第134話 いざ上陸……と思ったらクラーケン その1

 神話返りという大変物騒な状況になっている、サフィーロ群島国家。

 絶対に物騒なことに巻き込まれるぞ、という予感を抱きながら、旅は続いた。


 船旅は、時間がゆったりと流れていく。

 のんびり過ごすもよし。

 釣りをするもよし。


 俺はクルミやアルディとともに、訓練をすることにしていた。


「とやー!」


 クルミがスリングを素早く取り出して振り回す。

 飛んだ玉が、船の船長室に当たってポスっと落ちた。

 当たっても痛くない、ブランの抜け毛が入った柔らか玉である。


「ふむむ! クルミはうでが上がったですねえ」


「うん、アドポリスの時よりも、速さも正確さも上がってる。Bランクレンジャーくらいの実力にはなってるね」


「やったです!」


「飛び道具なあ。俺は飛び道具はどうにも苦手でな。ま、射たれたら受け流すか打ち返せばいい」


 アルディはスリングや、弓といった飛び道具は使う気が一切無いらしい。

 接近戦、しかも剣のみ。

 それでアータル島での戦いをしれっとこなしたんだから大したもんだ。


 俺がいない間の彼の活躍を聞いていたけれど、モフモフ達と同等レベルの戦いぶりを示したらしい。

 しかも、実に楽しそうだったと。


「辺境伯に生まれたのが不運でしたわね、彼」


 とはアリサの言葉だ。

 ちなみに彼女は、日課のモフモフブラッシングで忙しい。

 午前中いっぱいを使ってブランをブラッシングすると、午後はドレを追いかけて船の中を駆け回り、夕方はローズをモフり、夜はフランメをモフって眠る。


 とても幸せそうである。

 この生活が彼女にとっての約束の地かもしれない。


「よし、リーダー、今度は俺とやろうぜ。あんた、ショートソードの腕前も結構なもんじゃねえか」


「まあね。人並み程度には訓練してる」


 スリングだけとはいかないのが俺のスタイルだ。

 投擲、体術、剣の腕。

 どれも研ぎ澄ませておかないとな。


 ということで、アルディに一手指南を願うのだ。

 間違いなく、アルディは俺が知る限り最強の剣士である。


 彼と打ち合っているだけで、自分の腕がメキメキ上がっていくのが分かる。


「リーダーの吸収力は半端じゃないな! わはは! うちの騎士連中だって、そこまで飲み込みが良くなかったぜ! 俺の技が翌日には通じなくなってる!」


「学習して対策を練るのが俺のスタイルだからね。強い先生がいてくれて本当に助かってるよ!」


 魔法のショートソードと、アルディの魔剣がぶつかり合うたびに火花が散る。

 船の上という不安定な環境もいい。

 ボディバランスを整えながら、強敵と打ち合う感触が得られる。


 かくして、船の上ではゆったりと時間が流れるものだが、俺の体感時間は早く過ぎ去っていった。


 この光景を、船員達は感心しながら眺めていたものである。


「閣下とやりあえる奴なんて初めて見たぜ」


「まだまだ閣下にゃ及ばねえけどよ。でも、うちの騎士よりも強いだろあれ」


「さすがはモフライダーズのリーダーだなあ」


 いやいや、そんな大したものでは。

 でもとりあえず、動体視力とショートソードの扱い方はみっちりと訓練できたかな。


 そんな辺りで、船は群島国家へ到着だ。

 水平線に、緑色のポツポツとした島々が見えてきた。


「陸ですー!」


 マストに登っていたクルミが歓声をあげる。

 ゼロ族の彼女は、ロープも何も必要なく、マストを見張り台まであっという間に登ってしまう。

 お陰で、船の見張り担当は、昼間はクルミがやっていた。


 今、船では真剣に、ゼロ族を船員として雇うべきではないかという議論が交わされている。

 クルミがあちこちでゼロ族の可能性を見せつけているから、そのうちこのリスの力を持った種族が世界に広がっていくかも知れないな。


 そんな事を考えていたら、またクルミが声を上げた。


「船がおそわれてるですー!」


「な、なんだってー!?」


 これには俺達もびっくり。

 みんなで舳先に集まって、遠くにある船を見る。


 そこは、陸地にほど近い海。

 それでも水深はそれなりにあるようで、水底を見通すことができない。


 どうやらサフィーロに属するらしい商船が、その場で何者かに襲われているようだった。

 だが、船影はない。


「クルミ! 他に船は無いようだけど」


「えっと! 船じゃないです! なんか青いぬるぬるっとしたのが、海から出てきてるですよー!!」


 青いぬるぬるっとしたの!?

 よくよく目を凝らす。


 すると、船に巻き付いた長くて青いものが見える。

 あれは船の装飾品とかではなく?

 何らかのモンスターだとでも言うんだろうか。


 すると、青いものに巻かれた船体の一部がひしゃげ、ひび割れた。


 モンスターだ!


 向こうの船の上では、船員たちがわあわあと叫んで走り回っている。

 青いものに、必死に刃物を振り下ろしたりしているようだが……あれは効いてないな。


「野郎ども! 突っ込め! 向こうの船を救うぞ!」


 アルディが吠えた。


「了解ですぜ閣下ーっ!!」


 盛り上がるバルゴン号のクルー達。

 かくして、大きく帆が張られて船が加速する。

 向かうはサフィーロ沖、謎の大型モンスターに襲われる船!


 あの細長いのはなんだ?

 蛇……?

 海蛇の一種かもしれないな。


 そう俺が思った時だ。

 水面から、やつの本体が姿を現した。


 真っ青な肌色に、黄色く瞬く光の斑点。

 頭は尖って天を突き、目玉はぎょろりと大きくて、人の頭ほどもある。


 これは……バカでかいイカだ!

 そして俺は、こいつのことを書物で知っていた。


「みんな、クラーケンだ! モンスターイカだぞ!!」


 サフィーロ上陸前に、モンスターとの一戦が始まるのだ。



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