第73話 煽る晴天
昔々、ティモシー、サミュエル、ドミニクという三人の血の繋がらない兄弟がいた。ティモシーは賢く、サミュエルは自由、ドミニクは独創性があった。三人が神になる前の話は誰も知らないが、三人は自分のエピソード……いや、そういうにはあまりにも未熟で不完全な物だったらしい。とにかく、彼らの事が書かれた本があった。
それを彼らは『
ティモシーは世界の統一化、世界の破壊、そんな頭の悪そうな馬鹿でかい夢を叶えるために
今、叩くならサンソンとジャンヌだろう。あれは俺より長くいる古参だからな。エリザベートは……あいつも長いがありゃ化け物だからな。まだ生き延びるだろうよ。
ドミニクについてだが、俺もあまり深いことは知らない。あいつはどちらの味方という訳でもなく、ただティモシーに従っているだけだ。自分から行動はしない。ただ、問題なのはダリアだ。死んでるとはいえ、ドミニクがわざわざ姿を変えてまで来たということはティモシーの指示だ。あの二人はダリアのみが知る何かを探っている。
俺達がやるべき事は、三冊目の
ローズという少女の人形が幹部席に居座り続けている。恐らくあれの本体が今までの内通者だ。これ以上、俺達の動向を探られない為にも本体を殺す事も大切だ。
「これが俺が知る全てだ。顔を変えて何年も探ってきた情報の全てを今、あんたらに伝えた。つまり、あんたらも真っ先に命を狙われる身になったということや。三人で頑張ってこうなぁ」
長々と語ったジェスターは仮面の中で小さく笑う。とんでもなく悪い笑顔を浮かべているのが容易に分かる。ちらりと火山さんを見ると、炎の使い手とは思えないほど冷静で焦りのみえない顔をしていた。さすがはナンバーワン。
「なぁ、ジェスター。前々から思ってたんだがよ、なんでお前はそんなに俺達エピソーダーに協力的なんだ? 初めから裏切るつもりだったのか?」
「……道化師は楽しいことしかせぇへんもんや。今はあんたらとおる方が、アイツらも俺も楽しい」
顔は仮面によって隠されているが、声だけは少年のように弾んでいた。アルマがなんでこの男を信じたのか理解出来なかったが、まぁ憎めないやつだとは俺も思う。
隣に立っていた火山さんは大きく長い耳をピクピクと動かしため息をつく。
「はぁ、私はレッド地区さえ守れれば国がどうなろうと知ったこっちゃないんだよねぇ。それに、私隊長辞めるしぃ」
間延びした声で恐らく誰も知らないであろう事実を告げられた。隊長を、辞める? 最強とも言われた火山さんが? 懺悔の為に闘志を燃やしてきた火山さんが?
疑問文しか浮かばないが、火山さんの赤い瞳には炎が宿っていなかった。ただただ赤いだけだ。
「私も今年で33。獣人としての寿命ももう近づいてきているし、体に熱傷が目立ち初めてきたんだよねぇ。それに、桃瀬が来た時点で隊長の座を明け渡したいと思ってたんだよねぇ」
「え、あんたアラサーなんかいな! いや、童顔にも程があるで……」
「兎だからねぇ。はぁ、まぁとりあえず内通者は私も目を光らせておく。それでも、レッド地区の巡回は最優先だから。ここ最近、人口密度の高いビル街や中央通りが狙われている。レッド地区はそこまで人口はいないとはいえ、警戒しないとねぇ」
火山さんはそう言って病室から出ていった。相変わらず読めない人だが、協力はしてくれるみたいだな。内通者がいる以上、この事は三人の中で留めるしかない。ジェスターのやつ、火山さんという最強の手札が来るまでこの事喋らなかったんじゃ……
「いやぁ、あの兎さんが協力してくれるなら心強いなぁ。ヘイトリッドだけでは不安やったしな」
「お前、火山さんが来ること知ってたのか?」
「まさか! 今回は俺の運勝ちってとこや。もしこんかったら……ヘイトリッドと俺で心中オチやったな」
「野郎と心中なんかするもんか。俺一人でも生きて肝臓と肺をぶち壊して、じじぃになってから死んでやる」
見舞いとして持ってきた適当な花と、鬼平から貰った桃だけを置いて病院を出た。病院の入口付近に火山さんがいると思ったが、自分の地区に戻ったのかそれらしき人はいなかった。
病院にいる間吸えなかった煙草を肺いっぱいに吸うと、それまでの焦りや混乱は全てが吹っ飛んだ。
「はぁ……内通者、ねぇ」
雲ひとつのない青い空は、悩んでばかりの俺を煽っているようにしか見えなかった。さて、どうしたものか。
ベンチに腰掛け、酒でも飲みたいと思ったが未だ鈴宮さんに捕まっている花神とテュランの顔が浮かんできやがった。飲んだらまたドヤされそうだ。
「それで、ようやく王立区に戻る決心はついたのですか?」
「義兄さん、俺はホワイト地区に残る。カプリスを見捨てる訳にはいかない。今回の件に俺は参加しない。ニック・ハンスを利用出来るほど非情ではない」
声的には第四部隊隊長のヨハネス・セルバンテスさん。カプリスが脱退して以降、本当に氷の女王……いや貴公子のシルトさんの声だな。髪をバッサリと切ってからは交流も無くなったが、まさかこんな意外な形で関わらねばならないとは……兄の名前が出た以上、俺にも何らかの影響がありそうだ。
黙って話を聞こうとしたが、二人の声は遠くなっていき、聞こえなくなった。幸いにも俺の存在には気がついていないようだ。
「はぁ……様子を探る相手が増えやがった」
紫煙をくゆらせても、空は腹立たしいほど青かった。
─────────……
「マリーナ、人魚だから晴天だと乾燥するの?」
「え、マリーナって干物になるの?」
ダディ、なぜツクルとアヤメを押し付けたの? なぜ車で同じように移動しているの?
「お嬢は全身が水に浸かると人魚になるんだ。だからシャワー浴だけで済ませるんだ。あと双子ちゃん達、車内であんまりはしゃぐなよ? 地域住民からクレームが入る」
卯月さんは運転手しながら、ルームミラー越しにツクルとアヤメを見る。子供って苦手……何考えてるかわかんない。ダディの気持ちが何となくわかる気がする。
「港の調査なら私一人で良かったのに」
「普段ならお嬢一人で対処出来るぜ? でもな、怨毒が群発して出てるからなぁ。漁業や貿易には必須な港はブルー地区の貴重な財源だし、見回りは必須。港近くの住民が黒フードを見たという報告もある以上、
卯月さんはいつになく真剣な顔をする。港、港かぁ。そういえば、夢の中で遺跡とか海蛇がどうこう言ってたような。まだ紋章が浮かんでいるのか焼けているように痛い足を少し擦りながら、車から見える海を眺めていた。晴天よりも青く、腹立たしい海を。
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