第7話 ゼロ族とバジリスク その2

「こっちです、センセエ」


 ゼロ族の女の子を案内に、俺とブランは森に向かって進む。


「どうして俺が先生なんだい」


「賢いひとをセンセエと呼ぶんだって、長老様が言ってました」


「なるほど、俺は先生か。じゃあそれでいいです。君の名前はなに?」


「キュキュキュキュ」


「ゼロ族語は分かるけど発音できないんだ。ええと、それを俺が話せるように訳すと……クルミ? 木の実の名前なんだ?」


「クルミはクルミがたくさんできる季節にうまれたので、クルミです。クルミのほかにも、クルミは何人かいますけど」


 名前としっぽの色で個人識別をするのがゼロ族だ。

 2つ識別できるものがあれば、大体どんなゼロ族だって個人を特定できる。


 クルミは、この名前ともふもふ、ふわふわな尻尾。尻尾の色は白と茶色だ。


「なーるほど、よろしくねクルミ。一応俺の本名も教えておく。俺はオース。モフモフテイマーをやってる」


「もふもふていまー? もふもふていまーは賢いひとですか?」


「人よりはちょっと物を知ってるくらいだと思うけど」


「だったらすごいです。やっぱりセンセエです」


 おお、クルミが尊敬に目をキラキラさせて見つめてくる。

 眩しい。

 そして人からのリスペクトが嬉しい。


「あっ、マーナガルム様、こっちです!」


『わおん』


 クルミの案内を受けて、ブランが正確に、ゼロ族の森へ向かって走っていく。

 ブランが俺に従う限りは、温厚なマーナガルムであると知ったゼロ族、慣れるのは早かった。


 ブランの背中にまたがって、俺のちょっと前に座っているクルミ。

 目の前で、ゼロ族特有のモフモフとした尻尾が揺れていて、大変心躍る光景だ。


 モフモフはいいものだ。

 だが、ゼロ族の尻尾は敏感な感覚器官。おいそれとモフって良いものではない。


「クルミくん」


「なんですかセンセエ」


「尻尾をモフモフしても?」


「そ、それはだめです。尻尾をモフるのはクルミの旦那様になるひとだけです」


 ゼロ族にはそんな習慣があったのか……。

 では触れない。残念だ。


 俺は引き際を知る男だ。

 あと、押しが弱い男なので触らないことにした。


 その代わりにブランの毛皮をモフモフしておこう。

 おお……今日も神がかった手触り。


『わふん』


「結構なおてまえで」


『わんわん』


「ん? においがする? どういうにおいだ、ブラン」


『わふふる』


「乾いた砂のにおい? それはバジリスクのにおいだ。気をつけろ。石化の視線はマーナガルムとは言え、受けたらただでは済まない……かも知れない」


 あくまで、かも知れない、だ。

 マーナガルムに関する情報はあまりにも少ないのだ。


 何しろ、SSランクモンスターなんか、世界にはほとんどいない。

 そいつらは基本的に、生物と言うか、その一匹で完結してしまっている存在だ。


 同じ種類の仲間というものはいない。

 だから、繁殖はしないのであろうし、その存在が生態系にもたらす影響なども分かっていない。


 ただ、極めてレアでその体の一部でも持ち帰れば、一生遊んで暮らせるほどの金が手に入る。


 そういう存在だ。

 まあ、このブランはでっかいサモエドにしか見えないんだけどな。


 ひょっとして、マーナガルムにはバジリスクの石化も毒も通じないかも知れない。

 だが、ここでモンスターについて詳しい知識を持つ俺が、かも知れない、で行動するわけにはいかない。


「ブラン、クルミ。ここに手鏡がある」


 俺がナップザックから取り出したのは、手持ちの鏡だ。

 ダンジョンに潜った時なんかに、こいつで通路の向こうを確認する。


 そしてバジリスクとの戦いにおいて、この鏡は大きな意味を持つ。


「あいつの視線を上手く鏡で反射させられれば、バジリスクを逆に石にできる」


「そ、そんなことができるんですか! 怪物はやっつけられるんですねセンセエ!」


 クルミが驚嘆している。

 毒の息を吐いて石化の魔力まで使う。


 一見してとんでもないモンスターのバジリスクだが、無敵な訳がない。

 あらゆるモンスターには弱点がある。


 その弱点を突くのが難しいんだが……今回は、ブランという強力な味方がいる。

 彼と協力して、バジリスク退治を始めよう。


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