第34話 デュラハンとその事情 その4

「こ……こんなに前準備に金を使うんですか?」


 俺が山のように消耗品のマジックアイテムを買っているので、カイルが目を回しそうになっている。


「命には代えられないからね。これが一つあるだけで、安全性が一つ増す」


「うわあー、ほかほかするですよこれー!」


 クルミが尻尾をピコピコさせながら、マジックアイテムに頬ずりする。

 これは炎晶石。

 魔力を込めて投げつければ、炎を発して相手を焼く。


 そのままだと、ホカホカ暖かな石だ。

 オレンジ色に透き通っているので、まあまあきれいではある。


「クルミ、魔力を込めないように注意してね」


「はいです!」


 大量の炎晶石、それから魔法の罠。

 地面に投げつけると、一瞬だけ落とし穴になるものだ。

 これを幾つか。


 よし、十分だろう。


「デュラハンの金は高いから、赤字にはなんないですけど……。こんなに使ったら儲けが……」


「ここのデュラハンは強いらしいからね。いつもの二倍くらい用意した」


「慎重……!」


「センセエはちゃーんと準備するです! すごいのです!」


 なぜか自慢げなクルミだ。

 カイルはじっとクルミを見て、首を傾げた。


「そう言えば、このちっこいのは何なんですか? 確かナントカ族っていう獣人ですよね?」


「ゼロ族のクルミだよ。俺の仲間だ」


「奥さんです!」


 俺はガクッと来た。


「いや、クルミ……。確定じゃない。確定じゃないからね」


「むっふっふー。クルミ、センセエがすごい人でいい人だってゆうのは、もうハッキリわかるです! 満点なのですよー」


 いけない、俺の将来が危ない……!

 これは想定していなかった……!


「ははあ、オースさんにも苦手なものがあるんすね? こりゃあいいや」


 カイルがにやにやした。

 やめてくれたまえ。


「はあ~」


 そこで盛大に溜息をつく者がいる。

 アリサだ。


「はあ~。なーんで。なーんで、モフモフのモンスターでも獣人さんでもなくて、ムキムキの汗臭い戦士さんが仲間になっているのでしょうか? わたくしには分かりませんわあ」


「オースさん、このクソ生意気な女僧侶なんですか。胸ばかりでかいくせに」


「は? は? あなたにこの逃れ得ぬ肩こりとの戦いがお分かりになりまして!? 灰色の大教会生活から抜け出したら、慢性肩こりも癒えてしまうようなモフモフとの出会い! これからわたくしのバラ色のモフモフライフが始まりますわ! と思った先にガチムチの戦士が仲間に加わった失望感!」


「わかんねえよ!? そもそも何言ってんだあんた!?」


「まあまあ。次は必ずモンスターをテイムするから。あまりにも長い間テイマーとして働いてなかったせいで、テイムの仕方がもう曖昧なんだよね」


 俺がそう言うと、アリサもカイルも、ぽかんとしたのだった。




 その日の夜。

 俺達モフライダーズは、アドパークの外に陣取った。

 デュラハンは毎夜の如く出現し、町を駆け抜けていくのだという。


 乗り物は戦車。

 となれば、道があるところを選んで走るものだ。

 例えモンスターだって、走りやすいところがいいに決まっている。


 予想通り、モンスターはやって来た。


 馬のいななきが聞こえる。


「来た……!」


 カイルが緊張した声で呟いた。

 コルセスカを握る手に、力がこもっている。


「リラックスして行こう、カイル。備えは万全。あとはきちんと段取りを踏むだけだ」


「ええ、分かりましたよオースさん。ってか、まさかこんな手段であの呪いを防げるなんて……。まだちょっと信じられないんですが」


「実際にやれば分かるさ」


 俺達の胸の上には、細かく砕いた炎晶石をくっつけてある。

 対策はこれだけ。


「……だったら、なんであんな量の炎晶石を買ったんすか?」


「炎晶石は武器にもなるだろ」


 つまりそういうこと。

 さあ、闇夜を切り裂いて、漆黒の鎧が現れる。


 こちらは、篝火かがりびいて待ち受けていたのだ。


『おぉぉぉぉ……。憎い、憎いィィィィィ!! あの魔術師めが、許さぬぞォォォォォ!!』


「その魔術師について教えてくれないか」


 俺は、怨嗟の声を上げるデュラハンに話しかけた。

 すると、首なし騎士の抱えた頭が、じろりとこちらを睨んだ。


『邪魔立てをするかァァァァ!! 汝に死を与える……!!』


 一見して不可視とも思える、デュラハンの呪いが俺を襲う。

 俺の胸元で、炎晶石の破片がジュッと音を立てた。


 それだけだ。

 俺は新たに、破片を補充した。


『……なにっ……!?』


「対策はして来た。君の呪いはもう通じないぞ。呪いは魔法に近い効果で、相手の心臓を凍りつかせる。だが、その魔力で炎晶石が燃え上がり、さらに凍りつく呪いと相殺される。量の配分が難しいんだこれが」


『汝に死を与える……!』


 再び、俺の胸元でジュッと音がした。

 それだけだ。


「分かったかな。君の呪いは封じられた。さあ、正々堂々の勝負と行こう」


 俺は首なし騎士を手招きする。

 そして、スリングを振り回しながら前進だ。


『おのれェェェェェッ、人間ンンンンンッ!』


 駆け寄ってくる、首なし馬と戦車。

 それは俺に向かって一直線に……。


「そいっ!!」


 目の前に、俺はスリングの中身を叩きつけた。

 出現するのはマジックトラップ。


 こいつの効果は、インスタントな落とし穴だ。

 首なし馬の前足が、穴にはまった。


 つんのめる首なし馬。

 跳ね上がる戦車。


 吹き飛ばされるデュラハン。


『ぬうおおおおおおおっ!?』


 ちょっと離れたところに、デュラハンが頭から落下した。

 いや、頭は抱えているから、肩からか。


 彼はふらふらと起き上がりながら、再び抱えた頭を俺に向けた。


『汝、死ね! 死ねェェェェェッ!!』


 俺の胸元で、ジュッと音がする。


「さあモフライダーズ、気合を入れよう。デュラハンを仕留めるぞ!」



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