第152話 ソラフネ山遺跡 その4

 遺跡の頭脳とも言える、アレクシア。

 神話返りを起こしていた、ミュータントメイカーという魔法装置を停止してくれたはずだが、さて、どうなっていることやら。


 遺跡から外に出てみて、周囲を伺ってみても、当たり前だが実感がない。


「あ、出てきた!」


「どうだった?」


 集落の人々が、俺達に聞いてくる。


「恐らく、これで神話返りは止まるはずだ。あとは、遺跡の中ではあまり会話をしないこと。これを守ってくれれば神話返りは起こらないから」


「会話……?」


「そうだなあ……。つまり、遺跡の中には君達の言葉を間違った風に理解して、それを現実にしてしまう魔法の力が働いているってことだよ」


「ええっ、じゃあ、神話返りは俺らが起こしたってことか!?」


「やばい。そんなの外に言えない」


 集落の人々が震え上がった。

 これならば、大丈夫だろう。

 アレクシアの前で、迂闊なことは言わなくなるに違いない。


 それにしても、こんなとんでもないものが千年もの間、この島に存在していたんだな。

 むしろ、地表に落下してきたこのソラフネを中心として、島が出来上がったのかも知れない。


 いやあ、世の中は神秘に満ち満ちているなあ。

 今回の仕事は、ちょっと楽しかった。


 その後、集落の人々を連れて外に出てみた。

 山頂はモンスターが現れやすかったらしく、みんな怯えていたが、いつまで経ってもモンスターは姿を現さない。


「においもしないですねえ」


『わっふん』


『空から見回ったけど、怪しい生き物は全部いなくなってるチュン』


 クルミ、ブラン、フランメのお墨付きか。

 これは本格的に、あの偽モンスター達はいなくなったと考えて良さそうだ。


「念の為に何日か様子を見てくれ。全てのモンスターは死んだと思うけどね」


「ありがとうございます!」


 集落の人々が揃って、俺に頭を下げる。


「いやいや。事のついでさ。それに俺の知的好奇心みたいなのも満たされたし」


「ワタシの地位もこれで安泰ですねー」


 カレンがニヤニヤしている。

 一人だけ、直接的に利益が関わるのがいたな。


 集落から離れていく途中で、ドレがこっそり俺に教えてくれた。


『集落の人間達、船と同じにおいがしたにゃ』


「そりゃあ、遺跡に潜るのを生業にしてるんだから当たり前だろ」


『そうじゃないにゃ。あれは宇宙を渡る移民船の成れ果てにゃ。たくさんの人間を詰め込んでこの星にやって来たはずにゃ。だけど己達が潜ったら、中にそんな跡は全くなくなってたにゃ』


「あれが移民船……!? 別世界の人間を連れてきていたってことか」


『そうにゃ。移民はきっと成功したにゃ。ただ、連れてこられた人間の子孫は、もとの星の知識とか文化とか、全部なくして現地の住民と同化してしまったにゃあ。だから、集落に残ってる連中は比較的血が濃い奴らにゃ。遺跡も攻撃してこないはずにゃあ』


「俺たちの事を攻撃したのは」


『己やご主人がまんま異物だからにゃ。だけど、力で黙らせたので船が命乞いして来たにゃ』


「なるほどなあ」


 なかなかとんでもない種明かしだ。


 さて、下山していくと、モンスターが排除されているのだなということは実感として分かる。

 何しろ、登山の時はあれだけ頻繁に現れた偽モンスターが、一匹も出てこない。

 あまりにも何もなくて、すぐに山間の村に到着したくらいだ。


 ここで聞き込みをしてみる。


「いきなり静かになった」


「前までは、モンスターの吠える声で夜もうるさいくらいだったのに」


 間違いなく、偽モンスターはいなくなっていた。

 モフライダーズは、再び山間の村で一泊することにする。


 確かに、夜はとても静かだった。

 動物や鳥の鳴き声がかすかに聞こえる。


 モンスターによって追い払われていた彼らも、じきに戻ってくるのだろう。

 そして、きっとまた夜は賑やかになる。


 明け方ころに一度目覚めた。

 日の出ももうすぐという頃合いだろうか。


 隣でクルミが熟睡していたので、起こさないようにそっと起き上がった。


「なんだろう。外が明るい?」


 俺はかなり正確な体内時計があって、それがまだ、日が出る時間ではないと告げている。

 だが、外にはぼんやりとした光がある。


 宿の外に出てみて、それが何なのかを理解した。

 集落の辺りから、淡い光が放たれている。


 魔法的な明かりだが、俺にはそれがなんなのかすぐに分かった。

 遺跡が放つ光だ。


 遺跡の中で見た、アレクシアが放つ光とそっくりだった。

 さては、アレクシアが外に顔を出しているんだろうか?


「ドレの話では、集落の人達は別の世界から来た人間の子孫らしかったからなあ。この光も、案外彼らの中では日常なのかも知れない」


 ぼんやりをその輝きを見つめていたら、海の方から本当の太陽が上ってきた。

 日の出の時間だ。


 それに追いやられるようにして、集落から放たれていた淡い輝きが消えていく。


「あれはなんだったんだろうな」


 俺が呟くと、どこにいたのかブランが寄ってきた。


『わふ』


「え? 遺跡が別れの挨拶をしたって?」


『わふん』


「ええ……そんなに俺が遺跡に警戒されてたのかい? ブランとドレとローズとフランメを連れてるからかなあ……」


 実感が全く無い。

 つまりあの光は、遺跡が、危険なものが遠ざかっていく事の解放感を現したものだったらしい。

 解せぬ。


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