第66話 下水の動物さらい その5
扉の鍵穴は、タイルのようなもので隠されていた。
すぐに見つけ出して、検分する。
「魔法はかかってないみたいだね」
「なんすかオースさん、その虫眼鏡」
「魔法がかかってるかどうかを判別する道具。魔力を感じるとね、うっすら光って見えるんだ」
「すげえ!」
「だけどこうやって間近にならないと分からない。ぼやけちゃうからね」
「……使えるんだか使えないんだか……」
「こうやって使える状況に持っていくのが冒険者の腕だよ。さて、鍵穴をチェックだ。うん、罠はないね」
鍵の構造は極めて単純。
俺は鍵開けツールを取り出し、それでカチャカチャと作業を始めた。
そもそも、ここまで人が入ってくる前提ではなかったのかも知れない。
キメラを乗り越えた後の備えがおざなりだ。
「はい、開いた」
ガチャンと音がした。
「おおー! センセエすごいですー!! クルミもやってみたいです!」
「クルミの適性はレンジャーだからなあ。鍵開けは地味にコツコツ、練習するしかないよ。よし、今度鍵開け練習キットを買ってあげよう。あれは盗賊ギルドに顔出ししないといけなくて、それなりの上納金がね」
「オースさん! オースさん! 今はそんな話してる場合じゃないっしょ!」
カイルに突っ込まれてハッとする。そうだった。
いけないいけない。
そっと扉を開ける。
金属製のそこそこ分厚い扉を、下水の壁面に似せて塗装してたらしい。
音を立てないようにしても、ギギギっ扉がきしむ。
その奥から、光が漏れてきた。
「おや、これは正解でしたな」
扉の中の光景を見たファルクスがつぶやく。
全くその通り。
屋内にはあちこちに、小型の檻が設置されている。
その中には、さらわれてきたのであろう動物達が。
そして、部屋の半分は妙な魔法装置とでもいうべきもので埋まっていた。
装置をいじっていた男たちが、ぎょっとした顔でこちらを見ている。
「よし、それじゃあ確保!」
俺が宣言すると、仲間達がうおーっと咆哮をあげた。
屋内の男達も、慌ててナイフや棒を取り出すが、明らかに戦いのプロではない。
飛び込んだカイルが、彼らを次々に叩き伏せていく。
「おらあっ!」
「ウグワーッ」
「ウグワーッ」
まとめて二人がなぎ倒され、目を回したようだ。
クルミもせっせとスリングを振り回し、近寄ろうとする男達を倒している。
「屋内でスリングっウグワーッ」
「な、なんて命中率ウグワーッ」
「これはあっという間に終わりそうだぞ」
俺は戦いを仲間達に任せ、魔法装置に歩み寄った。
「これは……。ううん、俺の知識ではちょっと知らない装置だな。でも、動物達をどうこうするものなのだろうか。それにしては、動物は無事なようだし……」
「そうですな。この装置はおそらく、動物に何かをとりつけるものですぞ。宝石などを加工する道具を、大型化したような仕組みをしております」
ファルクスが詳しそうだ。
彼の指差す先には、今正に、尻尾に何かを取り付けられようとしている子犬が、キャンキャン鳴いていた。
「今助けるからね!」
俺が触れると、子犬はすぐに大人しくなった。
モフモフしてるからね。
そして、子犬を挟み込んでいた器具を外して解放する。
檻も次々と解放し、犬や猫や小鳥が自由になっていく。
「犬や猫に取り付けるということは……。もしかして、何か細工をした上で飼い主のところに戻そうとしてたんだろうか? 詳しい事情は彼らから聞けそうだ」
既に、犯人の一団は一人残らず床に転がっていた。
うん、一人も死んでないな?
「手加減バッチリだね」
「そりゃあもう」
「狭いところだといりょくが出ないですねえー」
「クルミ、威力を出したらだめなところだね、ここは」
「そうだったですか!」
良かった……!
クルミ、全力だったよ……!
この辺りは後で教えていこう。
さてさて、辺りをざっと見回す。
すると、小鳥達が天井に取り付こうとしているじゃないか。
犬猫は、下水のひどい臭いですっかり弱っている。
なんとかしてあげたいが……。
『ピョイー』
すると、ファルクスの懐からロッキーが飛び立った。
天井の一部に、コツコツっと嘴を当てている。
他の小鳥達と同じ動作を……。
これはつまり……?
俺は指先を舐めて、頭上に向けて突き立てた。
上から……風を感じる。
「抜け穴だ。恐らく、そこが神都と通じる出入り口の一つだぞ」
下水を出入りしてたら、体に臭いがついてしまうもんな。
常に下水の臭いがする人間なんて、目立って仕方がない。
「ブラン!」
『わふ!』
真っ白な巨体が、宙に跳ね上がった。
マーナガルムは小鳥達を、そっと優しく右の前足で横に寄せると、残る左の前足で天井をパンチした。
ものすごい音がする。
そして、叩いた箇所がきれいな円形を描いてすっぽ抜け、吹き飛んでいった。
そこは……どう見ても地下室だ。
神都ラグナスに住む何者かの家が、この下水の密室に繋がっていたのだ。
そうと分かれば話が早い。
「こんなこともあろうかと、リュックにフック付きロープがあってね」
「センセエのリュック、なんでもでてくるですねー」
備えあれば憂いなし。
軽く振り回してから、フックを投げつける。
一発で、抜け穴のヘリに引っかかった。
俺達は、これを伝って脱出する。
動物達は、ブランがせっせと運んでくれた。
『わふん』
「わんわん!」
「にゃあにゃあ!」
おお、ブランが動物達に慕われている。
心温まる光景だ。
そして、この動物達をひどい目に合わせた黒幕への怒りが沸いてくるな。
俺は奮然としながら、地下室を抜けた。
地下室からの扉は、やはり単純な錠がされていた。
これを即座に解除。
地上へと躍り出る。
「う、う、うわああ、なんだ君はあ!」
そこには、明らかに地位の高そうな服装をした男がいたのだった。
なるほど、犯罪組織と繋がっている大富豪というわけか。
「よーし、みんな! 確保ーっ!」
怒涛の勢いで、事件は決着することになるのだ。
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