第67話 幕間・アリサ、脱出を企てる

「ああっ、またアリサ様が逃げた!」


「ええい、何という行動力か! じっとしてれば次代の枢機卿に推挙されるかもしれぬ程の才能を持ちながら、あの方は!」


 ばたばたと、教会の修道院を走り回る足音。


 司祭アリサは、これを聞いてニヤリと笑った。


(計算通り……!)


 彼女は既に、半開きになった窓から身を乗り出しており、その手には輪っか付きのロープ。


 アリサの侍従達が気づいたときには、既に遅かった。

 木の枝にロープを引っ掛け、アリサが華麗に脱出するところだったのである。


「あっはっはー!! あばよですわー!! わたくしはモフモフのために脱出しますわよおおお!」


「逃げたー!! とんでもない逃げ方をしたぞ!」


「どこであんなロープ手に入れたんだ!」


「そう言えば先日、アリサ様が食料の納入担当を買って出ていましたから……その時にもしや」


「商人を丸め込んだか!! 食料品の中にロープが隠されていたに違いない!」


「あの頭の回転が別の方向で働けばなあ」


 修道院の僧侶たちが、一斉にため息をつく。

 かくして、神都ラグナスの修道院に幽閉されているはずの司祭アリサは、都合三度目の脱出に成功したのだった。





「ふふふ、オースさんに様々なテクニックを教えてもらっていて助かりましたわ。わたくし、多分レンジャーとシーフでDランクくらいまで上がってる気がしますわね」


 慣れた手付きで、するするとロープを降りるアリサ。

 脱出のために、ローブは丈夫なものに着替えてあるし、きちんと丈夫なサンダルも履いている。

 計画的犯行である。


 ここは、修道院と隣り合う公園。

 黙っていてはすぐに追っ手がやって来るであろう。


「さあ、動かねばなりませんわ! 全てはモフモフのために! ブランちゃん! ドレちゃん! ロッキーちゃん! 待っていてくださいましー!」


 アリサは猛烈な勢いで走り出した。

 侵入、脱出困難と言われる修道院を、自力で三回脱出する女性である。

 身体能力は相応に高い。


 僧侶達が修道院を飛び出した頃には、既にアリサの背中が小さくなっていた。


「速い……!!」


「旅から帰ってこられて、明らかに身体能力といらない方向の器用さが増しましたねあの方!」


「馬車を出せ! 前回同様、こっちは馬を使って追い詰めるぞ!」


「あっ、だめです! 今よその家の塀をよじ登って侵入しました! 馬では追えません!」


「あの人は猿か何かか!? くそ、学習している!」


 それでも、司祭アリサ追跡用の馬車が出る。

 僧侶達は大勢で、この自由過ぎる司祭を探すのだ。


「ううむ……! あまりにも素行に問題がありすぎる……! いや、戒律に背くことは何一つなさっていないのだから、司祭アリサの評価は下がらないのだが……!」


 修道院の院長が窓から顔を出し、ため息をついた。

 彼もまた司祭である。


「本当に彼女を枢機卿にしてもいいのか? いや、私が考えることではあるまい。とにかく彼女を確保せねば……。しかし、今回の連続三回脱出はあまりにも度が過ぎている。何か、彼女をそこまで駆り立てるものが、街にあるというのだろうか」


 物思いにふける院長だったが、そこに侍従が駆け込んできた。


「い、院長!!」


「なんだね騒々しい」


 侍従は真っ青になりつつ、しかし玉の汗を浮かべている。


「たたたた、大変です!」


「何が大変なのだ。物事ははっきりと直接的に言いたまえ」


「は、はい! 実は今、フランチェスコ枢機卿からの直接の連絡が入っておりましてお繋ぎしますね」


「何だとちょっと待て今お前なんて言ったいや私にも心の準備が」


『私だ』


「はっ!! ふ、フランチェスコ猊下本日もお日柄はよろしく」


『今日は曇りだ。それはともかく。状況は伝え聞いている。これも運命とやらの干渉であろう。虹の精霊女王め、余計な事をする。司祭アリサについては、大教会が担当することとする。責任者は私だ。修道院はアリサ担当の任を解く。ご苦労だったな』


「は、はい!」


 意味のわからない単語が、フランチェスコからの言葉に挟み込まれていた。

 ちなみにこれは、フランチェスコ枢機卿から直接送られてくる念話である。


 それを受話する、ラグナリングというアイテムがあり、これにラグナ新教の信者が触れると遠方との会話が可能となる。

 会話は一方的に切れ、院長は汗を拭った。


「ひええ、あのフランチェスコ猊下と会話してしまった……。あの方、私が小僧だった時分からずっと枢機卿やってるからなあ。怖い」


「ええっ、随分なお年の方なのですか?」


 ラグナリングを回収する侍従が、驚いて尋ねた。


「いや、見た目はお若い。年を取らんのだ。ラグナ新教が始まったのが五百年前だということは知っておろう」


「はい」


「その時、最初の枢機卿であらせられたのが猊下だ」






「おほほほほ、ごめんあそばせ」


 巧みに誤魔化しながら、邸宅を幾つか駆け抜けたアリサ。

 司祭アリサと言えばこの辺りでは有名なため、顔パスである。


「しさいさまがんばってー!」


 小さい子どもから声援を受け、手を振り返すアリサ。

 そして、塀に手を掛けると、


「よいしょおーっ!!」


 一声上げながら飛び越えた。

 路地に着地するアリサ。


「いたぞ! 司祭アリサだ!」


「今普通に他の人の家から出てきたぞ!」


「おのれ、路地まで見回りするとは暇な方々ですわ!!」


 アリサ、疾走を開始する。

 走りながら、彼女は天に祈るのだ。


「ラグナの神よ。あなたの忠実なるしもべにどうかお導きを……! 白く高貴なる大きいモフモフと、黄金の毛並みを持つちょっとだらんとしたモフモフ、青くてむちむちの小さく羽のあるモフモフはどこに……」


 これは、れっきとした神聖魔法である。

 ウィッシュ、という天啓を感じ取る魔法であり、司祭以上でなければ行使できない、極めて高度な神聖魔法なのだ。


 果たして、ウィッシュは効果を表した。

 アリサの脳内に、ラグナスの地図が降ってくる。


 街の一部、商業地区にある宿が、ピコンピコンと点滅していた。


「ここですわねええええええ! ありがとうですわ神様ーっ!」


 アリサが加速した。

 後を追う僧侶たちはとてもついていけない。

 ついに彼女は、大通りに突入した。


「うわーっ、人混みに紛れたぞあの人!」


「ダメだ、追跡できない!」


 まだ、アリサ追跡の中止命令を受けていない彼ら。

 だが、見失ってしまえば追跡をやめざるを得ない。


 完全に追っ手を振り切ったアリサが、大通りから商業地区に入り、人波を突き進んでいく。

 その足取りに一切の迷いはない。


 そして……。

 ある宿の前で、リスの尻尾を生やした少女と真っ白で大きな犬が戯れているのを発見した。


「いっ……いましたわあああああ! ブランちゃああああん!! クルミさあああん!」


『わふん!?』


 真っ白な犬、ブランが警戒モードに入った。

 彼を目掛けて、アリサが飛び込んでくる。


「うわーっ! アリサが降ってきたですー!」


 かくして、司祭アリサはモフライダーズへ、無理やり合流を果たしたのだった。


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