第158話 実家に向かって その5

 何年ぶりかの実家で、俺の帰郷を祝うささやかなパーティーが開かれた。


「突然帰ってくるとはなあ。しかも、可愛らしい婚約者を連れて。ドラマを感じるなあ」


 うんうん、と頷く口ひげの男が、俺の父アース。

 一見してひょろっとしており、学者や文士のようだ。

 だが、長年の農作業で体は鍛えられている。


「そうね! 私はもう、嬉しくて嬉しくて。うちにいた頃は、あんまり女の子に興味なかったものね。ねえクルミさん、うちのオースをよろしくお願いしますね」


 俺がクルミを紹介してから、ずっとテンションが高いままなのが、母親のミランダだ。

 もともとは地元の豪農の娘だったので、やはり農作業で体が鍛えられており、がっしりしている。


「兄さん、旅の話を聞かせてよ! 出ていった時は一人だったのに、戻ってきたらこーんなにたくさんの仲間を連れてきて! きれいな女の人もあと二人いるし、何より動物が四匹もいるじゃない! 一体どうなってるの?」


「こ、こらミレル!」


 興味津々で俺に何でもかんでも聞いてくるのが、妹のミレル。

 そしてたしなめているのが旦那のコッドだ。


 コッドは改めて、俺に挨拶をしてきた。


「初めまして、お義兄さん。コッドです。あなた、オースさんということは……あの噂のSランク冒険者オースさんですよね?」


「おや、知っているんですか」


「そりゃあもちろん! 実は俺も冒険者だったんですよ。この農場を襲う狼退治の仕事を受けたんですが、そいつらのボスのダイヤウルフが強くて。怪我をした俺をミレルが手当してくれて、それが縁で婿に入りましてね。まあ、俺はBランク冒険者だったんですが! まさかミレルの兄があの有名なオースさんだったとは!」


「そうだったのか。いやあ……世界は狭いなあ」


 コッドはアドポリスの冒険者だったそうだから、俺とも何度か会っていたのかも知れないな。

 その後、コッドは俺がいかに凄いかと言う話を家の者達に語っていた。


「ちょっと大げさでは」


「何言ってんだリーダー。あんたがやって来た仕事の中身は、オケアノス海の一件を入れると噂よりもとんでもないんだからな。恐らく、炎の精霊王アータルとの一件や、神話返りを解決した一件もすぐに知れ渡るぞ。世界最高の冒険者オース! ってな」


「や、やめてくれえ」


「世の中は英雄を求めてるんだよ! 平和な世の中だからな。みんな娯楽に飢えてる。生ける伝説製造機みたいなリーダーが、影に埋もれっぱなしでいられるわけねえだろ」


 げらげら笑いながら、アルディが俺の背中をバンバン叩いた。

 ちなみに彼は、自己紹介の時は元辺境伯だとは名乗っていない。

 捨ててきた地位に意味はないんだそうだ。


 一方で、アリサとカレンは村の女衆から質問攻めに遭っている。

 主に、俺に関係するお話らしいが……。


 その二人は俺とは全くそういう付き合いはないぞ!


 子ども達は、うちのモフモフに夢中。

 人ができているブランが、まとめて相手をしてやっているところだ。

 ドレはぺたぺた触られるのにうんざりして、ミルクを持ってどこかに逃げ込んでしまった。


『ちゅちゅちゅ、ちゅちゅー!』


『全く、人間は騒がしいチュン』


 小動物二匹は俺とクルミの頭の上だ。


 これは俺の帰郷歓迎パーティーのようなものだが、明らかに主役は俺とクルミの二人だった。

 どんどん酒を勧められ、思わず飲んでいるうちに俺もほろ酔いになってくる。


 そうなると、口も軽くなり……。

 俺はこれまでの話を語ることになったのだった。


 パーティから追い出され、そこでブランと出会ったこと。

 そしてクルミと出会い、彼女の村をバジリスクから救ったこと。

 アリサを仲間にし、冒険者の街アドポリスを、召喚士の陰謀から救ったこと。


 神都ラグナスの冒険。

 遠き地、セントロー王国での旅路。


 そして波乱に満ちた、オケアノス海での冒険。

 どのお話も、聞く人々にとっては遠い国の冒険譚のようであったらしい。


 誰もが目を輝かせて、話に聞き入っていた。


 そうかあ……。

 俺は、とんでもない冒険を繰り返してきたんだな。

 今になって実感してくる。


 それだけの旅をともにしていれば、そりゃあ情だって沸くもんな。

 じっとクルミを見たら、彼女も俺の目線に気付いた。


「えへへ」


 笑いながら、彼女もこっちを見上げてきた。


「短いようで、長いようで……」


「んー、あっという間だったです!」


 クルミが言うなら、そうなんだろう。

 そしてここまでたどり着いた。


 ここが俺にとっての、一つのゴールなのかも知れない。

 そう思えてきた。


 まだまだ冒険し足りないなんて言ってはいたが、どうだろう。

 俺はそこまで、冒険に前向きな男だったか?


 どうしてこの家を出たんだったか。

 酔いでふわふわとする頭を使って、考える。


 多分、漠然と、俺は不満だったんだろう。

 何も変わらずに、この土地に縛られて生きていくだけの人生が。


 変化が欲しくて、夢や、スリルや、名声が欲しくて。

 それで俺は旅立った。


 そして、なんだかんだ言って、今の俺はどうなった?

 全部手に入れた。


「センセ……オースさんのおうちのごはん、美味しいですねえ」


 ここにやって来て、ここで暮らす理由もできた。

 うーん。


 これでいいんじゃないかなあ。


「なあ、クルミ?」


「はいです!」


 なんとなく問いかけたら、何のことだか分からないだろうに、彼女はいつものように。

 元気よくお返事してくれるのだった。


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