第32話 デュラハンとその事情 その2
アリサがご機嫌で、馬車……いや、
時折手を伸ばしては、目の前で揺れるブランの尻尾をモフるのだ。
「ああ……。オースさんには感謝してもしきれません。わたくし、モフモフに囲まれることが夢なんです。なのに司祭の才能があったばかりに、神都ラグナスの大教会に特別待遇とやらで迎え入れられ……。どれだけ特別でも、モフモフが無い大教会なんて監獄と変わりません」
「大変だったんだねえ」
「アリサはたいへんだったですか! クルミもたいへんでした」
「まあ、クルミさんも?」
「クルミは村がバジリスクにとられてしまったですよ! でもセンセエがバジリスクをすぐにやっつけてくれたです! でもでも、ブランが最初来た時は、クルミはびっくりしたですよー」
「まあまあ』
『わふん』
犬車を引っ張るブランが、あの時は驚かせてごめんねー、と鳴いた。
人間が出来ている魔獣だ。
最強の魔獣マーナガルムであるブランは、基本的に弱いものには優しい。
ま、彼からするとあらゆる生き物は弱いものなんだろうけど。
立ち向かってくる者には敬意を払い、叩き潰すタイプ。
武人っぽくもあるな。
「なんかクルミ、今のブランがあやまったのが分かったです! クルミもブランの言葉がわかるようになってきたですよ!」
「ええっ!? そ、それはずるいですクルミさん!! わたくしもブランちゃんの言葉が分かるようになりたい……!」
アリサが心底悔しそうだ。
司祭としての立場よりも、モフモフに関することのほうが重要な彼女らしい。
「これは彼女のためにも、新しいモフモフをテイムしてあげないとなあ」
俺はそう考えながら、犬車を走らせるのだった。
車をつけて速度が落ちたブラン。
犬車を破壊しないように気をつけねばならないのだから、そこは仕方ない。
だが、それでも速いことに変わりはなかった。
俺達はその日のうちに、目的地に到着する。
アドポリス外縁にある辺境の町、アドパークだ。
あちこちの都市国家群を巡る、キャラバンの中継地点にもなっている。
いつもなら賑やかな場所なんだが。
「なんだか静かです?」
犬車から身を乗り出したクルミがキョロキョロする。
彼女の大きな尻尾が、車の中でぱたんぱたん跳ねた。
うずうずするアリサ。
「アリサ、ステイ。尻尾に飛びついたらだめ」
「ああん、いけずぅ」
「いいかい。俺だってモフモフは好きだ。愛してる。だが、クルミの尻尾をモフモフするとそれは求愛行動とみなされて結婚しなくてはいけなくなるんだ。一度不可抗力でモフモフしてしまったけど」
「むふふ、センセエはクルミのお婿さん候補なのです! 結婚したらモフモフしほうだいですよ!」
「うっ」
俺の中で大事なものが揺らぎかける。
『わふん』
「おおっ、ありがとうブラン。危うく正気を失うところだったよ」
相棒である彼の一声で、ハッとする。
「ひとまず、町でドラゴンアックスと合流しよう。事情を聞いてみなくてはね」
そう言う事になって、俺達は町長の家へと向かうのだった。
「私が町長です」
「依頼を受けて来ました、モフライダーズです」
「これはどうも……」
町長は恰幅がよく、口ひげをオシャレに生やした男性だった。
彼は俺達を見ると、露骨に不安そうになった。
「あの。大きな犬と、リスの尻尾が生えた女の子と、胸の大……いえ、僧侶の女性が仲間ですか」
「ええ。四人いれば立派なものでしょう」
「いやそうではなく……その……」
言いたいことは分かる。
俺達は強そうに見えないからな。
だが、仕事は見た目だけでするものじゃない。
「俺は一応Sランク冒険者ですし」
「Sランク!?」
「デュラハンも二体、これまでソロで倒しているので」
「二体!? ソロ!?」
町長の目が変わった。
「こ、これはこれは……。ありがとうございます、我が町を救いに来てくださって……。人間、見た目じゃないですよね……」
「急に態度がかわったです!」
「人間はみなああいうものなのですよ。モフモフの足元にも及びません」
俺も見た目、そこまででかくないし、ムキムキなわけでもないから、町長の気持ちはよく分かるけどね。
「事情を聞かせてください。それと、ドラゴンアックスのメンバーは?」
「はい。デュラハンは突然出現しました。これまで、デュラハンが現れる時は冬の季節と決まっていたはずなのですが、それに、彼らは無差別に殺すことはありませんでした。精霊王の
そう、本来、デュラハンとはそういうものだ。
彼らはモンスターの中で、精霊に位置づけられる存在。
言わば、精霊王に仕える天使のようなものなのだ。
それが自律して動き回り、人を殺して回っているという。
間違いなく、ここ最近起きている呪いのモンスター連続出現事件の一環だろう。
何者かの意図があるはずだ。
しかも、Sランクモンスターたるデュラハンを、望まぬ環境に召喚し、使役できるだけの力を持った存在。
「冒険者達は、解散してしまいましたわ。やれやれ、一人死んだくらいでバラバラになるなんて……」
町長が思わず不満をこぼす。
「今のはあまり良い発言じゃないですね。例え一人であっても、その人物がパーティの支柱であればよくあることですよ」
「あ、これは失礼しました。我々、仕事を途中で投げ出されてしまったもので、つい恨み言を……」
気持ちは分かる。
願わくば、俺もそんな精神的支柱のいるパーティにいたかったなあ。
いやいや。今から作ればいいんじゃないか。
仲間達を振り返ると、クルミが全力で手を振ってくるのだった。
「センセエ! お話しおわったらごはん食べに行くですよー!!」
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