第75話 アルマース帝国の魔手 その3

『わふ!!』


 ブランが力強く尻尾を振る。

 人混みが割れた先を、真っ白く大きな犬が走っていくのだ。

 俺達を先導している。


「頼むぞ、ブラン!」


『わふん!』


 先を逃げる女の背中を確認。

 ブランがそこに辿り着こうとしたところで、横合いからばらばらと人影が現れた。


「なんだ!?」


 それはまるで、ブランの前に身を投げ出すようにして飛び込んでくる。

 これにはブランも驚いたようで、速度を緩めた。

 その気になれば、人間なんて簡単に吹き飛ばしてしまえるのだが……俺に合わせて、人に危害を加えないように注意しているのだ。


『わふ? わおん!』


「よし、分かった!」


「センセエ、ブランなんていってるです?」


「自分を踏み台にして行けってさ……!」


 俺はクルミに説明しながら、走った。


「クルミも!」


「わ、わたくしはブランちゃんを踏んだりなんかできませんわーっ」


 アリサは宗教上の理由からついてこれない。

 ということで。

 俺の首にクルミがしがみつき、そのままブランの背中に飛び乗り、さらにジャンプ。


 群がる人々を飛び越えると、逃げる女魔法使いの背中が見えた。


「はわー! みんなあやつられてるみたいな感じですー!」


「実際そうなんだろうね。アルマース帝国の秘術みたいなものかも?」


 彼らを正気に戻すなら、アリサの神聖魔法が必要になるだろう。

 彼女を残していくのは正解だ。


 さて、俺達が追ってくるのを確認した魔法使い。

 彼女は慌てて、路地裏に逃げ込んだ。


 ラグナスにおいて、光が届かないところは盗賊ギルドの管轄のはずだが……?


 後を追って路地に曲がると、そこではギルドの人間らしい者が何人も倒れていた。


 そしてその奥で、俺達を待ち受ける2つの影。


 やはり、元ショーナウン・ウインドの女魔法使いだ。

 あと一人は、浅黒い肌の男。


「やあ、ここまでお招きしてしまってすみません、ミスターオース。あなたの活躍は彼女から伝え聞いておりましたから」


「君は誰だ」


 浅黒い肌の男、笑いながら一礼した。


「みどもは、ザクサーン教忘却派の司祭、アストラルと申します。そしてこちらは我が妻ファレナ。忘却派の使う奇跡によって、あなたの中にファレナの名は残らなかったと思いますが」


 そう言えば。

 俺は、ショーナウン以外のパーティメンバーの名前を覚えていないことに気づいた。

 今まで意識はしていなかったが、それはまさか……。


「あれこそは、新たな世界への足がかりとして、我ら忘却派が作り上げたパーティ。だが、まさかミスターショーナウンが狂気に陥り、かの召喚士に魂を売り渡すとは」


 アストラルと名乗った男を肩を竦めた。


「ファレナは召喚士に与すると見せかけ、隙を見てこちらに連絡を取ってきました。おかげで、みどもは妻と再会できたというわけです。そこでミスターオース! あなたの話を妻に聞きましてね! 予定外のメンバーだったにも関わらず、凄まじい力を発揮してアドポリスを救ったとか!」


「何が言いたいんだ? 手短に頼むよ。俺は君達を捕まえるつもりなんだから」


「それは困る! 我らは忘却派として、アルマースを支配する誤った教義、協調派を駆逐したいのですから。そのために、様々な手段を用いているのです!」


 つまり、アルマース帝国の中で、ザクサーン教の2つの宗派が争っているというわけか。

 神都ラグナスはそれに巻き込まれている。

 というか、俺自身がそれに巻き込まれてたのか?


「とりゃー!」


 あっ!

 空気を読まないクルミが、アストラル目掛けてスリングを使った!


「うわっ」


 これにはアストラルもびっくり。

 ファレナが何か呪文を唱えて、炎の壁を作り、石を迎撃する。


 だが、クルミが投げたのは、あろうことかデュラハン戦で使った炎晶石だったのだ。

 炎の壁に炸裂し、爆発する炎晶石。


「ウグワー!」


 アストラルが尻もちをついた。

 ファレナも目を白黒させている。


「そ……想像以上に殺意が高いわね!!」


「なんかあったものを投げたですよ!」


 気付くと、クルミの頭の上にローズがいて、額の石をピカピカ光らせている。

 もしかして、アストラルの言葉の中に俺の意識を絡め取るような魔法でも掛けられていたのか?

 動くことを忘れていた。


 今は、体が自由に動く。

 俺もスリングを取り出した。


「さっき、俺に魔法をかけようとしたな。森の中の時と同じように、痺れさせようとしてたのか?」


「あなたがそこまで使える奴だと思ってなかったのよ。今度はちゃんと、忘却派が上手く使ってあげる」


「お断りだ!」


 俺はスリングを振るう。

 放り出されたのは、小さな黒い弾。

 これは炎の壁に当たって止まるが……。


「だから、魔法の障壁の前にスリングは普通通用しないから……」


 即座に、同じ位置へと炎晶石を投げる。

 黒い弾は、熱に強い金属弾。赤熱してないところを見ると、炎の壁の温度は鍛冶屋の炉よりは低いと見た。

 だから、炎晶石の爆発で後押ししてやれば……。


 爆発。


「ぎえー」


 爆発に押し出され、金属弾が炎の壁を突き抜けた。

 それが、先にいるファレナの肩に当たる。

 凄く汚い悲鳴をあげたな。


「ファレナ! ああ、全く読めない男だ。いつの間にか報告に無かったモンスターを連れてて、それがみどもの魔法を無効化するだと? ファレナ、撤退するぞ。だが、ミスターオースはぜひとも欲しい! あれは超一流の戦士だ!」


「ま、待ってあなた! オース! 絶対仕返ししてやるわ! 覚えてらっしゃい!」


「逃げる気か! 逃さないぞ!」


 消え行く炎の壁の前に、俺達は駆け込んでいった。

 だが、アストラルとファレナの二人は、驚くべき方法で逃げ出したのだ。


 それは……。


「ザクサーンの神よ! 我に加護を! フラーイッ」


 アストラルが飛んだ!

 ファレナがそれにしがみつく。


 そして、猛烈な勢いで遠ざかっていった。


 あれは追いかけられない……!

 空の相手をどうにかするには、ドレがいないといけないな。


 よし、次はドレを連れて行こう。


「おー、センセエがすごくやる気になってるです!」


『ちゅっちゅっ』


 ローズがクルミの頭の上で、鼻をひくひくさせた。

 今回はローズに助けられてるなあ。


 彼は、存在自体が強力な強化魔法バフみたいなものだ。

 運の良さが上がり、魔法への抵抗力も増す。


 よしよし、これからの戦法に合わせて、誰にローズを預けておくか、頭を使う要素がでてきたぞ。


「あっ、今度はセンセエがにやにやしてるです!」



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