第103話 彼の名はジーン その5
ずらり並んだゴーレムは、その数およそ十体ほど。
大きさはどれもが、以前手合わせしたミノタウロスくらい。
懐から取り出した石が変化していたようだから、素材のサイズとゴーレムのサイズには関係性があるのかもしれないな。
「クルミ、風を!」
「はいです!」
俺はこの日のために、こっそりと作っていた仕掛けを展開する。
と言っても、マントの裾を結んで帆のようにしただけだ。
これをリュックの一部に結びつけたまま取り出し、その一部を両手で掴んで広げる。
「とやー!! 風よふけー!」
クルミが全力で、猛烈な風を起こした。
俺は飛び上がり、これに乗る。
ふわりと舞い上がると、あっという間にゴーレム達の頭の上だ。
ここからざっと、ゴーレムの構造を眺める。
魔力を取り入れる場所。
開拓記では、ゴーレムは離れた遺跡から魔力を取り込み送り込まれていたという。
実際には、ビブリオス男爵が戦ったというゴーレムも、体のどこかに魔力を吸い込む印があったのだろう。
「だとすると、ここか!」
男爵領目掛けて進軍を始めたゴーレム軍団。
その一体の上に降り立った俺。
「な、何をしている貴様ー!」
ナオ夫人をさらいに来た不良賢者が何か言っている。
「あんた達は知らないかもしれないが、ゴーレムはこうすると決定的な弱点があるんだそうだ。ええと、開拓記によると、ここか?」
俺が発見したのは、ゴーレムの肩から背中に掛けて描かれた紋様。
崩してはあるが、これは魔法文字だ。
よく目を凝らすと、これが光っているのが分かる。
つまり……。
取り出した魔法のショートソードで、文字の一部を削り取る。
すると、ゴーレムがピタリと動きを止めた。
すぐにそいつは、全身の結合が崩れ、幾つもの石塊になって転がっていった。
「ば、バカな! わしのゴーレムがー!」
不良賢者の言うことなどに構ってはいられない。
「カイル! 文字を削れ!」
「文字? うっす! なんかそれっぽいの削ってみます!」
コルセスカを振り回しながらゴーレムと渡り合っていた、我らが前衛カイル。
すぐさま俺の言葉に対応し、ゴーレムの後ろを取った。
「あ、これか? おりゃあ!」
コルセスカの穂先が、文字に突き刺さりえぐり取る。
それだけで、ゴーレムは崩れ落ちていくことになる。
なるほど、このサイズなら対処は簡単だぞ。
なんで不良賢者たちは、こんな分かりやすい小型サイズを用意してしまったんだ。
「な、なぜだー!!」
「どうしてわしのゴーレムまでも一撃でー! あ、あの槍はゴーレムを殺すマジックアイテムなのか!」
……あ、これ、何も理解してないのだ。
この賢者達は、自分が使役しているゴーレムという存在が、どういう仕組で動いているのかとか、その構造とかに全く興味が無いのだ。
専門分野の違いはあるだろうが、よく知りもしないのに、よくぞドヤ顔で使役できるもんだ。
『わふん?』
「ああ、ブランなら小細工いらないだろ。ぶちかましてくれ!」
『わおーん!』
モフモフのブランが、真っ向からゴーレムを粉砕する。
「な、なんだあの犬はー!!」
ブランは仕方ないね。
あれは災害みたいなものだ。
『ご主人、なんか忍び込もうとしてる奴らがいるにゃ』
「別働隊か! 雇われてたんだな。よし、ドレ、任せた。好きにしていいぞ」
『面倒だにゃあ』
「ミルクを好きなだけ飲ませる」
『おやおや、己の力を発揮する機会がやって来てしまったにゃあ』
やる気になったドレが、肉食獣モードに変身する。
俺の目には見えないが、彼には不可視の状態になった侵入者が分かるらしい。
『宇宙を渡る上で、光学情報だけに頼るのはナンセンスなんだにゃあ。ほら、そこ空間が明らかにひずんでるにゃ』
触手が伸びて、なにもないところをペチッと叩いた。
「ウグワーッ!」
そこから転げ出る、周囲の風景を映す衣の男。
「ば、バカな! 最新魔法装備の光学迷彩が……」
『己には光学的目眩ましは通用しないにゃ。今度は時間でも止めて移動するにゃ。なお、己は時間が停止しても動けるにゃ。それー』
ペチッとまた空間が引っ叩かれる。
「ウグワーッ!」
次々に、男爵領へ侵入しようとしていた連中が転げ出てくる。
なるほど、どうやらこの賢者達、本気でナオ夫人をさらうつもりだったようだ。
子どもが生まれるホムンクルスというのは、そんなに珍しいものなのか。
「お、お前ーっ! 一介の冒険者には分かるまいが、人と同じようになったホムンクルスは貴重な研究資料なんだぞ!!」
「そうだそうだ! この研究成果があれば、高く売れるんじゃ!! わしらの地位だってこれで安泰……!」
「研究だけ弟子にやらせて、わしらは面白おかしく遊ぶ……!」
「あんたら本当にダメだな!?」
俺はびっくりした。
大変腐敗しきった賢者らしい。
研究のために倫理観が薄いとかそういう次元ではなく、そもそもこいつらは研究にそこまで興味がない。
あくまで楽に暮らすための処世術としてしか扱ってなかったのだろう。
開拓記を読破した俺なら分かる。
こいつらは、ビブリオス男爵と比べたら、ただの偽賢者に過ぎない。
「アリサ! 彼らが逃げないように捕縛を!」
「もうしてますわよー!」
アリサの声がした。
賢者達の背後である。
いつの間にか回り込んでいたのだ。
「コールコマンド! 神の手を貸し与え給え! 光のロープをこの地にて!」
アリサの詠唱を聞いて、賢者達が薄ら笑いを浮かべた。
「わはは! 神聖魔法に対する防御は完璧じゃ! これが精霊魔法と同じ仕組みだということは分かっているから、属性破却の護符を装備しているからわしには効かんぞっ……ウグワーッ!?」
光るロープでグルグル巻きになって、賢者の一人がぶっ倒れた。
「ば、バカな!? 神聖魔法は通じないはずウグワーッ!!」
「護符が通用しないだと!? 高い金を払ったというのにウグワーッ!!」
「ま、まさかお前、精霊神の神官ではないのかウグワーッ!」
あっという間に、全ての賢者達が地面に転がった。
同時に、最期のゴーレムの魔法文字を削り取った俺とカイル。
ゴーレムの軍団は全て、ただの石ころになった。
「ああ、そうでしたわね。セントロー王国での信仰は、精霊王や精霊女王を神として崇めるものなのですわ。ラグナ新教の神は外から降臨された新たなる神。仕組みが違うのですわよ?」
得意げにアリサは言った。
「それで、おわりなのです?」
クルミが辺りを見回している。
そう、これで終わり。
ビブリオス男爵領の平和は守られたのだ。
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