第36話 モフモフまた一匹 その1

 アドポリスへ戻る途中のこと。

 宿場町で一泊することになった。


 だが、なんだか活気がない。

 国のあちこちで厄介なモンスターが発生しており、そのせいで商品や人の行き来が妨害されていることは知っているが、それとは違った活気のなさのようだ。


「ご主人、町で何かあったんですか」


 俺が尋ねると、宿の亭主は重々しく頷いた。


「実はね、人の心を食う恐ろしいモンスターが近くに住み着いたんだ」


「人の心を食う……?」


「ああ。茂みの中から、現れて、人の考えている事を言い当てるんだと。それで頭の中を全部読まれてしまうと、そいつはボケーッとして寝てるんだか起きてるんだか分からないようになっちまう。何日か前に空から星が落っこちてきてな。その時から現れたんだ」


 それは知らなかった。

 星が落っこちるなんてことがあるんだろうか。


 だとしたら、星から来たモンスター?

 前代未聞だ。

 もちろん、俺の知識にもない。


「なるほど。せっかくですから、俺が調べてみましょうか」


「いいのかい? だが、あんまりお金は出せないよ」


「なに、ブランを快く部屋に泊めてくれたご主人ですから。俺からのお礼ですよ」


 基本的に、動物を宿の部屋に入れることは禁止されている。 

 だが、この宿は親切に、ブランと一緒に泊まれる大きな部屋を用意してくれたのだ。


 これにはクルミとアリサが大喜びした。

 そのせめてもの恩返し的な、俺の申し出だった。


 それに、最近立て続けに依頼をこなしたお陰で、お金はあるしな。


「夕飯までに外をぶらっとしてくるけど、誰か一緒に来る?」


「はいです!!」


『わふん』


「クルミさんとブランちゃんが行くならわたくしも行きますよ!」


「ええ……みんな行くなら俺も行かなきゃサボってるみたいじゃないっすか」


 結局全員で行動することになった。

 クルミとブランが動くと、みんなついてくるんだな。


 結局、モフライダーズ全員で聞き込みなどをすることになった。


 心を喰われてしまった、と言う人を何人か見て回る。

 彼らは皆、空を見上げてボーッとしていた。


 そのうちの一人。

 独り身の男性で、路地裏で椅子に座ったままの人がいた。


 時折、何かをぶつぶつ呟いている。

 耳を近づけてみると、彼の言葉が聞こえた。


 全く知らない言語だ。

 でたらめな事を話しているのかと思えばそうでもない。

 何か規則がありそうなんだが……ものすごい早口で、それを呟き続けている。


「こりゃあなんだろうか。呪いの類いかなあ」


 さすがの俺も、全くこんな経験はない。

 困ってブランを見ると、彼はサモエド顔をいつもの笑ったみたいな形にしていた。


『わふふーん?』


「え? この人達から、何かが空に向かって伸びてる? 見えるのかい、ブラン」


『わふん』


 ブランは、心を喰われた人にのしのし近づいていく。

 そして、その人の頭の上に顎を乗せた。


「大きなモフモフにのしかかられる……。これはこれでいいなあ」


「分かりますわ……。うらやましい……」


「重そう! クルミだったらつぶれちゃうですよ」


 だが、ブランはモフモフしに来たわけではなかったらしい。

 彼が心を喰われた男の頭上で、何かを噛むように口をパクパクさせる。


 すると、俺達にも聞こえるほど明らかに、ブツン!と音がした。


 心を喰われたという人の目に、たちまち輝きが戻る。


「……はっ! お、俺は何を!? う、うわーっ! ズボンが汚れ放題だあ! ぐおお、腹が減った、喉が乾いた……!」


 おお、もとに戻った!

 これはどういうことだろう?


『わふん』


 戻ってきたブランが、鼻をひくひくさせた。


「呪いのようなものが掛けられてた? じゃあ、心を喰われたんじゃなくて、何かで心を塗りつぶされてたってわけか。一体何者だろう……?」


 謎だ。

 それでも、この町を悩ませていた、心を喰われた人の問題は解決できそうだ。


 俺達は町中を巡り、人々を解放して回った。


 幸い、心を喰われた人達は働き盛りの男女ばかりで、多くの人は家族に世話をされていたお陰もありすぐに回復できそうだった。

 これが老人だったら死んでいたかも知れない。

 そう考えると、放っておけなさそうな事件だ。


「何が起きたか教えてもらえますか」


 回復した人々の中で、一番最近に心を喰われた人に尋ねてみる。

 その人は、町の若い女性だった。


「うん。あのね、いつもは女一人で外に出るのは危険だからって止められてるんだけど、ほら、若い男がみんなやられちゃってるじゃない。だから私が外に出て、木こりの真似事をしようとしたわけ。そしたら、林の中からゴロゴロって音がしたの」


「ゴロゴロ?」


「かみなりです?」


 俺とクルミが首を傾げていると、アリサがポンと手を打った。


「猫が喉を鳴らす音ですわ!」


「いや、そんなまさか」


 さすがにそれはないだろう。


「あ、はい! そんな感じの音で……!」


 おいおい、本当かあ。


「そのゴロゴロの方向を見てたら、そこからニューっと細長いものが伸びてきて、あたしを指したと思ったら……意識がふーっと遠くなったの。あ、でも最後にちょっとだけ、言葉みたいなのが聞こえたかも」


「言葉? それはどういうものだい?」


 彼女は頷く。


「意味は全然わからないんだけど。『端末番号031確保。信号を発する』だって」


 何のことやら……?

 だが、手がかりは一つ掴めた。


 町を悩ましているのは、猫が喉を鳴らすみたいな音を立てる何者かだということなのだ。


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