第149話 ソラフネ山遺跡 その1

 集落の中央に、大きな木造の小屋がある。

 これが遺跡への入り口なのだそうだ。


 遺跡に雨水が入らないよう、屋根を設けてあるのだとか。


 俺達は、遺跡に入るために必要な腕輪を借りると、小屋の中に入った。


「なるほど、穴がある。このハシゴを降りていくんだな。……しかし……ハシゴの材質が、明らかに見たことのないものだ」


 しゃがみこんで、コンコンとハシゴを叩いてみる。

 金属ではない。

 木でもない。なんだこれは。


「プラスチックですわよ」


「プラスチックですねえ」


 おっ、司祭二人が詳しい。

 二人とも、異口同音に発してしまったため、互いを横目で見て嫌そうな顔をした。


「オースさん、ラグナの大教会を見ましたでしょう。あの建物の中でも多くの部品はプラスチックを使っていましたわよ」


「ワタシの武器……銃の部品はプラスチックですね」


 なるほど。

 これはつまり、ラグナやエルドなどに由来の素材らしい。

 特殊なものなのだろう。


 暖かくもなく、冷たくもなく。

 不思議な手触りだ。


 このハシゴを使って、遺跡に降りていくことになる。


「じゃあ、最初は俺が……」


「クルミが行くですー! えいやー!」


「あっ!」


 クルミがちょろちょろっと、凄い勢いでハシゴを下って行ってしまった。

 慌てて後を追いかける。


 うーむ、さすがはゼロ族、速いなあ。

 遺跡は集落の人達が潜るくらいだから、危険はあまりないのだろう。

 それにしても、警戒せずに真っ先に行くのは危ない……!


 俺が降りていくと、頭の上にドスンと何かが乗ってきた。


『運ぶがいいにゃ』


「ドレ、いきなり頭の上に降りてこないでくれー」


 腕輪だが、俺、クルミ、アリサ、アルディ、カレン、そしてドレが身につけている。

 ローズを連れて行きたかったのだが、腕輪を持っていないと、小動物であっても通れないようだ。

 ということで、彼は地上に置いていくことにした。


 今頃、ブランの毛の中に潜ってお昼寝していることであろう。


 ハシゴを少し降りると、足元から頭上に向かって、赤い光の膜が通り抜けていった。

 なんだあれは。

 腕輪が淡く、緑色に光っているな。


 腕輪を付けた人間かどうかを確かめているのか。

 ドレは触手でくるりと巻いて所持している。


 アリサとカレンは、腕に通すにはぶかぶかだった。

 二人とも、足にはめ込んでの遺跡入りだ。


「なんでわたくしとはめるところが同じなんですの」


「あなたと発想が一緒っていうのはちょっと凹みますねえ」


 二人の司祭は仲がいいんだか悪いんだか。

 思考が一緒な辺り、同族嫌悪かも知れない。


 ハシゴが終わり、遺跡の床に降り立つぞ、というところになった。

 そこで、とんでもない異変が起こる。


 具体的には、壁と床が入れ替わった。


 つまり、床だと持っていたところに足をつけようとしたら、俺にとっての上下が変わってしまったのだ。

 さっきまでの壁面に足を付け、俺は立っている。


「……なんだ、これ」


『重力制御システムが生きてるにゃ。宇宙空間を航行する時、無重力だと体に悪いにゃ。なので人間は重力を擬似的に作って、そこに立てるようにするにゃ』


 ドレがまた難しいことを言う。


「センセエ! センセエ! 地面と壁が変わっちゃったですよー! 変なとこです!」


 先に降りたクルミも戸惑っているようだ。

 だけど、この壁と床の入れ替わりは好都合。

 下に下にハシゴで降りていくのは、何気に大変だからね。


 床の感触は、硬くはない。

 かと言って柔らかくもない。


 どこかしっとりとした、不思議な感触だ。


 俺達に続いて降りてきた、アルディとアリサ、カレンも驚きの声を上げている。


「頭がおかしくなりそうだぜ。俺の勘は、間違いなく入ってきた側が上だって告げてる。だが、足が付くのは壁だ。どっちが上でどっちが下なのか分からなくなってくるな」


「何か、魔法の力が働いてますのね……! ラグナの神聖魔法に近い気がするのですけれど」


「うわーっ、なんですかねこれ! ワタシ、こういうの苦手ですねえ……!」


 三者三様だなあ。

 アリサは比較的、受け入れが早いようだ。

 それに対して、カレンは気持ち悪そうに、恐る恐る歩いている。


「あなた、わたくしに掴まるの止めてくれます!? 重いですわーっ!」


「エルド教は現世利益の教えなんですねえ。なので、あまり神秘とかに関わらないんですね。ワタシ、神秘的なの苦手なんですよねえ……! あーっ、振りほどかないでほしいですねーっ!」


「二人とも仲良しです!」


 今回はクルミの言うことが正しい気がするな!


「ふう、ようやく慣れてきたぜ。リーダー、この先に進むんだろ? 危険はねえって話だったが」


「うん。だけど、神話返り発生以来、集落の人達はここに潜ってないらしいね。もしかしたら、遺跡の様子も変わっているかも知れない」


 集落の住人から、遺跡内部の構造については聞いている。

 だが、俺としてはあまりあてにならない可能性があるような気がしていた。


 神話返りという、通常の動物をモンスターに買えてしまうような超常現象が、この遺跡から始まっているとしたら。

 遺跡が変化してない方がおかしいからだ。


「……ということで、慎重に行こう。ここから先は、アルディの剣でも厳しくなるかも知れない」


「望むところだ。おい猫。俺とお前のツートップで行くぞ」


『うわーん、働きたくないにゃあ』


 ドレが泣き言を口にしている。

 だが、彼もソラフネ山遺跡の中ではのんびりしていられないと思っているようだ。

 

 文句を言いながらも、アルディと並んで前に立つ。


 アリサとカレンは後ろにして、俺とクルミは前後どちらにもいける、中衛だ。

 さて、目の前にあるのは最初の扉。


 アルディが近づくと、それはひとりでに開いていった。


「うおっ、魔法の扉か!」


 驚くアルディ。

 彼は剣士の勘からか、剣を持ち上げて身構えた。

 そこに、飛んでくるものがある。


「っ!」


 光り輝く弾のようなものだ。

 それを、アルディの虹色の剣が弾いた。


「早速おでましだぜ。戦う必要があるとなると、俺は落ち着いてくる性質たちでね」


「俺としては、戦いは無いに越したことはないんだけどね」


 俺はため息をついた。

 どうやら、遺跡はおかしくなってるので間違いないようだ。


「戦闘ですね!」


 クルミがぶんぶんとスリングを振り回し始める。

 そう、不本意ながら戦闘だ。


 敵は、壁から浮かび上がるように現れた、巨大なチェスの駒のような何者かなのである。


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