第53話 ラグナスへの旅路 その3

「クルミ、そっちを、そう! マストの帆桁に通して。そうそう。で、もう片方をヒモで引っ張って、石をくくりつけておろしてー」


「はいですー!」


 マストの上で、クルミが縦横無尽に動き回っている。

 ゼロ族は樹上で生活する種族だから、こういう高所での細かい作業がとても得意なのだ。


「はえー、大したもんだあ」


「あのお嬢ちゃん、水夫顔負けの仕事ぶりだなあ」


 水夫達が驚いてそれを見上げていた。


 今、モフライダーズはスカイキラー対策として、帆の代わりに大きな布を張ることにしたのだ。

 そしてここからはアリサの手伝いが必要になる。


「アリサ、確か神聖魔法には風を吹かせるものがあったよね」


「ブレス・ウインドですわね? できますけれど……」


「今吹いてる風向きの逆方向に吹かせて欲しい。ちょっと弱めでもいいので」


「? 分かりましたわ?」


 何を頼まれているかよく分からないようだ。

 だが、魔法を発動させると、金色に色づいた風が吹き始める。


 それは、帆柱から垂らされた布を挟んでぶつかり合う。


「来たぞ! スカイキラーだ!」


 マスト上の見張り台から声がした。

 俺は目を細めて遠くを見る。


 何か、キラキラ光る群れみたいなものが水面に現れていた。

 そして、そのキラキラが浮かび上がる。

 水面を離れて、空へ。


 何かが無数に飛び上がってくる。


 なるほど、これがスカイキラーか。

 恐らく……胸びれと背びれが飛行できるほどに発達した、魚の群れだ。


 鋭い牙で、いろいろな者を切り裂いてしまうという。

 人間だって、当たりどころが悪ければ危ないだろう。


 荷物をまとめるロープや、かぶせてある布、帆だってずたずたにされてしまう。

 確かに頭の痛い問題だな。


 だからこそ、今回の作戦だ。


「クルミ、降りてきて! スカイキラー退治と行くぞ!」


「はいです!」


 これを見て、ファルクスが唸った。


「厚手の布を垂らしただけで、スカイキラー退治とは……! 一体何が起こるのですかな」


「それは見てのお楽しみ。さあファルクス、君は小動物を呼ぶ歌を持っているだろ?」


「そりゃあもちろん。……って、ここに集めるおつもりで?」


「その通り」


 不安げに俺を見つめる水夫達。

 俺は彼らの前で、何をやるのか実践してみせることにした。


「いいかい? スリングを使って石を投擲すると、普通は飛翔していって相手を粉砕する。だけど、これにも天敵みたいなものがあるんだ。それが、これ。だらんと下がった布」


「布……!?」


 誰も理解できないようだ。

 俺は彼らの目の前で、スリングを振り回した。

 そして思い切りよく、布に向けて投擲する。


 すると、勢いよく飛んだ石は布にぶつかると、その速度を完全に殺されて下に落下した。

 飛翔する力を、布に包み込まれて吸収されてしまったんだな。


「おおーっ」


 どよめく水夫達。


「風向きさえ上手くコントロールできれば、これでスカイキラーに対処できる。今回はちょっと強引に風の魔法を使ってるけどね。さあ、小動物を招く歌が始まるぞ。スカイキラーが引き寄せられてくる!」


 海の上を飛ぶキラキラ光る集団が、はっきり見えるようになって来た。

 小魚の群れだ。

 それは猛烈な勢いで船に突っ込んでくる……!


「来たーっ!!」


 誰かが叫んだ。

 それらは船に飛び込み、荷物や帆を食い荒らそうと……して、目の前に垂らされた布に突っ込んだ。


 ぼすん。

 ぼす、ぼす、ぼす、と間の抜けた音がする。


 布の下に、飛翔する勢いを殺されたスカイキラーが、ぽてぽてと落ちて、ピチピチ跳ねている。


「水夫諸君! 魚を回収だ! スカイキラーは見た感じ、美味しそうな魚に見えるけど食べられるんだろ?」


「そ、そりゃあもちろん。味は悪くねえですよ」


 水夫がコクコクと頭を縦に振った。

 その間にも、布はスカイキラーをどんどん受け止め、片っ端から甲板に落としていく。


 どれだけ勢いよく飛び込んでも、布がふわっと受け止めてしまう。


 スカイキラーは自ら浮力を生み出して飛んでいるのではなく、風にのって滑空してるのだ。

 だから、甲板に落ちたらもう飛び立てない。


『にゃーん!』


 おっ、魚のにおいを嗅ぎつけて、やってくる奴がいるな。

 ドレが船長室から飛び出して、猛烈な勢いでこちらまで走ってきた。


『うまそうなにおいにゃん。食べていいかにゃん』


「どうぞどうぞ」


「ネコチャーン!! ……って、な、なんじゃこりゃああああ!? いつの間にスカイキラーが……って、あの布はなんだああああああっ!? スカイキラーが次々に落とされてる!?」


 オーガ船長もようやくのお出ましだ。

 船の一大事に遅れてしまうくらい、猫を愛でるのに夢中だったようだ。

 責任者としていかがなものか。


『いれぐいにゃー』


 ドレが嬉しそうに、甲板でピチピチしているスカイキラーの中に飛び込んでいく。

 そして、魚を跳ね上げたり咥えたり、やりたい放題だ。


 これを見て、水夫達がほっこりしている。


『わふん』


「おや珍しい。ブランも遊びたい?」


『わふ』


「どうぞどうぞ」


 真っ白な犬も、意気揚々と積み上がるスカイキラー達の中に入っていった。

 一匹、パクっと咥えてむしゃむしゃしている。


「恐ろしいスカイキラーが、まるで大漁になった魚みたいだ……」


 水夫の誰かが呟いたのだった。

 こうして、群れの半分ほどを退治した俺達。


 今夜の魚料理として出てくるのが楽しみだ。



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