幕間 Sランクパーティ、空中分解する
「はぁ、はぁ……」
「待って! 置いていかないで!」
逃げているのは、かつてショーナウン・ウインドだった、盗賊とヒーラーだ。
彼らは追われていた。
『待て……待て、裏切り者ども……!!』
背後からは、ガシャン、ガシャン、と金属が擦れる音が響く。
何者かが追ってきているのだ。
ここは冒険者の街、アドポリス。
そろそろ日が暮れ、辺りが暗闇になるころ。
普段なら家路を急ぐ人々で賑わう大通り。
だが、今は人っ子一人いない。
盗賊とヒーラーの足音。
そして追ってくる金属の音だけが響き渡る。
「許して、許してくれショーナウン! お前についていったら終わっちまうんだ! 駄目だったんだよ! 俺達じゃ、Sランク冒険者としてはやってけなかったんだ!」
『裏切り者め……裏切り者め……』
「ひいっ、ごめんなさい! 戻るから! パーティに戻るから!」
ヒーラーの懇願が聞こえる。
『パーティは……終わりだ。お前達が裏切ったせいだ……! いや、何もかも、あいつだ。オースが悪い……』
「そ、そうだよね! オースが悪いよね! だから私は見逃して、お願い見逃し……ぎゃあっ」
ヒーラーの叫び声が上がり、すぐに途切れた。
盗賊は真っ青になり、必死に走る。
ヒーラーの足音はもうしない。
殺された。
ショーナウンに殺されたのだ。
なんでこうなった!?
こんな理不尽な状況に、どうしてなった!?
盗賊は何も理解できないまま、無人の街を走る。
オースに謝ると言ってパーティを抜けたが、結局会うことはできなかった。
各地で発生している、呪いのモンスター依頼を請け負って旅立ったのだという。
それならば待たせてもらうかと、ゆっくりしたのが間違いだった。
自分達もオースの後を追うべきだったのだ。
「くそっ、くそっ、くそっ! 助けてくれ! 誰か、助けてくれ!!」
叫んでも、誰も応えてはくれない。
この街には、自分とヒーラーとショーナウン以外、誰もいないのだ。
ここは、魔法の結界に包まれていた。
『追いついたぞ』
すぐ後ろで声がした。
「ぎゃ、ぎゃあああああああ!! や、やめてくれショーナウン! 俺とお前の仲じゃないか! 俺はお前の最初の仲間で、Eランクの頃から一緒に……」
『お前は俺を裏切った。裏切り者め、裏切り者め……!!』
ショーナウンの声がくぐもって聞こえる。
盗賊の視界の端に、真っ黒な鎧兜に身を包んだショーナウンの姿が見えた。
兜の奥で、赤く目が輝いている。
ショーナウンは変わってしまった。
化け物になってしまったのだ。
それを実感する。
「頼む……頼む、助けてくれ。俺が悪かった。俺が……」
『裏切り者は……死ね……!!』
剣が振り上げられ、振り下ろされた。
「ぎゃあーっ!!」
盗賊の絶叫が響き渡る。
そしてすぐに途切れた。
ショーナウンは血に濡れた剣をだらりと下げ、棒立ちになった。
『裏切り者は……死んだ。だが、まだ裏切り者はいる……。オース。オース、オース、オース……!!』
ショーナウンは叫んだ。
あの黒いローブの男の力を得てから、彼は変わったのだ。
この肉体にみなぎる力はなんだ。
今ならば、バジリスクにだって絶対に負けない。
石化の呪いだろうが、跳ね返してみせよう。
そんな自信が沸いてくる。
当たり前だ。
ショーナウンは今や、呪いそのものになっている。
呪いの騎士、あるいは、アンデッドナイト。
それが彼の姿だった。
ショーナウンに斬り殺された、盗賊とヒーラーが起き上がる。
彼らの目が黄色く濁り、全身から淡い輝きを放つようになっている。
アンデッドナイトに殺された者は、レブナントになって蘇る。
言わば、高ランクのゾンビである。
『お前達はもう、二度と俺を裏切らない』
盗賊とヒーラーは、頷いた。
『もちろんだ、ショーナウン』
『任せてよ、ショーナウン』
『いいだろう。ショーナウン・ウインド再結成だ。俺達は最強の冒険者、Sランク冒険者だ。Sランクパーティだ。それを分からせてやろう……! 俺達をあざ笑った連中に! 裏切り者のオースに……!!』
ショーナウンは剣を天にかざした。
彼の口から、人間のものとは思えない、恐ろしい叫び声が上がる。
そして……叫び声と同時に、魔法の結界が消滅した。
ショーナウン達の姿もまた、無い。
そこは、いつものアドポリスだった。
冒険者の街は夕暮れになっても賑わっている。
「あら?」
所要で外に出ていた、冒険者ギルドの受付嬢は妙なものに気付いた。
「道端に、血が……。でも、誰もいない……。なんなのかしら、この血は……」
陰謀が、蠢き始めている。
誰も知らないところで。
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