幕間 アドポリスの不穏な影

「──というわけで、裏通りに血痕があったんです。まだ新しかったようですけど、そこには誰もいなくて……」


「物騒だなあ」


 アドポリスの冒険者ギルド。

 受付嬢が、ギルドマスターと雑談をしている。

 その途中で、先日受付嬢が見た光景の話が出てきた。


 これをどうでもいいことのように受け流すギルドマスターである。

 当然だ。

 それが一体何を意味するのかなど、普通は分かりはしない。


 例え、これがアドポリスを襲うことになる、致命的な事態の手がかりだったとしても。


「うちもアドポリス商店街の一員みたいなもんだからね。ランクの低い冒険者にギルドから依頼を出して、血痕を掃除させておいてくれ」


「はい。では依頼書を書きますねー」


 受付嬢がさらさらと依頼書をしたためる。

 ギルドにおけるこれらの書類は、職員の肉筆である。


 主として担当する依頼は決まっているから、筆跡で依頼傾向もなんとなく分かったりする。


 この受付嬢の担当は、ギルド直轄の依頼である。

 そのために、可愛らしい筆跡ながら、彼女の書く依頼書は重要度が高い。


 掲示板に張り出されると、酒場コーナーで管を巻いていた冒険者が一斉に集まってきた。

 そして……。


「なーんだ。掃除かよ」


「たまにギルド直轄はさー。こういう町内清掃みたいなのが混じるから困るんだよなあ」


「おーい、初心者パーティー。お前らの仕事だぞー」


「そうそう。こんなん、確定で達成できる仕事なんだから、数稼ぎに最適だぞ」


「ほんとですか!」


 Eランクパーティが依頼書を剥がし、カウンターに持ってきた。

 あっという間に受注成立というわけである。


「血痕を綺麗にしてきてくださいね」


「はい!」


 飛び出していくEランクパーティ達。

 まだまだこれからの若者達なのだ。


 そして、これからの若者と言えば。


 受付嬢は、先日、Sランク冒険者のオースが連れてきた少女を思い出していた。

 この辺りでは珍しい、リスの獣人ゼロ族の少女。

 レンジャー適性を持つ、クルミのことを。


「あの娘はどうなったのかしら。オースさんがついてるから大丈夫だとは思うけど……。まさか、あの娘を連れたままでコカトリスやカトブレパスと戦ったりは……いくらオースさんでも、ねえ」


 うふふ、と笑う。

 レンジャー適性を持つ彼女は、生き残り、成長していくことでAランクレンジャーになることができる。


 Aランクは、適性を持つ者にしか辿り着けない領域だ。

 レンジャーならば、危険察知能力、動植物知識、一部薬品の調合などの力を自動的に得る。


 他のクラスも同様、Aランクに達することで、クラスはただの職業ではなく優れた能力そのものとなる。


 逆に言えば、適性が無いものはBランクまでしか達することができないというわけだ。

 そして、Bランクまでなら、努力によって到達ができる。


「そう言えば……。努力してAランクに匹敵するところまで腕を上げたBランクって、Aランクとどこが違うようになるのかしら」


 うーん、と考え込む受付嬢。

 答えは出そうにない。


「そもそも、クラスにパーティにモンスターに、ランクが多すぎなのよ。もっと簡単にして欲しいものだわ」


 結局、彼女の思考は今の複雑なランクシステムに八つ当たりするところで落ち着いた。


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