第155話 実家に向かって その2

 驚くべきことに、海賊以外は特に邪魔もなく実家のある国、エルフェンバインに到着した。


「驚いた……。謎の巨大モンスターも出てこなかったし、陰謀にも巻き込まれなかった」


「センセエ、ずっと心配してたですか? そいえば、クルミとセンセエ一緒に冒険するようになってから、せんとろー? 王国じゃない時はずーっと冒険してたですねえ」


「ああ……。すっかりトラブルがあることになれてしまった。この間の海賊だって、本来ならば大騒ぎなんだろうが、日常の一部みたいな感覚だった」


「クルミはですねー、あんなに色々あるのは初めてだったですよ! 村ではですねー、一年でも全然事件とかなくってですねー。でもセンセエと一緒に旅したら、一年もしないのにたっくさん、たっくさん凄いことが起きたですよ!」


「確かに……。ショーナウン・ウインドを出てから、めちゃくちゃな数の冒険をこなした気がする……」


 近づいてくる港を前に、クルミと二人でしみじみしていると、ブランがにゅっと間に鼻先を突っ込んできた。


『わふん』


「えっ? 明らかに生き急いでるんじゃないかって量で事件に首を突っ込んでたって? そりゃあそうだけどさあ」


「センセエは困ってる人を放っておけないですからねえー」


『わっふっふ』


 ブランが笑っている。

 彼自身も、魔獣の森で過ごしてた時は何百年も千年も何も事件が無かったらしい。

 俺にテイムされてから、毎日が楽しいそうだ。


『わふ、わっふ』


「ああ、ドレとアータルの時は本気出したよな、ブラン」


『わふわふー』


「いやいや、あれは本気だった。天候を変えるくらい本気だったでしょ」


「センセエとブラン、仲良しですねえー」


 うん、間違いなく仲はいい。

 港に船が接舷したので、もっふもっふと渡し板を歩くブラン。


「ブランちゃーん!! 後でブラッシングさせてほしいですわーっ!!」


 アリサがブラシを振り回しながら後を追う。

 その後ろを、さらっさらな毛並みになったドレとローズとフランメがついていくではないか。


 そうか、全員ブラッシングし終えたんだな……。

 考えたらアリサも、すっかりモフライダーズの古株だな。

 フランチェスコ枢機卿から、俺の監視を言いつけられているそうだし、何よりも本人がモフモフを溺愛するがゆえ、モフライダーズを離れられないのだ。


「つーかよ、お前はその武器、宝の持ち腐れもいいところだろ。なんだあの命中率。鍛えろ鍛えろ」


「うっ、うるさいですねー!? ワタシの特技は、教会で得た資産を運用して増やすことですねー!!」


「神聖魔法ですらねえのかよ……」


 アルディとカレンも降りていく。

 最後は俺とクルミだ。


 エルフェンバインは、都市国家アドポリスの隣にある国だ。

 国土はそこそこ広く、森と平原の国。


 海と面している土地がほんの僅かしかないので、港はここだけだ。

 だから……港町はとても混み合うのだ。


「す……凄い人です……!!」


 ラグナスにも負けないほどの密度で、人々が行き交う港町。

 クルミが目を丸くした。


「街の大きさはラグナスには全く及ばないけどね。だけど、使える限りの全ての面積を港にしているから、そこから一斉に船が出入りする。たくさんの船乗りと、彼らを当て込んだ商売をする商人達。そして彼らの家族。エルフェンバインでも、一番人口が多い街だろうね」


 それだけに、イベントも多ければゴタゴタだって多い。


「ああ畜生! スリだ!」


 ほら。

 人混みをかき分けて、走ってくる男がいる。

 そいつは俺たちを見ると、クルミとカレンの間を「おっとごめんよ!」なんて言いながら抜けようとする……が。


「いやいや、そりゃあ通らないね」


「通らねえよなあ」


 俺とアルディが目の前に立ちふさがり、俺の足払いが男を宙に浮かせ、アルディの拳が男を吹き飛ばした。


「ウグワーッ!?」


 彼は地べたに叩きつけられながら、パンパンになっていたポケットから、複数の財布を吐き出させた。


「な、なんですかねー!?」


「あの人、クルミ達を狙ってたですよ!」


「クルミは分かったみたいだね」


 倒れた男を、船乗りたちが囲んでボコボコにしている。

 彼はスリだったのだな。

 そして、逃げるついでに、与しやすそうと見てクルミとカレンを狙った。


 カレンはともかく、クルミはそう簡単にはスッたりできないと思うけどね。


「協力感謝ー!」


 船乗り達が手を振ってくる。

 俺とクルミが手を振り返した。


 とにかく人が多い場所だから、ああいうスリみたいな手合もよく出るんだ。

 捕まればああしてボコボコにされるから、ハイリスクなんだがなあ。


「活気があるのはいいのですけれど、治安はあまりよろしくないのですわねえ」


 アリサがため息をついた。


「アドポリスやラグナスや、セントロー王国の治安が良すぎるとも言えるかもね。世の中は大体こんなもんだよ」


 それでも、巨大な犬のブランを従えた俺達に寄って来る、怪しげな輩はいない。

 見た目というのは身を守る最大の武器。


 目立つ者になにか仕掛けたら、仕掛けた相手も目立つしね。


『わふん』


「ウグワーッ!」


 あ、仕掛けてくるのがいた。

 ブランが尻尾ではたいて撃退したようだ。

 マーナガルムの一撃で、その男はすっかり目を回してしまっている。


 これをちらりと見てから、ブランが得意げに鼻を鳴らした。


『わふ』


「いろいろな人間がいるからねって? 全くだ」

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