第8話 ゼロ族とバジリスク その3
咆哮が聞こえてくる。
周囲に木々が増え始めて、何か巨大なものが這いずり回る音がする。
森の中を這いずるような生き物が、普通に住んでる訳がない。
蛇くらいのもんだが、彼らも木々を伝って移動するもんな。
「バジリスクだ! クルミ、伏せて!」
「はいセンセエ!」
クルミがブランの背中に、ぎゅっと伏せた。
尻尾が持ち上がってピコピコしていたので、彼女には悪いが尻尾もむぎゅっと押して伏せさせた。
「ひゃーっ」
「尻尾が毒でやられるぞ!」
「毒はいやですーっ」
ブランが跳躍する。
その足元を掬うように、黒色の平たいものが通り過ぎていった。
「バジリスクの尻尾だな」
『わおん』
「待て待てブラン。君にも石化が効くかもしれない。力づくで何でも片付くもんじゃない」
猛るブランを鎮める。
そして、手鏡を取り出して反射具合を確認した。
「闇の中では、バジリスクの石化の魔眼は発動しない。あいつの石化の魔力は、光に乗って訪れるからだ」
木々の間を駆け抜けるブラン。
背後から、這いずる音が聞こえてきた。
かなりの速度で、細い樹木を薙ぎ倒しながらそいつは迫ってくる。
『アルルルルルルルルルッウルルルルルルルルルルッ!!』
喉で舌が絡まったような、不快な鳴き声。
「バジリスクで間違いないな。俺達が風上を取り続ければ、毒は全く怖くない」
『わおん!』
「ひえーっ! センセエ! クルミはもうだめですー!」
「大丈夫だから、ここに伏せてて。ね! バジリスクは倒し方のルールがあるんだから」
「た、倒せるんですか、センセエ!」
「いざとなればブランに頼むけど、もしブランが石化したら目も当てられないだろ。だから、余力を残してあのモンスターをやっつける。そのためには、力も魔法もいらないのさ」
ブランが風上に向かって疾走する。
マーナガルムの動きは恐ろしく軽やかだ。
犬だというのに、木の幹を足場にして、次々に飛び移っていく。
バジリスクはそう身軽ではない。
木漏れ日が、バジリスクの禍々しい姿をちらちらと映し出す。
黒と紫の鱗に、六本の足が生え、全体のイメージは蛇。
奴は俺達と目を合わせようと、必死に追いすがってくる。
ばきばき、めきめきと音がする。
『ばうっ』
「どこまで逃げるかって? 森をもうすぐ抜けるだろ。光が差し込む、そこ!」
『わおん!』
俺の指示に従ってブランが走った。
木々を飛び移った後、森の出口に向かって飛び降りる。
『ウルルルルルルルルアアアアアアッ』
バジリスクの咆哮が聞こえた。
俺達の行く先を理解したらしい。
巨大な六本足の蛇が、猛烈な勢いでこちらに駆け寄ってくる。
「ちょっと速度落として。ギリギリくらい。ブランがいなければ、おびき寄せ作戦でちょっと手間取ったけど……こりゃあ楽だ!」
俺は既に手鏡を構えている。
そして、ブランが陽の光の下へと飛び出した。
俺は即座に振り返る。
目線は下に向けて、視界の端だけでそいつを見る。
森から猛スピードで出現したバジリスクだ。
「ひいええええ!!」
クルミが悲鳴を上げている。
「クルミ、見るな! 石になるぞ! バジリスク! 俺を見ろ!」
叫びながら、俺は懐から瓶を取り出した。
この中に入っているのは……川で回収した砂だ。
砂をバジリスク目掛けてばらまく。
『ウルオオオオオオ!!』
バジリスクがこれの中へ、突っ込んできた。
案の定、砂が入らないように目を瞬膜で包んでいる。
この状態のバジリスクは、石化の魔力を発することができない。
そして、瞬膜が開かれていく……このタイミングだ。
俺は顔の前に、手鏡をかざした。
『ウルルルルラララララララア────』
手鏡が、異常に重くなった。
よしっ、バジリスクの石化の魔力を受け止めた!
そして……!
『ララララララらら・ら・ら・ら……ら…………ら……』
重いものが、地面に落ちる音がした。
鏡の影から、視界の端だけを使って見る。
黒い石の塊になった、六本足の蛇がそこにいた。
「よしっ、砕け、ブラン!」
『わおーん!』
ブランはその場で急旋回。
「ふわわわわーっ! とーばーさーれーるうーっ!」
「クルミ、俺にしがみついて!」
「センセエー!」
クルミを抱きとめたまま、俺は片手でブランの背中に抱きつく。
ブランはそのまま突撃!
マーナガルムの突進の威力は、昨日のアーマーボアで確認した通りだ。
体格差を物ともしない、超パワーの突進を食らってしまえば────!
『おんっ!』
バキィーンっと硬いものが砕け散る音。
黒い石の塊が、粉々になって飛び散った。
よしっ、バジリスクの最後だ!
『わおん』
「なんだい。ブランの速さがあったから、こんなに順調にやっつけられたんじゃないか」
『わふん』
「いや、俺一人でもやれただろうって、買いかぶりすぎだよブラン」
なんか、ブランからちょっと敬意みたいなものを感じる。
テイマークラスの力でテイムしただけではなく、マーナガルムからちょっとは本当の信頼を勝ち取れたみたいだ。
そしてクルミが、俺の手の中でふるふると震えている。
「すすすすす」
「すすす?」
「すごいですセンセエー! 本当にやっつけちゃいました! 弓も! 魔法も! なんにも使ってないのに!」
「そりゃあそうさ。強力なモンスターほど、その強力さは弱点と隣り合わせなんだ。大事なのは知識と、準備。それとちょっとの度胸だよ」
「すごい……やっぱりセンセエだー!」
『わんわん』
クルミもブランも、そんなに褒められると照れるじゃないか……!
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