第65話 下水の動物さらい その4

 進むほどにネズミが増える。

 これは、本当にこの先に行かせたくないんだな。

 あまりにもわかり易すぎるぞ。


 野生のネズミが、危険を押してブラン相手に飛びかかってくるわけがないんだ。

 いや、スタンピートを起こしていれば別か?

 集団になったネズミは理性を失って、ただただ前進し、ぶつかったものに食らいつくだけの生き物になるし。


『わふーん』


「えっ、後ろでぶつぶつ言わないでくれって? ごめんごめん。ネズミはみんなブランが片付けてくれてるからさ」


 後方のネズミを片付けた俺達は、今はひたすら下水を突き進んでいる。

 前にブランを配置し、たまに天井を伝ってくるネズミはカイルとドレが叩き落とす。


 クルミはドレを運ぶ係だし、ファルクスに至っては何もしていない。

 鼻歌など歌ってるな。


「わたくしめは、新たな戯曲を作るべく構想を練っているのですよ。ああ、いけませんなあ。下水でネズミ退治では英雄譚になりません。せめてなにか大きなモンスターでも出てきてくれれば……」


「ファルクスてめえ縁起でもねえこと言ってるんじゃねえよ!?」


 カイルが思わず突っ込んだ。

 本当だ。

 だけど、そういう望みは得てして叶ってしまうものなんだ。


 ほら、下水の通路を塞ぐように、大きなモンスターがいるじゃないか。


『わふ?』


「ああ、あれは俺が知ってるケースだから対処しとくよ。ダンジョンで戦ったことがあるし、対抗手段も揃えてる」


 相手は、獅子と山羊と火吹きトカゲの頭を持ち、尾は蛇になったモンスター。

 キメラだ。


「下水にキメラがいるという記述は知らないけど、これは人間が作り出さないと存在しないモンスターだからね。間違いなく、下水に何者かが潜伏している。そして後ろめたいことをしてるね」


「ふわわ、おっきいモンスターです! ブランと同じくらいあります!」


「クルミにそう言われてみると、そこまで大きなモンスターという気がしなくなってくるな」


 いや、牡牛くらいの大きさがあるんだけど。

 ブランを見慣れてるとなあ。


 さて、キメラだが、獅子の頭は噛みつき、山羊の頭は記録された魔法をランダムに使用し、トカゲの頭が火を吐いてくる。

 後ろに回れば蛇が噛み付くし、そこには毒がある。


 一見して死角がない、恐るべきモンスターに見える。

 だが、頭がたくさんあるということは、なかなか致命的な弱点を抱えていてね。


「オースさん、こいつは慎重に攻めないと……」


「ああ、大丈夫。任せて。すぐ終わらせるから」


 俺は足取りも軽く、キメラの前に進み出た。


『うおおおおおんっ!!』


 キメラが吠えた。

 そして俺に向かって突撃してこようとする。


 さあ、ここで取り出したのは二つのスリング。

 袖口から石弾を滑り落とし、これを両手で振り回す。


「オースさん! スリングじゃそいつは!」


「大丈夫ッ! そらっ!」


 俺は二つのスリングを解放した。

 別々の方向に、石弾が飛ぶ。


 すると、壁で反射して、石弾の一つは山羊頭の首に炸裂した。

 もう一つは、トカゲの頭の近く。


 二つの首が慌てて、横を向く。

 すると、キメラの動きが乱れた。


『うおおおんっ!?』


 俺の近くで急制動だ。

 二つの首が警戒モードに入ったのだから、ライオン頭ひとつだけでは体の主導権を得られない。


 この隙に、俺は既にショートソードを抜いている。

 すぐ目の前のライオン頭目掛けて、剣を振るった。


 一撃で目を貫き、ライオン頭の脳に達する。


『うお……』


『めええええっ!?』


『しゃあっ!』


 慌てて二つの首がこちらを向いた所で、今度は山羊の頭側に回った。

 足を踏み外せば、下水に落ちるようなところだ。


『めええええっ……!』


 山羊の鳴き声に呪文の詠唱が混じる。

 なので、詠唱しきらないうちにその喉を斬る。


『ひゅーっ!?』


 声が出なくなった。

 飛び上がって角を掴み、山羊の頭に取り付きながらその首をさらに深く切り裂く。


『しゃあああっごおおおおおおっ!!』


 おっと、火吹トカゲが炎を吐いてきた。

 これは山羊の頭で受け止めつつ、俺はポケットから次なるアイテムを準備。


 油だ。

 息継ぎのために炎のブレスが止まった瞬間、俺は油を火吹きトカゲに投げつけた。


『しゃあっごおおおおおおおっ!?』


 再び炎のブレスを吐く、トカゲ頭。

 だが、それは自らにかかった油に引火した。


『しゃあああああああっ!?』


 キメラの体が暴れだす。

 俺は素早くキメラの背後に抜けた。


『しゅーっ!!』


 襲いかかってくる蛇の頭。

 これに、ポーチから取り出したハンカチを被せた。


『しゅっ!?』


 蛇の感覚器を一瞬封じる。

 相手の体温を察知してこちらを襲ってくるやつだ。


 だけど、密着したハンカチ越しなら分からない。

 俺は蛇の首を掴み、顎を下から上へ、ショートソードで串刺しにした。


 そしてキメラから離れる。


 目の前で、モンスターの巨体が傾いだ。

 判断能力を持つ頭部全てを破壊され、そいつは力なく、下水の水の中へと落ち込んでいくのだ。


「す……すげえ……。キメラを子供扱いだ」


 カイルが目を輝かせている。


「やっぱすげえよ、オースさん!」


「いやあ、なかなかギリギリだったよ。戦場が狭いからね。キメラが暴れた時、危うく水に落ちるかと思った」


「センセエやったー! 次はクルミもやるですー!」


「いいねー。二人がかりならもっと楽だ」


『相変わらずこのご主人、ありものだけでモンスターを制圧するにゃ。どう見てもスペックでは負けてるはずなのににゃ』


『わふん』


「おおおおおお」


 ファルクスが拳を握りしめ、ぶるぶる震えている。


「こっこっこっ」


「こここ?」


 クルミが首を傾げた。ニワトリかな?


「これ! これですぞーっ!! オース殿の英雄的活躍!! これこそがっ! わたくしめが待ち望んでいたものですーっ!!」


「うるせえぞファルクス! さっきから役に立たねえで……! おめえもちっとは仕事しろって!」


 怒鳴るカイル。

 だが、ファルクスは涼しげな顔をしていた。


「わたくしめの仕事は、オース殿の戯曲を作ること……。あ、ちなみにそこのキメラの影。扉がありますぞ。壁に見せかけてますが」


「なんだって!?」


 俺は慌てて横を見た。

 なるほど。

 壁によく似せているけれど、よくよく見れば素材が違う扉がある。


「声の反響度合いが、ここだけ違ったのですぞ。明かりが乏しい下水ではわかりにくいですなあ」


 ファルクスもプロなのだな、と思った俺だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る