第19話 陰謀とコカトリス その4

 本日の天気、曇天どんてんなり。


「やばいぜ。この天気じゃ……」


「コカトリスは光が嫌いなんだろ? それじゃあ、この天気はコカトリスがやりやすいんじゃないのか?」


「こんな状況で一体どうやるってんだ」


 冒険者やドワーフ達の声を背にしながら、俺はコカトリスが出るという凸凹の岩地を見回す。

 隠れるところなんかほとんど無い、そんな場所だ。


「センセエ! あそこ!」


 すぐにコカトリスは見つかった。

 大きな影が、ゆらりゆらりと揺れている。


『コケエエエエエエエエッ!!』


 そいつは俺達を認めると、甲高い鳴き声を上げた。

 一瞬の躊躇ちゅうちょもなく、すぐさま戦闘態勢に入った。


 慣れない外の世界にいるから、常に気が立っているんだろう。

 岩を蹴り砕きながら、鳥型モンスターコカトリスは俺達に向かって突き進んできた。


 その大きさは、子牛程もあろうか。

 一見すると、紫と茶色、まだらの大きな鶏だ。

 だが、尾羽根の代わりに長いトカゲの尻尾が付いていた。


「わわっ、来たよセンセエ!」


「よし、クルミ。まずはスリングを使ってみようか。教えた通り、投げつけるんだ」


「はいです!」


 クルミがスリングに石を入れ、くるくる振り回し始める。

 これには、冒険者達から失笑が漏れた。


「おいおい、スリングなんて初歩的な武器であんなモンスターと戦うのかよ」


「クロスボウだってまともに当たらないんだぞ」


 俺は彼らに目線だけくれてやる。


「構造が複雑なことが強い武器の条件ってわけじゃない。スリングにはその先があまり無いんだよね。これはつまり、スリングが既に完成されているという意味でもある」


「ていっ!」


 クルミがスリングを解放した。

 放たれた石が、コカトリスめがけて飛んでいく。

 これを、コカトリスは素早くステップしてかわした。


 あの速度で走りながら、方向を変えられるのか。

 これはなかなか厄介なモンスターだな。


 その後、俺もクルミと並んでスリングで石を投げてみる。

 俺の攻撃はギリギリで当たりそうになるが、それでもこれを回避するコカトリス。


 目がいい。

 それに、石を二人で同時に投げても、飛んでくる音を聞いて避けているな。


 目と耳だ。

 それをフル活用して、あの強力な脚でもって攻撃を回避。接近してから石化のくちばしで相手を突く。


 とてもわかり易い。

 シンプルで強い。


「ああ、もう時間がない!」


「どうするんだよオース! なんで連れてきたモンスター使わないんだよ!」


 ブランはいつもの、ニコニコしたような顔で俺達を見ている。

 彼を使えば、コカトリス退治は簡単かも知れない。


 だが、それでは他の冒険者達が、こういうパターンのコカトリスに会った時に対抗できないじゃないか。

 俺は彼らに、戦い方を見せるつもりなのだ。


「クルミ、大体コカトリスの避け方は分かった?」


「はいです! ギリギリまでひきつけてからよけるです!」


「よし、じゃあ閃光弾を同じ投げ方で」


「はいです!」


「投げた瞬間、薄目になってね。後ろで見ているみんなも、薄目!!」


「はいです! うおおー、とりゃー!」


 クルミは閃光弾をスリングで投げつける。

 これはショックを与えることで、強烈な閃光を辺りに撒き散らすのだ。


 案の定、飛んできた閃光弾をコカトリスはギリギリで回避した。

 完全に読みきった、とでも言いたげな顔だ。

 こちらを舐めているな?


 だが。

 避けられた閃光弾は地面に着弾し、猛烈な光を放った。


『コケッ!?』


 俺とクルミは寸前で薄目になっていたから、なんとかなった。

 冒険者達も、目を細めていたお陰で助かったようだ。


 それでも強烈な光に、涙が出る。

 これをまともに浴びたコカトリスはどうなっているだろうか?


 言わずとも知れている。

 視覚を失い、コカトリスは『コケケーッ! ケキャッ! ケーッ!!』なんて叫びながら、でたらめな方向に走り出した。


 視覚と聴覚に頼り切っていたところを、突然その一つを奪われる。

 これで、モンスターは混乱のさなかだろう。


 それでもあそこに近寄るのは危険だ。 

 石化の嘴が無くなったわけでは無いからな。

 さらに、無軌道に走られては攻撃を当てるのも一苦労。


 ここは、当てやすい動きをするように誘導するのだ。


「コカトリス! こっちだ! こっちにいるぞ!!」


『コケエッ!!』


 俺が発した叫びに、コカトリスは反応した。

 音がする方向を正確に理解できるようだ。


 コカトリスの動きから乱れが消え、俺とクルミめがけて一直線に走ってくる。

 そう、一直線にだ。


「クルミ!」


「はいです!!」


 彼女は、振り回していたスリングを解放した。

 飛翔する石は、真正面に突っ込んできたコカトリスに命中する。


『ゴゲッ!!』


 石の速度と、自分の速度。

 それを合せた威力が、コカトリスの頭に叩き込まれた訳だ。


 濁った悲鳴を上げながら、コカトリスはつんのめった。

 そのまま、速度を殺しきれずに岩肌を削りながら転倒する。


「クルミ、ここからは近接戦。と言っても、戦いになる前に終わらせるのが肝だよ」


 俺は短剣を抜き放ち、その背に布をあてがった。

 倒れたコカトリスに素早く駆け寄ると、やつが動き出す前に、その首に刃を当てる。


 剣の背はやっぱり刃だから、そこに布を当てた。

 布の上へと足を強く振り下ろす。


『ゲギョッ』


 それがコカトリスの最後の声だった。

 ざくりとした感触を足に感じると、既に短剣はコカトリスの首をほぼ切断している。


「踏む力は、手で振る力よりも強い。振り下ろせばそうじゃなけれど、岩場に倒れた相手に向かって武器を振り下ろすのは難しいだろ? だが、切りたい場所に当てた剣を踏みつければ、こうして素早く刃を通す事ができるんだ」


「なるほどー!!」


「な、なるほどぉ……!」


 クルミが元気よく。

 冒険者達はあっけに取られて返事をしたのだった。


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