第157話 実家に向かって その4
牧場の町で一夜を過ごし、旅立つ。
お弁当に、チーズやハムを買った。
お昼が楽しみだ。
ドレは久々にたっぷりのミルクを飲めて、満足げである。
『地上の楽園だったにゃあ。ずっと牧場で暮らしてもいいにゃあ』
ある意味ミルク飲み放題だもんなあ。
『猫は置いていっても良かったチュン』
『なにい! スズメが何を言うにゃ! お前こそバーベキューで焼き鳥に間違われなくてラッキーだったにゃ!』
『チュン!? 我はフェニックスチュン! 炎を発しているのがデフォルトチュン! 焼き鳥にはならないチューン!!』
おお、賑やか賑やか。
猫と小鳥の口喧嘩を横目に、犬車は一路、俺の実家への道を急ぐのだった。
カレンも昨日よりは慣れてきたようなので、犬車の速度を少し上げることにした。
普通の馬車よりもちょっと早い速度で、車は突き進む。
昼頃に森が見えてきた。
その前で昼食にする。
パンにチーズとハムを挟んで食べる。
美味い。
悪くなる前に、もらってきたミルクも飲んでしまう。
ドレは大変名残惜しそうに、ミルクが最後の一滴になるまで舐めていた。
森に突入。
ここには、多少はモンスターが出る。
だが、ブランやうちのモフモフ達を恐れてか、鳴き声すらしない。
「平和なもんだなあ……」
気が抜けた様子でアルディが呟いた。
「ここは一応、エルフェンバインでもちょっと危険な場所なんだけどね。それ以上に強烈なのが俺達と同行してるから、モンスターも怖がってついてこないみたいだ」
こちらの戦力が過剰過ぎると、世の中は平和になるものなのだ。
つまり、モフライダーズに喧嘩を売ってくる相手というのは、普通ではないということになる。
それもまた、アルディが喜びそうだな。
エルフェンバインは平和な国だが、いつ、ソラフネ山のようなことが起こらないとも知れない。
そんな状況になったら、うちの過剰戦力が役立つことだろう。
結局、森は何も無く抜けることができた。
最後まで、鳴き声一つしなかったな。
モンスターの気配はあったので、彼らは息を潜ませてじっと俺達の通過を見守っていたのだろう。
とても怖がられている。
『わふん』
ブランが、弱いやつらばっかりだったからねえ、と評する。
SSランクモンスターからしてみれば、世界の大半は弱いやつだろうね。
しかもうちには、恐らくSSランクモンスターが四匹もいる。
まあ、よっぽどおかしい相手でもなければ襲っては来るまい。
森を抜けて少し走れば……見えてくる。
周辺が開け、畑になった。
いくつも連なった風車小屋が見えてくる。
いよいよ、俺の実家に到着なのである。
没落貴族とは言え、土地だけは持っている。
地位や財産などはあらかた売り払ってしまったが、それを使って農具などを買い揃え、大規模農家として元気にやっているのだ。
突っ走ってくる巨大な白い犬は、実家から見てもとても目立ったらしい。
すぐに使用人が気づいて、大声で俺の父親を呼ぶ。
別の畑から、農具を担いた父が走ってきた。
そして二人でブランを見てびっくりしている。
「ただいま!!」
俺は犬車の上に立ち、そう叫んだ。
「オースか!?」
父が目を丸くする。
何年ぶりの帰郷になるか?
久しぶりの我が家は、何も変わっていなかった。
わいわいと、うちの家の人間が出てきた。
使用人……つまり、うちから土地を借りて農作業をしている、雇われ農夫の家族が六つ。
誰もが、俺と顔なじみだ。
「ぼっちゃんが帰って無事に帰ってきなさったなあ」
「真っ白な大きい犬を連れて!」
「いやいやあんた、見なさいよ。隣に可愛らしいお嬢ちゃんがいるでしょ」
「嫁さんこさえて来たか!」
やんややんやと盛り上がる。
このおじさんおばさん達は、俺が赤ん坊の頃から世話になってるので頭が上がらない。
そして父と母、いつの間にか結婚していた妹夫婦。
「オース、その隣りにいるリスの尻尾のお嬢さんが……!」
「ええ、そういうことになって。俺の奥さんになる」
「あらまあー」
「本にしか興味なかった兄さんがねえー」
わいわいと家族が騒ぐ。
うむ、大変やりづらい。
ここにいると、俺はただのオースになってしまうからな。
もともと、そこまで自己評価は高くない方だったが、これまでの冒険で周囲が俺に向ける評価が上がっていった。そのお陰で、俺自身も自己評価が上がっていたのだ。
故郷の家族にとって、俺は旅立った頃のオースのままなので、等身大のオースを突きつけられた気分になってなんともむず痒い。
アルディはこれを見てニヤニヤしていた。
「いや、分かるぜリーダー。ガキの時分からこっちを知ってる相手ってのは、大人になるとやりづらいもんだ。だが、案外そんな連中の方が、今のあんたを知らなかったりするんだよな」
「そうだなあ。考えてみれば不思議な話だ」
「センセエはすごいですからねー」
うんうん、と頷くクルミ。
「せんせえ?」
うちの両親と妹と小作人達が首を傾げた。
おっと!
クルミには、ここできちんと言っておかねば。
「クルミ。今日から俺のことは、オースと呼んでくれ。夫婦になるんだからね」
「せ、センセエのこと名前で呼ぶですか!? ひ、ひやー」
おっ、なぜか照れてる。
そう言えばクルミ、会ってからずっと俺のことセンセエって呼んでたな。
「だって、自分の夫のことをセンセエなんて呼ぶの変だろ?」
「ビブリオスさんとこのナオさんは、先輩って呼んでたですよ」
「うっ、あれはあれだ。俺はちゃんと名前で呼んで欲しい」
「あうううう……! オ……オースさん」
「うおっ」
俺も照れた。
そんな俺達を見て、周りのみんながニコニコしながら拍手するので、俺とクルミはまたまた照れるのだった。
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