第135話 いざ上陸……と思ったらクラーケン その2

 バルゴン号はぐんぐんと突き進み、クラーケンに絡みつかれた船へと近づく。

 どうやら船員達もこっちに気付いたようで、おーいおーいと手を振ってきた。


「近づくな! 沈められるぞ!」


 おお、いい人達だなあ。


「大丈夫! 助けに来たんだ!」


 俺が叫び返すと、彼らは驚いて目を丸くした。


「よし、小舟を下ろして接触しようか」


「いや、水の上じゃ、あのモンスターの思うつぼだろうぜ。リーダーのお仲間の力を借りる時じゃねえか?」


 アルディが、赤い雀を見た。


『我?』


 フランメが首を傾げる。

 なるほど、空の上から攻めるわけか。


『わふ』


 ブランもやって来た。

 そしてとんでもないカミングアウトをしてくる。


「えっ、君、水の上を走れるのか!?」


『わふわふ』


 今まで特に必要なかったからやってなかっただけらしい。

 これはとんでもないことだ。


「よし、それじゃあ、俺とクルミでブランの上に。フランメはアルディで行こう」


「はいですー!!」


「うっし、任せてくれ!」


「じゃあ、わたくしは船がやられないよう、神聖魔法で防御に回りますわね」


「頼む!」


 役割分担完了。

 ドレはアリサに抱っこされながら、精神攻撃でクラーケンを牽制するようだ。

 多分、水の上に出たくないだけだと思う。


『わふーん!』


 水の上に降りたブラン。

 一声鳴くと、彼の足が水上に立った。

 俺とクルミを載せても、全く沈む気配がない。


「こんな凄い力があったとは……」


「水の上なのに、土の上みたいです! あっ、センセエ! えんしょうせきでいいですか?」


「ああ。雷晶石は俺達まで感電しちゃうからね」


 今回の武器は、燃え上がる魔石で決定。

 俺とクルミのダブルスリングが唸りをあげるのだ。


 水上を疾走してくるブランの姿に、向こうの船員達は驚いてわあわあ叫んでいる。

 どうやらクラーケンも気付いたようで、迎撃のために触手を差し向けてきた。


「行くぞ!」


「とやー!」


 俺とクルミの炎晶石が、これを迎え撃つ。

 空中で、小さな爆発が二つ起こった。

 クラーケンの触手が半ばから焼け焦げ、力を失う。


『もがーっ!!』


 おお、クラーケンが怒っている。

 だが、俺達ばかりに気を取られている場合ではないぞ。


 奴が船に巻きつけた触手へ、空から急降下してくる者がいる。


 アルディとフランメだ。

 触手を掠めるように飛んだ直後、青くて太いそれが、輪切りにされて宙を舞った。

 あの一瞬で切断するか!

 アルディもとんでもないな。


「す……凄い人達が助けに来たぞ!」


「がんばれーっ!!」


 船員達からの声援が飛ぶ。

 ちょっと聞き覚えのない訛りがある共通語だな。

 サフィーロ地方の人達なんだろう。


 クラーケンの巨大な目が、ぎょろぎょろと動く。

 俺とアルディを同時に追いかけているようだ。


 そして触手を伸ばすが、当然のごとくブランとフランメの動きにはついていけない。

 これは、挟撃してあっさり倒せるぞ。


 そう思ったところで……。

 クラーケンが、船の拘束を解いたのである。

 そして、水の中に潜っていく。


「にげたです!」


「うん、逃げたねえ……」


 ただのイカではなかったか。

 モンスターだもんな。

 それなりに高度な思考をしているのかもしれない。


 逃げるモンスターを追いかけてとどめを刺すほど、クラーケンを目の敵にしているわけではない。

 これで人間が怖いと学習してくれれば御の字なんだけれども。


 戻ってきた俺達を、船員が大歓声で迎えてくれた。


「ありがとうー!!」


「助かった!!」


 帽子や手をぶんぶん振ってくれる。

 海の近くの人々は、身振り手振りが大きい。

 離れた船同士からでも見えるようにするためだろうか。


 船べりから、船長らしき男性が身を乗り出してきた。


「ありがとう! 港を目の前にして沈められるかと思った……! 船を捨てて逃げればいいんだがね。こいつには異国の珍しい品物がどっさりと積んであるからねえ」


「ああ、そいつは迷いますよね。とにかくみんな無事ですか」


「何人か触手にやられて怪我はしたが、お陰でみんな生きてるよ!」


「何よりです!」


 船は動き出した。

 クラーケンに締め付けられたダメージは、外見だけで済んだようだ。

 俺達を港に案内してくれると言うから、そのお言葉に甘えることにする。


 クラーケンが去った後、急に辺りが明るくなった気がした。

 日差しが差し込み、ぽかぽかとした陽気が心地よい。


 商船に続いて、バルゴン号もサフィーロへと入港した。


 船を降りる俺達を、商船の船長が待っている。


「改めてありがとう! 君達は何者だね? サフィーロの軍船でなければ対抗できないクラーケンをああも簡単に退散させるとは! それに水の上を走っていた大きな犬と、人を載せていた大きな鳥! ……鳥はいないようだが」


『チュン』


 フランメが囀りながら胸を張った。

 ブランの頭の上である。


 まあ、この小さなサイズでは、フランメがフェニックスだなんて誰も気づかないだろう。


「どういたしまして。俺達はモフライダーズ。アドポリスからやって来た冒険者ですよ」


「ほう、冒険者か! たまにこちらにも冒険者が来るが、君達ほどの凄腕は初めてだな……! もしや、神話返りの謎を追いかけてこちらに来たのかね? ああ、いや、セントロー王国から何人かの賢者が、調査にやって来ているものでね」


「なるほど」


 神話返りとやらは、どうやらそれなりに有名な話のようだ。


「もちろん、君達もこの大きな事件を解決するために来たんだろう!? 君達ほどの凄腕ならば、きっとこの謎も解明できると思うんだ!」


 船長にキラキラ光る瞳で見つめられて、俺は曖昧に笑った。

 すぐに去るつもりなんだけどなあ……!




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