス」


「最初はエネルギー不足で正常な判断ができてなかったんだよねぇ。あれは久々に焦った。人間だったら冷や汗でバレてたね」


 朝陽は豪快に笑い、床に落ちていた雪の女王と書かれたホコリだらけの本に触れる。


「大変だねぇ。雪の女王として認められた彼は……彼もいっそのこと私のように機械人形であったら人間が持つ感情について葛藤せずに済んだのに。人間であるのに機械のように冷たく、貪欲にだけを求めてここまで上ってきた」


 雪の女王という本を棚に戻し、朝陽は人間のようにため息をつく。


「でも、平凡な人間になんかになるつもりはない彼はやっぱりなるべくしたなった人間なんだろうねぇ」


 そう言う朝陽の背後には、複雑そうな顔をした浅田が立っていた。浅田の拳はきつく握りしめられ、何かに耐えようとしていた。


「朝陽さん、俺は悲しいッスよ。なんで……」


「うん、ごめんね。大丈夫、どうせ私は機械だし。なんで、という質問に対しては上手くは答えられないなぁ。でも、強いて言うなら私は……この国が平和となることを望んでいるから。君との約束、守れなくてごめんね」


 二度の謝罪に対し、浅田は何かと葛藤していた。朝陽は浅田の頭に手を置き、子供をあやすかのような穏やかな口調で話しかける。


「機械なんかに同情してくれるなんて、快斗くんは優しいね。ありがとう」


 それ以上、彼らの間に会話はなく、夜の図書館は昼間より寂しく静かなものであった。

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