第72話 モフモフスリー その5
俺達が突入したところは、大教会に反抗的な貴族の屋敷だった。
証拠を掴み、アリサの神聖魔法で外に待機している僧兵に伝える。
すると、僧兵の集団が屋敷に押し入ってきた。
地上が、わあわあと騒がしくなる。
「これはお任せしておいていいみたいだね。俺達は退散するとしよう」
再び、下水道を通っての帰還だ。
真っ白なワニが俺達の横をスイーっと泳いでいく。
「またねです、ワニー!」
クルミが声を掛けると、ワニはそれをちらっと見て、尻尾でぱちーんと水面を叩いたのだった。
また会う機会があるかなあ。
下水道の外に出て、まず向かうのは宿屋だ。
服をまるごと洗濯に出し、徹底的に消毒してもらう。
臭いは消しても、不潔な下水道で何がついているか分かったものでは無いからだ。
別の服に着替えてようやく人心地がつく。
「さて……君は一体何者かな」
『ちゅちゅー?』
ピンクの羽つきハムスター、ローズが首を傾げて俺を見上げてくる。
「かっ、かわいっ」
アリサが鼻血を吹きそうだ。
「さわったらダメですよアリサ! センセエ。ローズのことばはわかんないですか?」
「そうだねえ。俺もこの子の言葉を聞こうとしてるんだけど、まだ赤ちゃんみたいなんだ。言葉が喋れないんだね」
『己の猫心を揺さぶるフォルムにゃ。ちょっと遊んでいいにゃ?』
「だめだって」
ここは酒場。
ローズが乗せられたテーブルの上に、乗り出そうとするドレをカイルが抑えた。
「むしろ、わたくしめのロッキーの方がいいかも知れませんな。ロッキー、出番ですぞ」
『ピョイー』
ファルクスの懐から、小鳥のロッキーが飛び出してきた。
『ちゅっ?』
『ピョ』
『ちゅちゅちゅちゅ』
『ピョピョピョピョ』
小さいのが二匹で、何かお喋りしている。
ロッキーは話してるな。
ローズのこととか、使える能力を聞いている風だ。頭のいい小鳥だなあ。
対してローズだが……。
『ちゅ?』
何言ってるの? くらいのニュアンスだな。
ウン、全く伝わってない。
『ピョイー』
おお、ロッキーが、お手上げですわって感じでこっちを見た。
「ありがとうロッキー。この子はまだほんの子どもなんだろうね。能力はおいおい調べていこう。翼に額の宝石に、明らかにただのキメラじゃないからね」
俺はポケットから、草を固めたタブレット状のものを取り出してローズにあげた。
『ちゅちゅっ』
それを受け取ると、猛烈な勢いでかじり始めるローズ。
そして、ハッとして周囲を見回した。
『にゃ』
『ちゅーっ!』
文字通り飛び上がるローズ。
そのまま、なんと翼をパタパタと羽ばたかせ、俺のところまで飛んできた。
膝の上に着地すると、ふう、と一息。
落ち着いてタブレットをかじりはじめ……るかと思ったら、むぐっと頬袋に詰め込んだ。
『ちゅーい』
「もっとくれって言うのかい? これは貴族のペット用の特別な飼料だから、結構するんだぞ」
ここに来るまでの間に買っておいた、ハムスター用の餌なのだ。
幾つかをローズに手渡すと、彼は次々に頬袋に入れていった。
「わーっ、ほっぺがぷくぷくになってるですよ!」
クルミがびっくりして思わず、ローズの頬袋をつつく。
『ちゅーっ』
おっ、ローズが短い手を振り回して抵抗している。
僕のご飯にさわらないでー、みたいな感じだな。
『まだ明らかに子どもにゃ。だけど飛べることが判明したにゃ。あからさまに見える身体器官に無意味なものは無いにゃ。額の宝石も何か意味があるはずにゃ』
ハムスターで遊びたい猫と見せかけて、ドレはなかなか冷静だな。
ちなみに現在、ブランは馬小屋だ。
あの大きさでは酒場に入れなかったからね。
馬小屋で、彼専用の生肉をもりもり食べている頃だろう。
『ま、焦らずに見守るにゃ。こいつの居場所はご主人のところしかないにゃ』
「そうだね。俺も別に、何かの役に立つとか打算でこの子をテイムしたわけじゃないし」
頬袋を膨らませて、じーっと俺を見上げるローズ。
俺が手を差し出すと、その上を駆け上がってきた。
すぐに肩の上まで到達して、そこにちょこんと腰掛ける。
『ちゅっ』
これで人心地がついたとでも言いたげに、ローズはため息。
そして頬袋からタブレットを取り出すと、カリカリかじり始めた。
俺の肩が君の安心できる場所というわけか。
まったりしているローズを見ると、そこまで焦って彼の能力を調べなくていいかと思えてくる。
「まあ、ゆっくり行こうじゃないか」
そう呟いたときだった。
いきなり、ローズの能力を垣間見る瞬間がやって来たのだ。
「きゃっ」
そう声がして、ウエイトレスの女の子が何かに躓いた。
床板がそこだけ剥げかかっていたのかも知れない。
運が悪いのは、彼女が手にしていたのは波々とエールが注がれたジョッキが8つ。
転んでいく彼女の先には、スキンヘッドの冒険者。
彼は目を見開いて、迫ってくるエールを見ていた。
「う、うわーっ」
その時である。
『ちゅちゅーい!』
ローズの額の宝石が光り輝いた。
発生したのは、夢のような光景。
転びかけていたウエイトレスの体が、転ぶ前まで巻き戻る。
そして、危なげなく剥がれかかった床を乗り越え、一歩。
「あれ? 私、転びそうだったはずじゃ……」
「お、俺もなんかエールが頭からぶっかけられそうだった気がしたんだけど」
スキンヘッドの冒険者もきょとんとしている。
何が起こったんだ?
「なんか、くるくるって、ころんだのが元にもどったですねえ」
クルミの言葉で、ピンと来る。
「巻き戻し? いや、起きた不幸なことをなかったことにする……幸運を与える、みたいなものか? それが君の能力なんだね、ローズ」
『ちゅい』
ローズは意味もわからず、首を傾げる。
「ふーむ」
ファルクスが唸りながら、リュートをポロンと鳴らす。
「幸運を与えるネズミ。過去にそれが出現した記録がありますな」
「知ってるのかい、ファルクス」
「あくまで物語ですがな。幸運を司る竜カーバンクル。竜の脳の中に生まれるという、特別な石を持った存在といわれてますな。もしローズがカーバンクルなら、一見してハムスターみたいに見えてますが、その子は竜の……しかも、本物の方の竜の眷属でしょうな」
竜!?
伝説の魔獣マーナガルムに、宇宙から来た猫クァールに加えて、竜の子カーバンクル!?
俺がテイムするモンスターは一体どうなってるんだ。
「あら? でも竜だったらそのタブレットじゃなくても大丈夫なのではありませんこと?」
「なんでも食べそうです! ローズー。クルミのおやつのナッツ食べるですか?」
『ちゅちゅーい!』
『ローズばかりに贔屓したらダメにゃ。己にもミルクをジョッキで持ってくるにゃ!!』
……まあいいか。
なんとかなるだろう。
わいわいと騒ぎ始めたパーティの仲間達を見て、俺は考えるのをやめるのだった。
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