第35話 デュラハンとその事情 その5

「カイル、君の担当は首なし馬だよ。仕留めてくれ」


「いや、でも、そのちびっこがデュラハンとやるんですか!?」


「ちびっこではないです! クルミです! 行くですよー!」


 鼻息も勇ましく、クルミがデュラハンに立ち向かう。


「なに、相手は接近戦の達人だとしても、そんなものは付き合わなければいい。クルミ、距離を保ちながら俺から受け取った石を投げつける」


「はいです!」


 さあ、ここから忙しい。

 サポート要員として、アリサには控えてもらっている。

 ブランはいつも通り、見学だ。


 彼はこの様子を楽しんで見ているようだ。


『おおおおおおっ!!』


 デュラハンが吠えながら、前に立ちふさがったクルミに突っ込んでくる。


「クルミ、はいっ」


「はいです! とやー!」


 俺が彼女に手渡したのは、魔力を充填した炎晶石。

 これが燃え上がるより前に、スリングで振り回して放り投げるのだ。


 クルミのスリング、狙いは正確。

 近寄ってきていたデュラハンは、これを剣で払おうとした。

 直前で、炎晶石が爆発する。


『ぬぐわっ』


「クルミ、はいっ」


「はいです! とややー!」


 俺達二人はちょっと移動しつつ、立ち直っていないデュラハンへ炎晶石をさらに投擲。

 今度はデュラハンの胴体に炸裂した。

 爆発が起こる。


『ぐわあああああ』


 相手は氷の精霊。

 相反する属性である、炎はよく効くのだ。


 それに、スリングで投擲される石はかなり速い。

 剣の達人だって、そうそう見切れるものじゃない。


 慣れてきた頃には、勝負が決まっているわけだ。

 それに……。


『おのれっ! おのれえええっ!』


「ひゃー! なんかクルミの胸のあたりがジューッといったです!」


「クルミ、今のうちに胸元に粉末を補充! 俺が時間稼ぐからね」


 俺は炎晶石の一つを、アンダースローで投げつけた。


 急にゆっくり飛んでくる石があるので、デュラハンは慌ててこれを剣で切る。

 炎晶石は空中で破裂し、炎を撒き散らした。

 首なし騎士には何のダメージも与えないが、その間にクルミはまた、死の呪いへの防備を固めている。


 俺が準備する炎晶石も備え終わりだ。


「ほい、クルミ!」


「はいです!」


 炸裂する炎。

 吠えるデュラハン。


 俺達は常に距離を一定に保つ。

 接近戦をさせない。

 そもそも、相手に実力を発揮させる理由が無いのだ。


「クルミ、もうすぐ終わるぞ。落ち着いて行こう。これはルーチンワークのように対応して倒すモンスターだ」


「るーちんです? とやーっ!」


 投擲された炎晶石を当てられ、またデュラハンが吠えた。


『卑怯なり……! 卑怯……!』


「デュラハンはその特性上、盾を持てない。鎧で矢は防げても、投擲されてくる炎晶石は防げないわけだ。魔法でデュラハンに対抗するには詠唱が必要で、連打はできない。だけど、スリングなら、移動しながら結構な速度で投擲できるからね」


「すっげえ……」


 首なし馬を薙ぎ倒しつつ、こちらをうかがっていたカイル。

 思わず、といった感じでつぶやきが漏れた。


「あのデュラハンを、作業みたいにして倒すのかよ……!」


「敵が頭に血を上らせたら、それでこちらの勝ちさ。行動が単純化してパターンにはめやすくなる。冷静になる前に倒せばいい」


 デュラハンはひたすらに、こちらへの距離を詰めようとしてくる。

 高速で接近するための馬と戦車は奪った。

 飛び道具である死の呪いは無効化した。


 こちらの炎晶石を、首なし騎士は防ぎきれない。

 となれば、どうする?


『むおおおおおおっ!!』


 デュラハンが絶叫して、こちらへ疾走してくる。

 防御を捨てた突撃だ。


「ひゃあっ!」


「よし、勝った」


 俺はここで、炎晶石からマジックトラップに持ち替えている。

 素早く取り出したスリングでトラップを振り回し、デュラハンの足が振り下ろされる場所へ投擲。


 インスタント落とし穴が生まれた。

 デュラハンの足が、見事にはまる。


『おごおおおおっ!?』


 首なし騎士が転んだ。


「ほい、クルミ! 炎晶石連続で行くよ。狙う必要なんかない。どんどん投げつけて」


「はいです!! ほいっ! ほいっ! ほいっ! ほいっ! ほいっ!」


『ウグワーッ!!』


 首なし騎士の全身が、炎に包まれた。

 やがてその体の輪郭がぼやけて、ゆっくりと縮んでいく。


 気がつくと、デュラハンがいた場所には、結晶のようなものが残っていた。


「討伐完了。恐ろしくタフなデュラハンだったなあ」


 俺はデュラハンがいた場所に近づくと、結晶を拾い上げた。

 ひんやりと冷たい。


「うりゃあっ!!」


 それと同時に、カイルが首なし馬を仕留めたようだった。

 こちらも結晶に変わる。

 デュラハンよりは小ぶりな結晶だ。


「はあ、はあ……。本当に倒しちまった……。しかも、ちびっこと二人っきりで」


「いやいや。カイルが馬を足止めしてくれたのが良かったのさ。お陰で集中できた。一人でやってた時は、トラップで馬を足止めしつつ炎晶石、という繰り返しで……一時間はかかったからね」


「デュラハンと一時間!? 地獄だ……」


 まさしくそうだった。

 一人で延々と戦い続けたあの時。

 いつ死んでもおかしくなかったな。


 だが、その中でデュラハンのタイミングは完璧に掴んだのだ。

 デュラハンやバジリスクといった、強力なモンスターというのはおかしなもので、個体ごとの癖みたいなのが少ない。


 強さの差はあれど、行動するためのルーチンがとても似通っているのだ。

 だから、パターンを見極めることができれば対処は容易になる。


「センセエ! そのキラキラきれいなのはなんですかー?」


「あらあら、それは氷の精霊石ですわね」


 戦いを見ていたアリサが、トコトコとやってきた。

 隣に、いつもどおりのサモエド顔をしたブランもいる。


「そう。デュラハンはこれを落とすんだ。精霊石一つで、氷属性の魔法のアイテムをたくさん作れるからね。仕入れた炎晶石ぶん全てを補って、同じ額くらいのリターンがある」


「それにしたって、こんなでけえ精霊石は初めて見るぜ。あのデュラハン、本当にヤバイやつだったんすね」


「うんうん。個体としての強さは俺が戦った中で最強だったかもね。だが、どんなに強くても思考と行動がパターン通りならば怖くない」


 精霊石をポーチに収納。


 さあて、町長に報告に行くとしようじゃないか。

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