第131話 アータル撃退作戦 その3

 フランメが猛スピードで、アータルに接近した。

 もう、先刻のような熱量は精霊王から感じない。


 蒸気で視界が悪いが、ローズの力で俺達が行く先だけは偶然に吹いた風が蒸気を散らす。


「見えた!」


 すぐに手が届きそうなところに、アータルの核……火竜の卵が見える。

 岩石化した胸部から半ばまで露出して、赤く輝いていた。


 随分近くまでやって来たものだ。

 さて、これを取り外す手段は既に考えてある。


『オオオオオオッ!!』


 アータルが俺達の接近に気付いて、払い落とそうとする。

 だが、ところどころ岩石化した精霊王の動きは鈍い。

 その隙に、俺は炸裂弾をスリングにセットできている。


「卵に当てないように……っと!」


 連続して、炸裂弾を投擲する。

 射程距離こそ弓より短いものの、熟練すればスリングの連射速度と命中精度は弓のそれに匹敵する。

 特に、こういう近距離で、遠心力による威力増強をしなくていい特殊弾の場合はなおさらだ。


 腕が接近するまでに四発。

 卵の四方に炸裂弾を打ち込んだ。


 岩石化した肌が爆発し、ぼろぼろと崩れ落ちる。

 その奥から、炎が吹き上がってくる。


 しかし卵を固定する力はかなり減少したようで、火竜の卵がグラグラしていた。


『来るぞ! 一時退避ーっ!!』


 フランメが叫んで、一気に上昇していく。

 俺達がいたところを、アータルの腕が通り過ぎていった。


 いやあ、ギリギリだった。


『お前、どこを攻撃すれば卵が崩れるかをずっと考えていたな? 動きに無駄が無さすぎる』


「それはもちろん。作戦の肝になるのは俺だからね」


 今回の作業は、クルミにもアルディにもアリサにもできない。

 最適なのは俺なのだ。


 最適な人選で、なおかつ最善の動きをして、最高のスペックを叩き出すためにはイメージでシミュレーションしておくのは必須ということだ。


『ゴオオオオオオオッ!!』


 アータルが高らかに咆哮した。

 やつの足元にある溶岩が、煮立ってきている。

 それが冷えた精霊王の肉体をめぐり始め、再び岩石が赤熱化、そしてマグマに戻りつつある。


 こりゃあ猶予が無いぞ。

 オケアノスと言えど、同格の精霊王を長い間妨害してはいられないということだ。


「フランメ、決めるぞ!」


『アータル様が露骨に警戒しているぞ!』


「だからだよ。つまり今が一番、攻撃されたらやばいってことじゃないのか」


『呆れた男だなお前は』


『ちゅちゅーっ!』


 フランメが嘆息し、ローズがが前足で俺の襟元をペチペチ叩いた。

 よし、突撃!


『オオオーッ!!』


 腕が振り回され、俺達を叩き落とそうとする。

 アータルのもう片方の腕は、火竜の卵を覆い隠していた。


 その腕をどけさせてやる。

 スリングを両手に装備する。


 ローズがそこに、炸裂弾を二個落とした。

 これをバッチリキャッチして、回転で得た遠心力でもって精霊王の顔面に投げつける!


 アータルの大きな目玉に、二発が同時に炸裂した。


『オオオーッ!!』


 アータルが吠えながら、卵を守っていた腕を思わず顔に向ける。


「連続で行くぞ!」


『ちゅっちゅちゅー!』


 ローズがいいお返事をした。

 炸裂弾が、ポロポロとこぼれ落ちてくる。

 これをキャッチしながら、スリングで次々に放り投げる。


 俺の動きの遠心力で、他の炸裂弾が宙に浮く。

 空中にあるそれをキャッチしながら、次々にアータルの胸元へ叩きつけるのだ。


 精霊王はこれに気付いたが、反応しようとした時にはもう遅い。


 グラグラしていた火竜の卵が、ついにその束縛を破壊され、アータルの体からこぼれ落ていった。


『オオッ……オオオオオオッ!!』


「うおっ! アータルの腕が!」


 猛烈な勢いで、精霊王の腕が振り下ろされてきた。

 動きの正確さも何もあったものではない。

 俺達に火竜の卵を奪わせないためだけの動きだ。


 これでは、落下した卵は割れてしまう!


『わおおおお────ん!!』


 その時、咆哮が轟いた。

 空を覆っていた暗雲が、円形に切り裂かれる。


 覗いた空は、昼だったはずなのに暗く、そして月が浮かんでいた。


「ブラン!」


 真っ白な犬が、山を駆け上がってくる。 

 その速度は加速し、それと同時にブランの全身が赤く硬質に変化する。


 ブラン本気モードだ!


『おおおおおお────んっ!!』


 跳ね上がったブランは、真っ向からアータルの腕と衝突した。

 圧倒的に大きなはずの精霊王の腕が、ブランの突撃を抑えられずに跳ね上げられる。


『わおんっ!!』


『おう!』


 フランメがブランの呼びかけに応じる。

 フェニックスが急加速した。


 アータルの腕の下へと潜り込み、今まさに地面へ接触するところだった卵へ、その翼を滑り込ませる。

 ふわり、と卵が宙を舞った。


「おっと!!」


 俺はこれをキャッチする。

 よし!

 標的確保!


「撤収ーっ!!」


 俺は高らかに宣言した。


『わふ!』


 ブランの毛並みが、また真っ白でモフモフとしたものに戻る。

 彼は空中でターンすると、そのまま山裾へと飛び降りていった。

 凄まじいショートカットをするなあ。


 これと同時に、空に浮かんでいた月が薄れて消え、夜空は青空に、そして暗雲が戻ってきて空を覆い隠す。


『オオッ、オオオッ、オオオオオオオッ!!』


 アータルが叫んでいる。

 振り返ると、その巨体がぼろぼろと崩れ落ちていくところだった。

 全身がまとまりのない溶岩となり、どろりと溶けて火口に飲み込まれていく。


 核を失い、アータルが形状を維持できなくなったのだろう。


 炎の精霊王アータル、これにて撃退完了!


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