第10話 ゼロ族とバジリスク その5

 ゼロ族の移住を手伝っていたら、数日が過ぎていた。

 家を解体して森に運び、木々の上に通路に立て直す。


 木と木の間に通路を通す……と言っても、俺から見ると不安定な丸太みたいに見えるんだけど。


 昼はゼロ族達と汗を流して働き、日暮れには宴会をして、夜遅くなる前にみんな寝た。

 そしてまた朝になって働く。


 ブランが手伝ってくれたのもあるし、俺が持っていた人間の建築の知識もある。

 思ったよりも早く、ゼロ族はもとの住まいであった森に帰ってこれたのだ。


「ありがとうございます先生!」


「このご恩は忘れません、先生!」


 最後の日は、ゼロ族総出で俺を見送ってくれた。

 その中に、クルミもいる。


 彼女は何か言いたそうにモゴモゴしていた。

 その背中を、ゼロ族達がポンと押す。


「行ってくるがいい」


「いいですか!?」


「一族のならわしじゃ。それに、クルミもそれがいいのじゃろう? ならばその通りにするのがいい」


 クルミは長老に言われてから、俺のところまで駆け寄ってきた。


「セ、センセエ……! クルミ、センセエと一緒に行きたい!」


「なんだって!」


 俺は大変驚いた。


「ゼロ族は一族で暮らすものじゃなかったのかい」


「例外がありますのじゃ」


 長老が告げる。

 俺にとって衝撃的な事実、そしてやっちまった案件を。


「年頃の娘は、己の尻尾に触れ、そして男気を見せた男のもとに嫁ぐために集落を出ますのじゃ」


「センセエ、よろしくお願いします!」


「アッー」


 俺の脳裏を先日のバジリスク戦が駆け巡る。

 クルミをバジリスクの毒や視線から守るために、ブランのモフモフに押し付けたまではいい。


 その時バッチリと触った。クルミのモッフモフの尻尾を。

 あんなの、どうやったって触るじゃん!!


 やっちまったーっ!!


「まあまあ、しかし事故ということもある。じゃからして、娘はその男の後をついて回り、男の人となりを見極めるのじゃ」


「あ、猶予期間がある?」


「ありますのじゃ」


 にっこり微笑む長老。

 どうやらよくある事らしいな。

 しかし、ゼロ族の風習恐るべし。


「いいですかセンセエ」


「ああ、構わないよ。ちなみに尻尾を触ったのは不可抗力だからね? いや、別にクルミが魅力的じゃないとかそういう意味では全く無くて、そもそも俺はパーティを追放されて生き方探しをしているところでして、まだそっち方面に考えを割く余裕がないというか、なんというか……」


「ふむふむ! クルミはぜんぜん気にしてないですよ! センセエはむつかしいこと考えてるんですねえ!」


 クルミに感心されてしまった。


『わおん』


 そんな彼女の目の前に、ブランが尻尾を垂らす。

 埒が明かないから、さっさと乗れ、と言っている。


 ブランが認めたなら仕方ないな。


「よし分かった。一緒に行こう、クルミ。俺とブランとクルミでパーティだ!」


「はいです、センセエ!」


 クルミはブランの尻尾に足を引っ掛けると、素晴らしい身軽さで俺の後ろまで飛び乗ってきた。


「じゃあ、そういうわけでクルミをお預かりします」


「お達者でー」


「クルミ元気でなー!」


「たまには帰ってこいよー!」


 わいわいと、盛大なお見送りになってしまった。


 なんだろうなこれは!

 

 風を切って走るブラン。

 マーナガルムの健脚は、馬よりも速い。

 しかも疲れ知らずだ。


「センセエ!」


 風の音に負けないように、クルミが叫んだ。


「なんだい!」


「これから、どこに行くですか!?」


「そうだなあ!」


 俺も負けじと叫びながら、考えた。

 どこに行くかなんて考えてもいなかったけど……一回、街に戻るのもいいな。


「街に行こう! 人間の街! ブラン、頼むぞ!」


『わおーん!!』


 ブランが進路を定める。

 向かうは、俺がSランクパーティ時に拠点としていた街。


 冒険の都、アドポリス。


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