第68話 モフモフスリー その1

 夕食時に、見知った顔が一人増えていた。

 アリサだ。


「脱走して来ちゃったかあ」


「もう耐えられません!! わたくし、モフモフの喜びを知ってしまいましたから!!」


 テーブルをどんどん叩きながら吠えるアリサ。

 ここは宿の食堂なのだけど、他のお客が目を丸くしている。


 司祭服姿の美しい女性が、モフモフ愛を高らかに吠えていれば誰だって驚くよね。


「ああー、モフモフちゃんたちのために愛の逃避行をしてきたわたくしを、どうか慰めてくださいましー」


 アリサが両手を広げて、うちのモフモフを招く。


『にゃん』


 ドレがクルミの膝の上に乗った。


「きゃー、ドレ、そこにいるとご飯が食べられないですよー」


『わふん』


 ブランは少しだけアリサから距離を取った。


「なぜに!!」


 ガーンとショックなアリサである。


「アリサのモフモフはちょっとハードで、動物の事を考えていないモフモフだったからじゃないかな? 俺が今度、嫌われないモフモフの仕方を教えてあげよう」


「お、お願いしますわ! オース師匠!!」


「こいつまでオースさんの舎弟みたいになったぞ」


「舎弟違いますわ!!」


 カイルの言葉に、ガーッと吠えるアリサ。

 元気が有り余っているようだ。

 修道院での生活では、全く発散できなかったのだろうな。


「いやはや! 面白いことになって来ましたな! オース殿、アリサ殿を迎え入れるおつもりでしょう?」


「うん、その通り。請われて拒否するのは、俺の性格じゃないからね。ただ、一応筋は通しておかないと……」


「筋ですかな?」


「フランチェスコ枢機卿のところに行こう」


 アリサの顔色が、すーっと青くなった。




 翌朝。

 大教会に向かう俺達である。

 アリサは死人のような顔色をしている。よほど枢機卿が怖いらしい。


「そんなに怖えなら脱走しなきゃいいだろうが」


「それとこれとは話が別でしょう……! あの方、わたくしの直接のお師様なのです。厳しく……それはもう、厳しくしつけられました。お陰でわたくし、神聖魔法を使わせれば神都ラグナでは二番目になりましたのよ」


「一番目は」


 俺が問うと、アリサが当然、という顔で胸を張った。


「お師様です!」


 そりゃあそうか。

 ちなみに大教会には、昨夜の内に使者を出している。

 宿の人にお金を握らせて、大教会まで手紙を届けてもらったのだ。


 途中で、僧兵の人が合流した。


「アポイントは取っていただいているので、私が先導します。ははあ、またアリサ司祭が脱走したんですなあ。若いというのはいいですねえ」


「またとか言うなですわ!」


 僧兵も知っているくらい、アリサの脱走癖は有名だったのか。

 もしかして、アドポリスにやって来たのも半ば脱走だったりして?


 その後、再びセグウォークに乗って枢機卿の部屋へ。


『己も一人で乗るにゃ』


「ドレがひとりでできるですか?」


 クルミに問われて、猫は胸を張った。


『やれるにゃ』


 ということで、ドレにもセグウォークが支給された。

 クルミが心配そうにドレを見ているな。

 弟と接しているような気分なのかも知れない。


 ドレはにゅーっと立ち上がると、セグウォークのハンドル部分に前足を乗せた。

 凄いドヤ顔をして俺とクルミを見てくる。


「おー、凄い凄い」


「ドレひとりでのれたですねー!」


『やればできるのにゃ』


 だが、いざセグウォークが走り出すと、ドレはバランス取りに四苦八苦。

 彼は四足が基本だからなあ。


『やっぱりやめたにゃ。クルミの後ろに乗るにゃ』


 ぽいっとセグウォークを投げ出して、クルミと同じものに乗り込んできた。


「せまいですよー」


『ぎゅうぎゅうなのは好きにゃ』


「ああっ、ドレちゃんがクルミさんとあんなにぎゅうぎゅうに……。羨ましい……」


 フランチェスコ枢機卿のもとに向かう不安を忘れて、よだれを垂らさんばかりにクルミとドレを見つめるアリサ。

 心の底からモフモフを愛しているのだ。


 ブランが笑顔のまま、モフられぬうちにアリサからスーッと離れた。


 だけど、そういう個人の感情を許してくれないのが組織というものだ。

 さて、アリサを我がパーティで引き取るために、どれだけ苦労することだろうか。


「別に構わんぞ」


 再会した枢機卿は、作業中だった。

 手にした書類に目を落としながら、顔も上げずにそう言った。


「いいんですか!?」


「ああ構わない。アリサの実力ならば、既にラグナスにいて得られるものなどあるまい。死にさえしなければどこで何をしようと、私は構わん。司祭アリサ」


「ひゃ、ひゃいっ」


 あ、噛んだ。

 緊張のあまり、ガチガチのアリサである。


「見聞を広めろ。そしてこの男についていき、各国でコネを作れ。ザクサーン教やエルド教の者達は慎みを知らぬ阿呆ばかりだが、奴らとも手を取り合わねば今の世界は維持できまい。毛玉にばかり耽溺せず、旅の中で己を磨け」


「はっ、はいっ!! 司祭アリサ、確かにお師様のお言葉を受け止めましたわ!!」


 おお、あっさりと許しが出てしまった。

 これは驚きだ。


「言葉の意味は分かっているな。冒険者オース」


「はい。つまり、死なないようにするわけですね」


「そういうことだ。世の中で最大のコストとは、人の教育だ。だが、人は教育によって歴史と知識を受け継ぎ、繁栄を築いてきた。異種族であっても、教育によって協調していくことができる。死ねば教育は途切れる」


「その通りです。俺は死なないように、しっかり備える主義ですよ」


「ふん。だから、運命とやらはお前を選んでいるのかも知れんな。オース。モフライダーズ。お前達に私から直接の仕事を与える」


「はい」


「先日、下水道の事件を解決しただろう。あれは調査の結果、ペットをキメラ化させ、各家庭に戻した上でスパイ活動を行わせるためであったのだと判明した」


「そりゃあとんでもない非道ですね」


「うむ。事の真犯人は存在するのだろうが、足取りは掴めていない。だが、奴らと繋がっていた貴族が数人いる。それらから事情聴取をしているところだ。恐らく、裏にはザクサーン教が絡んでいる」


「ザクサーン教ですか。それはまた……面倒なことになりそうですね」


 ラグナ新教、ザクサーン教、エルド教は、この世界ゼフィロシアで最大の勢力を持つ宗教だ。

 それぞれ、祀る神は同じだというのだが、神の言葉を受け止めるための解釈が違うわけだ。

 そして、ラグナ新教とザクサーン教は犬猿の仲。


「面倒なことになっているのだ。そして、我々ラグナが動けば戦争になる。それはいかん。文化や階級が破壊され、余計な技術が新たに生まれてしまう。進歩は破滅への近道だ。故に戦争は防がねばならん」


 ん?

 なんか変なことを言ってるなこの人は。


「ザクサーンの陰謀を砕き、この件を解決せよ、モフライダーズ。ギルドにも話を通しておく。これは正式な仕事の依頼である」


「心得ました。その仕事、お引き受けしましょう!」


 正式な依頼なら引き受けない理由はない。

 さあ、新しい仕事が始まるぞ。


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