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第104話 こんにちは赤ちゃん その1
「大したものだ……! ワイルドエルフの皆が駆けつけてくれる前に片付けてしまった」
後ろで俺達の活躍を見ていたビブリオス男爵が驚いている。
「現役の冒険者ですからね」
俺が応じると、彼は不思議そうな顔をした。
「はて。開拓地で働いてくれている元冒険者は、もっと穏やかな感じだったが」
すると、ガッチリした体格の農夫らしき男性がやって来て、男爵に告げた。
「ジーンさん、俺らは平均的冒険者だったんですよ。彼らはトップクラスの冒険者です。次元が違いますって」
元冒険者というのはあの男性か。
後で話を聞くと、隣の男爵に嫁入りした元執政官も、その冒険者の一人だったようだ。
「やるな。人間としてここまでできる奴は見たことがないな」
ワイルドエルフのトーガが俺達の働きを認めている。
いや、ちょっと警戒している?
「大丈夫。俺達に敵意はない。安心してくれていい」
「自分でそういうことを言う奴が信用できるか! いや、お前の性格は何となく分かる。ジーンと同類だろう。だが、あいつの性格に戦士としての極めて高い技量を併せ持つなんて危険極まりない」
「すっかり警戒されている」
どうしたものだろう。
『わふわふ』
ここでブランが前に出てきて、トーガと話を始めた。
どうやらマーナガルムは精霊の言葉が使えるらしく、ワイルドエルフの警戒がすぐに解ける……あれ? もっと険しい表情になってないか?
「俺としたことが……。マルコシアスを凌駕するような化け物に気づかずに、開拓地へ案内してしまったのか……! なんということだ……」
悩みだした。
すると横から、トーガにどこか似ている女エルフが走ってきて、彼を引っ張って去っていった。
「また兄さんは変なことで悩んでる! どうもー! お邪魔しましたー!」
「行ってしまった」
『わふ』
「トーガは基本的に他人を疑うからな。彼はああして開拓地を守ってくれているのだ。悪く思わないでくれ」
「いえいえ。こちらこそ警戒させてしまって」
「ところでそこの白くて大きい犬は、見た目通りの動物ではなく高位のモンスターなのでは? ちょっと調べさせてもらっても……」
『わふ!?』
目を輝かせたビブリオス男爵に、ブランが飛び上がった。
警戒している……。
アリサに対するときと一緒のパターンだな。
だが、幸いというべきか、男爵がブランを調べることはできなかった。
屋敷の方からアスタキシア執政官が走ってきたからだ。
「男爵、大変ですわーっ!! さっきのドタバタで、ナオがびっくりして産気づきましたわよ!!」
「なんだって!!」
なんだって!?
これは大変だ!
ビブリオス男爵の子どもが誕生しようとしているらしい。
俺達は慌てて屋敷へと向かった。
「ふむ。私はもともと生物学を研究する賢者だ。亜人の女性の出産を介助したことも多々あってね。私が取り上げよう」
「父親が産婆役をやるとか前代未聞ですわ……!!」
「男爵何気に多芸ですね」
「ああ。フィールドワークのためには一人何役もできなくてはな。よし、湯を沸かしてくれ! 我が子を取り上げるぞ」
男爵は颯爽と、屋敷の中へ飛び込んでいった。
なんであの人は冷静なんだろうな。
いや、開拓記に書いてある事が本当ならば、自分の実力に自信というか、この介助を成功させる確信があるからかも知れない。
「オースさんとは別の意味で豪快な人っすねえ」
「変人ですわね……。いい意味でも悪い意味でも」
「センセエに似てたですねえ! あとあと、赤ちゃんうまれるですか? ぶじにうまれてほしいですー」
クルミが祈るような仕草をした。
ゼロ族である彼女が信仰するのは、風の精霊王ゼフィロスだ。
この世界、ゼフィロシアの名の元ともなった偉大なる存在で、ラグナ新教やザクサーン教、エルド教が広まっていない地域では概ねゼフィロスが信仰されている。
あるいは、大地母神として精霊女王レイアが信仰されるところもある。
水に深く関係した地域では、水の精霊王オケアノス。
火山地帯や火山島では火の精霊王アータル。
どこか別の、遠く離れたところでは雷の精霊王とか森の精霊王とか虹の精霊女王とかもいるらしいが……。
これは俺が読んできた文献では、少ししか記述がなかった。
詳しい人にいつか話を聞いてみたいな。
「ねえねえセンセエ!」
物思いにふけっていたら、クルミが袖を引っ張ってきた。
「なんだい?」
「センセエは、クルミがセンセエの赤ちゃんをうむとき、とりあげてくれるです?」
「えっ」
いきなり凄いことを言われて俺はびっくりした。
頭が真っ白になる。
「俺は冷静でいる自信はないなあ……。多分生まれる近くで必死で祈ってるんじゃないかな……」
「むふー! センセエはそしたら、クルミをとっても心配してくれるですね? むふふ」
「いやあ、男親って普通そういうもんでしょ。男爵がおかしい」
「オースさん、完全にクルミとくっつく前提で話が進んでるっすよ」
「ハッ」
カイルに突っ込まれて我に返った。
なんてことだ。
ごく当たり前みたいにクルミと一緒になることが前提になっていたではないか。
「そもそもオースさん、断る理由が何かありますの?」
アリサの突っ込みが、俺の痛いところを突く。
無い。
全く無いのだ。
「だけど、子どもができてしまったらそこで冒険は終了じゃないか……?」
「そうでした!」
クルミもハッとする。
「えっと、クルミがいま十歳だから、うーんと、あと二年くらいは旅をしていいですねー」
「タイムリミットが設けられた!!」
これはなかなか短いタイムリミットだぞ。
いや、ゼロ族の寿命を考えると妥当だとも思うが。
俺が人生の計画を、順調にクルミによって定められていっていたその時。
屋敷の中から、元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたのである。
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