第156話 実家に向かって その3
大型の荷車を買った。
これをブランにくくりつけて……。
そして俺達全員が乗り込む。
「よし、ブラン、出発!」
『わおーん!』
ブランが元気に返事をすると、トットコと程よい速度で走り出す。
いつものダッシュではない。
「あわわわわ、犬が荷車を引っ張ってますねー!!」
カレンが車の縁にしがみついている。
犬車慣れしていないな。
普通慣れてないよな。
初めて乗るくせに平然としているアルディがおかしい。
犬車は大変揺れるし、尻も痛くなる。
ということで、クッション用に藁を買って敷き詰めてある。
これに乗ってしばらく行けば、俺の実家に到着するわけだ。
「のどかなところですー」
最前列で風に揺られながら、ブランの尻に手を伸ばすクルミ。
ペチンと尻尾ではたかれて、きゃっと言って手を引っ込めた。
「走ってるブランに触るのは危ないぞ。エルフェンバインは、そうだなあ。柄は悪いけど、まあまあ平和な国ではあるよね。少なくとも、アドポリスよりはモンスターは少ない。その代わり、盗賊がちょこちょこ出る。金品を差し出せば命までは取らないようなのばかりだけどね」
「こっちも平和ボケしてるんだな」
アルディが笑う。
「この平和な時代に、臨戦態勢でいる方がおかしいと思いますわよ? 神都ラグナスでは、その戦争を起こそうとする輩のせいで大変な目に遭いましたけど」
「そうだったのか。俺もその場に居合わせたかったなあ……。ま、リーダーと旅をするようになってから、ちょこちょこ楽しいことが起こって充実してるけどな」
「アルディは本当に、どうして辺境伯の家に生まれてしまったんだろうなあ」
「全くだ」
ドッと沸く荷馬車の中。
「なんというか、みんなとんでもない人達ですね?」
カレンだけが訝しげな顔をしている。
彼女はついこの間、ドレに話しかけられて飛び上がるほど驚いていた。
その後、フランメに話しかけられて腰を抜かしかけていた。
彼らが聞かせようと思わないと、彼らの言葉は聞こえてこない。
ただの鳴き声だとしか思わないものな。
「しかも、言葉を話す動物が二匹もいるなんて……」
『動物ではないにゃ。クァールにゃ』
『一匹ではないチュン。一羽だチュン』
カレンの言葉を訂正するモフモフ達。
その様子を見て、アリサが相好を崩す。
にまにましながら、ドレやフランメをブラッシングし始めた。
鳥はブラッシングしていいのか?
まあ、フランメはフェニックスだし、いいのか。
エルフェンバイン旅行初日。
夕方になった頃に、牧場のある町に到着した。
この辺りには町を囲む塀なんてものはない。
町を襲うモンスターなどいないし、町の住人はみんな、賊と戦うための武器を持っているからだ。
ボウガンが軒先にぶら下がった家に挨拶する。
「こんにちは! 旅人なんだが、馬小屋が空いてたら使わせてもらえないだろうか」
すると、恰幅のいいおじさんが出てきた。
「おう、いいぞ……って、うわあ、でけえ犬だなあ!! 確かに馬小屋でもなきゃ泊められねえよなあ。ま、うちの馬小屋で良ければ使ってくれ。壊さないでくれよ」
「ああ! ありがとう!」
本日の宿をゲット。
ここら一帯は、まるごと牧場みたいなものだ。
馬や牛、羊が飼われている。
エルフェンバインは森と平野の国。
森がないところは、ほぼほぼ牧場か畑だ。
この国で取れた作物が、加工されて全世界に輸出されている。
だから、エルフェンバインから外の世界に出ていくことは簡単だ。
戻ってくることも、同じ。
「なんで馬小屋に泊まるんですねー!? 宿とかないんですね!?」
「牧場主と牧場の労働者だけの町だからなあ、ここ。宿泊施設はないと思うね。ま、馬小屋も悪いところじゃないよ。大自然のにおいを感じながら眠りにつけるし、なんなら窓から星空だって見える」
ぶうぶう言うカレンをなだめつつ、藁を整えてベッドの用意。
もうすぐ日も暮れる。
明日のための準備だってしなくてはならない。
外では、アリサが食事の用意を始めた。
珍しい客人が来たと、牧場の人々が顔を出してくる。
そしてみんな、ブランを見て「うおお」「でかい」「もっふもふだ」と歓声をあげるのだ。
同時に、クルミとアリサとカレンを見て、「都会の女子だ」「かわいい」「もっふもふだ」と歓声をあげる。
「クルミはなんか、ブランとおんなじ扱いをされてる気がするですよ?」
「クルミは確かに尻尾がモフモフだからねえ」
「うん! クルミはセンセエだけに好かれてればそれでいいですよー!」
むぎゅっとくっついてきた。
その様子を見て、牧童達がおおーっとどよめく。
ちょっと羨ましそうだ。
さて、ここからはお祭りみたいになった。
俺が最初に声を掛けた男の人は牧場主だったようで、彼がでかい羊の肉の塊を持ってきたのだ。
ワイワイとみんなでこれをバラし、アリサが用意した焚き火にくべて、バーベキューとなった。
熱いミルクティやブランデーが回されてくる。
みんな、歌ったり踊ったり、楽器を奏でたりして大騒ぎである。
畜舎の方にもこの騒ぎが聞こえていて、牛や羊の鳴き声が唱和するように響き渡った。
牧場主が俺の隣に腰掛けて、ブランデーを呷る。
「あんた、外の国から来たんだろ。いや、土地勘はあるみてえだから、帰ってきたんだな」
「まあ、そんなところだよ」
「外はどうだった?」
「大変だ。事件には巻き込まれるし、モンスターは多いし。だけど、たくさんの出会いがある」
「そうかあ……。俺もなあ、若い頃は外の世界に憧れたもんだ。だけどな。ちょっと別の国に行った途端、モンスターに襲われてなあ。命からがらこの国に逃げ帰ってきた」
そう言って、牧場主はわっはっは、と笑った。
「だが、お陰で親父から牧場を受け継ぎ、こうしてでかくできた。俺はあれだ。外の世界が向いてなかったんだな。だが、あんたは違うみたいだ。外向きの面構えをしてる」
「そいつはどうも」
「またすぐに発つんだろ? この国に腰を据えるってタイプにゃ見えないぜ」
「そうだなあ……。とりあえず満足するまでは、世界を巡りたいかな」
口に出してみて、俺は自分の思いを再確認できた。
そうだな。俺はまだまだ旅をしたいんだ。
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