第64話 下水の動物さらい その3

 下水に入るには、幾つかのやり方がある。

 排水溝から入るルート。

 古い家にある地下室から入るルート。


 そして、下水管理所から入るルートだ。

 最後のこれは、下水整備のために用いられている通路を使えるから、下水を歩き回るのが楽になる。


「それから、これ。俺らが下水を歩く時に使う消毒剤」


 管理所の所員から、手のひらに収まる大きさの瓶を手渡された。

 中には粉末が詰まっている。


「これはなんですか?」


「大教会で生産してるんですよ。何でできてるかは分からないんですが、こいつを飲んだり体にふりかけておくと、下水でも変な病気をもらわないんです」


 ドレが、瓶をじーっと睨んだ。

 そして触手をするするーっと伸ばす。


「うわーっ、猫から触手が!」


「ああ、彼も俺がテイムしてるモンスターなんです」


 ドレは、触手を使って器用に瓶の蓋を開け、中の粉をかき回した。


『分子サイズのナノマシンの群れにゃ。下水の成分を分解し続けるようにセットされてるにゃ。下水以外では使えないにゃ』


「なるほど」


 なんとなく構造が分かった。

 アリサも、ナノマシンがどうこうと言ってたから、それはきっとラグナ新教が使う使い魔みたいなものなのだろう。


「では、ありがたくお借りします」


「どうぞどうぞ! 頑張ってください!」


 所員の人に見送られながら、俺達は下水への通路に入った。

 扉の向こうには階段があり、ちょっと下ればもう下水道だ。


 そこでクルミが尻尾をぴーんとさせた。


「くっ、くちゃいですっ!」


「そうだねえ。下水道というのは、排泄物や使った後の水を川に流すための用水路だから」


「ううーっ、きちゃないものなのですねえ」


 涙目になっている。

 どれ、クルミに消毒剤をかけてあげよう。

 さらさらっと粉を掛けると、どうやら彼女が感じる悪臭が減ったようだった。


「あ、なんかあんまりくさくなくなったです!」


 それは何より。

 臭いまで分解するんだなあ。


「オースさん、俺にもお願いしていいっすか? こりゃひでえ臭いだ」


「わたくしめは慣れてるので平気ですがね」


「この吟遊詩人、タフだなあ」


 一応、俺、カイル、ファルクス、ブラン、ドレと全員に消毒剤を掛ける。

 すっかり瓶が空になってしまった。


『わふん』


 え、ブランは平気だったって?

 一応ね。

 ドレは嫌な臭いが薄まったので、まあこれなら、と機嫌を良くした。


『抱っこするにゃ』


「ドレを抱っこしたら、クルミの手がふさがっちゃうですよ?」


『己がクルミのかわりに働いてやるにゃ』


 ということで、クルミに抱っこされ、下半身をだらーんと下げるドレ。

 触手やヒゲがぐりぐり動いているので、仕事はしているようだ。


 俺達は明かりを灯し、下水道を行くことになった。


「そう言えば……。臭いを消してしまったけど、ブランは動物のにおいとかが分かるかい? それ目当てで来たんだけど」


『わふ』


 お任せ、という心強いお言葉。

 ブランを先頭にして、下水道の横道を行くことになった。


 すぐ脇を、汚水がごうごうと流れている。

 横道よりも随分低いところにあるから、落ちなければ危険はないだろうが……。

 下水で戦闘があったら気をつけないとな。


 そんな事を考えていたら、戦闘発生だ。


「ぢゅっ!」


「ぢゅっ、ぢゅっ!!」


 濁った叫び声とともに、膝まであるような大きさの巨大なネズミが何匹も現れたのだ。

 こいつらはブランが怖くないのか、目を赤く光らせながらこちらを威嚇してくる。


『正気ではないにゃ』


「おや、ドレ、何か気づいた?」


『このネズミ、精神を操られてるにゃ』


 俺の後ろで、ファルクスがネズミを眺めている。


「わたくしめの記憶にある下水とは、少々違うようですな……。こんなネズミは存在しておりませんでしたぞ。普通ではない。一体何がおこっているのやら」


「なるほど。普通じゃないって言うなら、動物をさらった何者かに関係してるかも知れないということだな。みんな、戦闘態勢」


「おう!」


「あーん! ドレを抱っこしてるからたたかえないですー!」


『己がかわりにやってやると言ってるにゃ』


 カイルと、クルミに抱っこされたドレが前に出た。

 ブランは後ろを警戒している。


「よーし、俺の屋内戦闘モードを見せてやるぜ!」


 カイルはいつもなら長いコルセスカの握りを、ぐりぐりっと回した。

 すると、なんとコルセスカの柄が半分外れてしまったではないか。


 短槍になったコルセスカと、ショートスピアの二槍流となったカイル。

 ネズミ達の群れに、一瞬で飛び込んでいった。


「おらおらおらぁっ!!」


 二本の槍が振り回され、飛びかかる大ネズミ達を跳ね飛ばす。


「ぢゅーっ!!」


「ぢゅぢゅーっ!!」


 一匹が天井に駆け上がり、そこからクルミを目掛けて襲いかかってきた。


「来たですよーっ!」


『うにゃー!』


 ドレが抱っこされたまま、触手をぐいんと伸ばした。

 ネズミは空中で、触手に引っ叩かれて地面に落とされる。

 そこを、ドレの触手が追撃だ。


『うにゃにゃ』


「ぢゅーっ」


 ネズミはしおしおっとなって動かなくなった。

 

「ネズミとしては強化されてるみたいだね? 野生のままじゃないだろ」


 仲間達とネズミが戦う様子を見て、分析する。

 凄いタフネスと、大きさからくるパワー。

 さらに、すばしっこさは小さいネズミと変わらない。


「ぢゅっ!」


 おっと、下水と横道の間からネズミが飛び上がってきた!

 下水ギリギリを駆け抜けてきたようだ。


『わふ?』


 ブランが何匹かを前足で叩く。

 彼に叩かれると、どれだけネズミが強力だろうが一発だね。


 そして余ったのは、俺がショートソードで迎撃する。


「ぢゅっ!」


「なんの!」


 脇腹を大きく斬られたネズミが、下水に落ちていった。

 すばしっこいけれど、動きを見切ればそう怖くない。

 何より大きくなってしまってるから攻撃が当てやすい。


「よーし、戦いながら進もう!」


 俺は宣言。

 モフライダーズが進行を開始したのだった。



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