第102話 彼の名はジーン その4

 ビブリオス男爵から、彼の著書、追放賢者ジーンの知識チート開拓記を借りた。

 これをワクワクしながら読み込む俺なのだ。


 娯楽書というのは、大変高尚なものなのだ。

 なにせ、実用的では無いものなので、余裕がある人間しか読まない。

 何よりも本は高価だ。


 ラグナ新教の聖典であれば、魔法によって複写されたものが多く存在しているが、それにしたって冒険者の一回分の仕事の稼ぎではとても買えない。


「そんな貴重な本が今、俺の手に……。娯楽書、久しぶりに読むなあ……」


 しみじみと考えながら、日が高いうちに木陰に移動して読書を始めるのだ。

 今回はクルミも一緒に読みたいということだったので、俺は文章を音読することになる。


 二人で並んで、お茶など飲みながら読んだ。


 ビブリオス男爵の生まれから、賢者の塔を追放されるまで。

 そしてそこで将来の伴侶となる、ホムンクルスの賢者ナオを伴い、この土地へとやって来たこと。

 ワイルドエルフとの出会いと交流。


 ただの自伝かと思いきや、満載されているうんちく。

 こ、これは、並の学術書顔負けの情報量が詰め込まれたとんでもない本じゃないか。


 お宝だあ!

 俺は鼻息を荒くして興奮した。


 クルミはと言うと、ビブリオス男爵ジーンとナオ夫人が一緒にいる下りが特に好きらしくて、何回か読み返すことになった。

 俺はもっとうんちくを何回も読みたいのだが。


「はあー、すてきですねえー。でも、クルミとセンセエの出会いだってドラマチックだったですよ!」


「えっ、そうだったかな。……そうかもしれない」


「悪いモンスターから村をたすけてもらって、クルミはピーンときたのです! このひとはすごいから、おむこさんにしないといけないって!」


「ははあ、俺はそこでロックオンされていた」


 あの時はゼロ族流のジョークだとばかり思っていたなあ。

 だが、尻尾を触ってしまったので、しきたり的に責任を取らねばならないのではと戦々恐々としていた。


「じつは、しっぽは別にさわられてもいいですよ」


「な、なんだってー!?」


 今明かされる衝撃の事実。


「ゼロ族のむすめは、いいなーっておもうおとこのひとがピーンと分かるです! みためとかじゃなくて、からだのなかの、精霊? の力が合う人がいいですよ。クルミはセンセエだったです! いいなーっていう精霊? のにおいがしたので、外に出てきたら、おっきな犬にのった人がやってきたですよー」


「そうだったのか……。それはそれで運命的な出会いかもしれない……」


 クルミが俺をひたすら狙う理由が分かったのだった。

 あれっ。

 つまりそれはもう、確信的にクルミは俺を落とそうとしているということでは。


 今までのことを振り返る。

 むむっ。

 全部直接的なアプローチだったな。


 ゼロ族にからめ手という概念は無いようだ。


「それともセンセエ、おくさんにしたい人がいるです? いてもクルミはあきらめないです!」


「恐ろしい! いや、いないけどさ」


 ちなみに、ゼロ族が登場する伝承において、恋を歌った物語の幾つかは、妻がいる男性にゼロ族が恋をして、それを奪い取ったり、あるいは悲劇的な結末になったりするものである。

 あれはゼロ族の習性に則っていたんだなあ。


 俺はある意味フリーで幸せだったと言うか、逃げられなくなったと言うか。


「うーん……腹をくくるか……。考えてみれば、逃げ続ける理由は特になかった。今度、うちの家に紹介するからセントロー王国の旅の後は俺の実家に行こう」


「はいです!」


 ビブリオス男爵の自伝から、そんな話になってしまったのだった。

 それでも、この開拓記が面白いことに違いはない。

 俺が知らない知識が満載で、さすがは貴族にして現役賢者が書いた物語である。


 俺は多くの知見を手に入れた。

 特に第一章のこれだな。

 ゴーレムの性質だ。


 ゴーレムは外から魔力を取り入れて動いている。

 だから、魔力を吸い込む紋章や穴が必ずあるんだそうだ。


 これを潰せば、魔力を蓄積するということが根本的にできないゴーレムは停止するか、崩壊する。


「いいなあ。これは試してみたい。だが、そんな試せるような状況がすぐにやって来るわけが」


 俺は遠い目をした。

 だが、人間、望めば望んだものを引き寄せたりできるもののようだ。


「賢者ジーン!! お前に奪われた賢者の塔の財産を取り戻しに来たぞ!!」


 男爵領の外側から、そんな大声が響き渡ったのである。

 なんだなんだ。


 俺とクルミが木陰から飛び出すと、ブランにまたがったアリサもまたやって来るところだった。


「なんですの!?」


『わふ』


『助かった』


 ブランの後ろには悪魔マルコシアスが続いており、毛並みがブラッシングされてすっかりふわふわのツヤツヤになっていた。

 とても疲れた顔をしている。

 アリサにめちゃめちゃに可愛がられたな。


「ああ、男爵には敵が多いんですの。そのうちの一派が、賢者の塔の保守派ですわ」


 やって来た執政官アスタキシアが説明してくれる。なぜか後ろに、カイルがついてきていた。手伝いをしていたらしいが、本当にアスタキシアを気に入ったんだな。

 なるほど、執政官が言う話は、先程読んでいた開拓記にも出てきたな。


 男爵が賢者の塔を追放される時、彼の研究成果を根こそぎ奪っていった連中だろう。

 そして彼らが、賢者の塔の財産と呼ぶものは……。

 なんとなく想像がつく。


「諸君はしつこいな。財産などない」


 ビブリオス男爵もやって来た。

 これに対して激高するのは、大型の馬車から出てきた何人もの男たちである。


「何を言う! 悪しき改革者め!」


「王国はお前のせいで賢者の塔に改革を迫っているのだ!」


「結果が出ない研究をダラダラやりながら研究費をせびれなくなる!!」


「かくなる上は、お前が賢者の塔から盗んだホムンクルスを返してもらうぞ!」


「人と子どもを作ったホムンクルスなど前代未聞! いい金になる!」


 ホムンクルスというのは、ナオ夫人のことだろう。

 つまり、この男たち……賢者連中は、ナオ夫人をモノ扱いしていることになる。


「諸君、その言葉を撤回したまえ!」


 男爵の語気も激しくなる。


「するか! 力づくでやるまでよ! ゴーレム!! お前に命を与える!!」


 賢者達が叫んだ。

 すると、彼らの懐から次々と石や土の塊が飛び出し……。

 ゴーレムになって立ち上がっていくではないか。


「実力行使で奪っていってくれる!」


「我らには時間がないのだ!」


 なんと身勝手な連中だろう。

 ビブリオス男爵領の人々は怒っている。

 だが、この優しい人達の手を汚させるのは忍びない。


「男爵。俺達モフライダーズにお任せください」


「オース、君がやってくれるのか」


「もちろん。モンスター退治は俺達の得意な仕事ですから。さあみんな、仕事だぞ!」


「はいです!」


「任せてくれっす!」


「やりますわよ!」


『わふーん!』


『精神攻撃効かなそうだにゃあ』


『ちゅっちゅ!』


 ということで。

 開拓記で手に入れた、ゴーレムの弱点知識を試す時がやって来た。

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