第84話 おびき出せ忘却派! 一網打尽作戦 その2
作戦の目的は、忘却派をおびき寄せて一網打尽にすること。
忘却派の首魁は、俺が出会った男アストラル。
あれが全ての原因だ。
「アストラルは千年前の時代を蘇らせようとしている。つまり魔王の再来だね。あの時代に、世界の盟主であった人間はその地位を失った。数ある人族のうちの一つでしかなくなったわけだね。そのような時代が再び来ればどうなる? 人はこの世界で生きる場所すら失ってしまうだろう」
アルマースの使者アキムが朗々と告げる。
使者とは言うが、俺はこの男がザクサーン教における中心人物であろうと睨んでいる。
この神都ラグナスに、三大宗教のうち二つの宗教のトップがいるわけだ。
「アストラルは、魔王の力の一端を手にしたと言われているよ。彼は世界中から優れた魔術師を集めた。その中に、アドポリスで騒ぎを起こした召喚士が混じっていたのだろうね。千年前にも、東方の亜大陸にあった帝国で召喚士が確認されている。それもまた、オースと同じ世界にとっての異分子だったと言えるだろう。おっと、話がそれてしまった」
アキムは朗々と語りながら、枢機卿の部屋を行ったり来たり。
彼の言葉は難解なので、ここに集まった俺の仲間、クルミとカイルは眠そうにしている。
ちなみに、ファルクスとアリサは目を輝かせて話を聞いている。
「ファルクスはともかくとして、アリサもこういう話好きなの?」
「好きも何も……。千年前の神話の時代が、今に蘇ったようなものですわ! わたくし、幼い頃に教会の図書館で歴史を学びましたの。神話の時代には、人と神と、そして精霊王という存在がいたのですわ。そこに魔王が降り立ったと言われているのですけれど……。今、神都に起ころうとしているのは、神話の再来を狙う策謀なのですわね……!!」
「ふうん、そういうことか。俺はぶっちゃけ、ピンとは来ないんだけど。神話についても、うちにあった数少ない蔵書じゃろくに分からなかったしね」
俺は没落貴族の息子だ。
俺が生まれた頃には、家はもう貴族ではなく、ただの農民になっていた。
家には何冊もの本があったが、それらの中に、神話を語るものはなかったように思う。
もっと実践的な、知識と経験が詰め込まれた本ばかりだった。
あれは俺の一族の趣味だったのかも知れないな。
「神話はですね、我ら吟遊詩人にとっては必須の演目でしてな。口伝という形で伝わっておりますぞ。逆に言えば、これをマスターせねば一人前とは言えませんで。しかし……わたくしめが知る神話とはまた大きく異なりますなあ」
うんうん、と頷くファルクス。
彼はエルフの血が半分混じっている。
エルフは魔王とともにこの世界に来た種族らしい。
つまり、魔王がいなければファルクスはいなかった。
これはクルミも一緒だ。
ゼロ族もまた、魔王とともにこの世界に来た。
ただ、彼らは戦を好まない平和な種族だったため、魔王の軍勢と人間が争っているときも静観していたのだとか。
「神話の真実が広範に知れ渡らぬことが不思議か?」
枢機卿が口を開いた。
「それは簡単だ。この世界のあり方を魔王が作った。だが、魔王が来なければ、世界は人のものだった。そう言われて亜人達に隔意を抱かぬ者がいると思うか? 余計ないさかいが起きる」
「なるほど、それは確かに。彼らとはともに生きていかないといけないですもんね」
「そういうことだ。時間を戻すことは誰にもできない。今ある世界を維持するためには、神話を広く伝えることは無用。しかし……時を巻き戻そうとする忘却派のような馬鹿者が、いつ魔王の時代を蘇らせようとするかが知れぬ。教会は正しい神話を継承せねばならん」
これはどうやら、世界の裏側の話だ。
「ということでだ!」
アキムが壁をバーンと叩いた。
半分寝てたクルミとカイルが、ビクッとして起きる。
ドレはクルミの足元で、それでも爆睡している。
『ちゅっ!?』
俺の頭の中から、ローズが顔を出してキョロキョロした。
びっくりしたかな?
「アブラ……いや、今はアキムだったな。私の部屋の壁を叩くな。埃が立つ」
「俺の名を言うのはやめてくれないかな……? 無意味に壁を叩いたのではないよ。ほら」
アキムって偽名なのか。
アキム(仮)が叩いた壁面に、何かが浮かび上がってくる。
それは、実態のない黒板のようなものだった。
ここに、アキムが指先で文字を綴り始める。
あれは……アルマース語?
綴る端から、それが翻訳されてイリアノス語になる。
「作戦概要はこの通りだよ。俺を囮にし、彼らを集める。この大教会にだ。警備は厳重なようで抜けを作り、侵入できるようにする。フランチェスコ、間違いなく大教会にスパイが入り込んでいるぞ」
「ふん、つまり私の口で、大教会の者達へ大々的に告げろというわけか。いいだろう。題目はお前の歓迎会とでもしておくか」
「歓迎会では間抜け過ぎるのではないかな? ここは普通、親睦会だろう。世界を二分する教えの、その中でも高い地位にある二人が一堂に会するのだから」
今、意図してエルド教を外したな。
やっぱり3つの宗教は仲が悪いんだなあ。
深く関わらないようにしておこうっと。
「センセエ、どうなったですか?」
まだ眠そうな目をしながら、クルミが尋ねてくる。
よし、俺なりに聞いたことをまとめるため、要約して彼女に伝えよう。
「このアキムさんを囮にして、忘却派っていう悪い奴らを集めるんだ。そこを俺達でやっつけるんだよ」
「そうだったですか! クルミ、よく分かったですよ!」
「俺の説明を一言にまとめたねえ……。オース、君は頭がいいな」
アキムに誉められても、微妙な気持ちになるなあ……。
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