第71話 モフモフスリー その4

 何匹かの中型キメラがいたが、これはサクサクと倒して突き進んだ。

 本当にキメラを養殖しているんだなあと理解して、驚く。


 これは神都ラグナスを揺るがす、陰謀の香りだ。

 

『わんわふふん』


「ブランが先に行って露払いしてくれるって? いいの?」


『わふん』


 めんどくさいでしょ、ってよく分かってらっしゃる。

 ここは彼にお任せすることにした。


 しばらくすると、奥からキメラの断末魔が幾つかと、「ウグワーッ!」という人間の叫びが聞こえてきた。


『わふ』


 白いしっぽがぶんぶん振られて、俺達に安全を告げてくる。


「ブランはえらいですねえー」


 トテトテと駆け寄ったクルミが、ブランをなでなでした。

 そしてすぐに、


「あっ、たいへーん!!」


 クルミの叫び声が聞こえる。

 なんだろう。

 俺は大急ぎでそこに向かった。


 ブランがいるから、何があっても大丈夫だとは思うが……。

 そしてそこで出会ったのは、別の意味で大変なものだった。


 おそらくは貴族の邸宅の地下なのであろう、広大な空間。

 そこらじゅうに、キメラや人間が倒れている。

 みんなブランの肉球で殴られた後のようだ。


 すっかり静かになった空間の中央。

 見覚えのある装置が、ぶんぶんと唸りを上げていた。

 周囲には、動物達が入れられた檻が幾つも。


 その多くは空になっている。

 みんなキメラにされてしまったのだろう。

 だとすると、徒に殺すのは気が引ける。だけど人に迷惑を掛けるようならば……。


「センセエ! センセエ!」


 クルミが俺の手を引っ張る。


「どうしたんだい、クルミ」


「大変です! この子がでてきたですよ!」


 そう言って彼女は、部屋の中心にある装置を指差すのだ。


 装置の下には、排出口があり、そこからキメラが生まれてくるようなのだが……。


「……このピンク色のものは?」


 ピンク色の小さいものがそこにいて、俺達を見上げて威嚇してくるのだ。


『ちゅーっ!!』


 ネズミ?

 いや、羽が生えている。

 それに、額には宝石のようなものが埋まっている。


 こんなキメラは見たことがない。


『偶然生まれてしまったものに違いないにゃ』


 アリサに抱っこされたドレがやって来てそう言う。

 下水は己の足で絶対歩かないと誓う猫なのだ。


「なんだいこいつ。ちっこいネズミじゃんか。何を使ったらこんなキメラが生まれるってんだ?」


「まあああああ! このおちびちゃん、ピンクでふわふわのモフモフですわーっ!」


『ちゅちゅーっ!?』


 おっと、いきなり人が増えたのでピンクネズミがビックリした。

 おろおろして、チョロチョロっと部屋の隅に向かって逃げていく。


 ネズミだなあ。

 いや、普通のネズミともまた違う感じだ。


「オース殿、あのモンスターはテイムできるのではないですかな? どうも、危険性は薄い様子」


「だけどキメラだからね。本来なら、大教会側に判断を委ねるのがいいと思うんだけど」


「センセエ! かわいそうです! 助けてあげるです!」


「そうですわ! お師様はわたくしが命をかけて説得しますから! 手のひらサイズのモフモフを何とぞ!」


 クルミとアリサに懇願されてしまった。


「俺もいいと思うっすよ。オースさん、たまにはこう、人畜無害そうなモンスターをテイムしてくれても……」


「わたくしめは目の前でテイムの光景が見られるなら、大歓迎ですぞ!」


『わふん』


『多分そいつ、キメラじゃないにゃ。実験繰り返してどこかの世界と繋がって現れたナニカにゃ』


「むむむっ。俺としても、保護はしたい。よし、ではモフライダーズの総意として、あのネズミを保護しよう」


「やったー!」


「やりましたわー!」


 クルミとアリサが、ドレをサンドして抱き合って喜ぶ。


『むぎゅー!!』


 ドレが挟まれて呻いてるな。


 さて、俺はネズミに向かってゆっくり歩く。


「オース殿。あのネズミ……もしや、王侯貴族の間で流行っている飼育愛玩用ネズミの、ハムスターなるものではないですかな?」


「ハムスター……? そんなのがいるのか……」


 それにしたって、ハムスターに羽は生えてないだろう。

 額に石だってついてないはずだ。

 ここは、ドレの言う言葉が一番真実に近いと思っておく方が自然ではないだろうか?


 俺は油断なく、ゆっくりとネズミ……ハムスターに接近した。


『ちゅ、ちゅーっ!』


「大丈夫大丈夫。俺は君の味方だよ」


 努めて優しい声を出す。

 だが、ハムスターはかなりの怖がりのようだ。

 部屋の隅まで追い詰められたと思うや否や、彼は俺の横を猛スピードで駆け抜けた。


『ちゅちゅーっ!』


「しまった! 速い!」


『わふん』


 ここで、頼りになる相棒ブランの登場だ。

 彼はスススっとハムスターの進路に立ちふさがると、


『わふー』


 猛烈に鼻息を吹いた。


『ちゅーい!』


 ハムスターが吹き飛ばされ、ころころと転がってくる。

 俺はそれをキャッチ。


「よし、テイム!」


 口に出して宣言した。

 ハムスターはびっくりした顔で俺を見上げていたが、すぐにじたばたと暴れだした。

 その動きも、段々鈍くなってくる。


 やがてハムスターは動きを止め、俺の手のひらの中でごろんと腹を見せて転がった。


「よし、テイム成功! 君の名前は……ローズにしよう」


『ちゅっちゅ』


 お腹を見せたまま、ハムスターは短い手足をバタバタさせた。


「わーっ、かわいいですねー!」


「はーっ、可愛すぎてくらくらしてきましたわ!」


『一口サイズにゃ』


「ダメですよドレ!」


「ダメですわよドレちゃん!!」


『むぎゅーっ!?』


 不用意な一言を発したばかりに、クルミとアリサに挟んで押しつぶされるドレなのだった。


 さて……。

 このピンクのハムスター、一体何者なんだろうか?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る