エピローグ

第164話 去りゆく者、残る者

「てな訳で、俺はもうちょっと世の中を見て回る。じゃあな、リーダー。あんたとの旅は短かったが、楽しかったぜ」


『我もお役御免ということチュン。相棒は人間のくせになかなか気が合うやつチュン。こいつと一緒に行くチュン』


「ああ。アルディ、フランメ。元気で」


 俺は、実家に残ることにした。

 農地に余裕はないから、俺は開拓して土地を作るしか無い。


「勿体ねえなあ。そうやって、リーダーみてえな才能を持った奴が農家になっちまうとはなあ」


「おいおい。農家だって大事なんだぞ。俺達が旅の中で食ってた飯は誰が作ってたと思うんだ。農家だぞ」


「そりゃそうだ。あんたは自分の戦いをやろうって言うんだな? まあ、地味で終わりの見えない戦いだが。俺は、それが性に合わなくて逃げちまったんだよなあ」


 げらげらとアルディが笑う。


「お互い、性に合うやり方というものがあるんだ。俺はこれ、アルディはそれさ」


「違いねえ。まあ、俺にゃあんたが農家でずっと収まってるタマにも見えねえがな」


「そうかも知れないな!」


 俺も笑った。

 彼とは、それで終わりだ。


 肩にスズメ……その実フェニックスを乗せた男は、ぶらぶらと農地を歩み去っていった。

 元辺境伯。

 剣術無双。

 フェニックスの相棒。


 吟遊詩人が聞いたら、よだれが出そうなエピソード満載の男だ。

 きっと、彼の噂はここにも届いてくるだろう。


「さて、わたくしはどうしようかしら……。オースさんがこちらに落ち着かれたとしたら、わたくし、ついて回る必要がないのではないかしら」


「ワタシはさっさと帰りたいですねーっ!! ほんと、ひどいめにあったですねえ……。しばらく話のネタには困りませんけれども……」


 神官二人組が、こちらに礼をした。

 ひとまず町まで行って、互いの教会に伺いを立てる、というところだろうか?


 もう一度くらいは会えるかもしれないな。


「あーあ、わたくし、このままずっと冒険が続けば嬉しかったのですけれど。これは、お師様に呼び戻される流れですわね……。短いお休みでしたわあ……」


 彼女達は、農場から少し離れたところで、ラグナの神聖魔法で移動手段を確保するのだろう。


「元気で、二人とも」


「ええ。モフモフを後にして去るのは、本当に、ほんっとーうに、断腸の思いなのですけれど……!! でも、ほら。一人ついてきてくれますもの!」


『ちゅっちゅ!』


 アリサの胸元から、ローズが顔を出してきょろきょろした。


「ローズも元気でね!」


『ちゅちゅーい!』


「ばいばいですよー!!」


 クルミがローズみたいに、ぴょんぴょん飛び跳ねて手を振った。

 ふさふさの尻尾も、ピコピコ踊っている。


 さてさて、こうして、仲間達は自分の道を歩いていく。


 俺とクルミも、自分の道を行く。

 ここで、最後のお別れ。


『わふん』


 夕方。

 ブランが俺を見つめて、尻尾をぶんぶんと振った。


「やっぱり行くのかい、ブラン」


『わふ。君が成すべきことをなし、再び自由になったなら、迎えに行くよ』


「やって来るのかね、そんな時が」


『来るさ。わふん!』


 そう言って、彼は笑った犬のような顔になる。

 サモエドにそっくりだ。


 マーナガルム、ブラン。

 俺の相棒。


 彼とのお別れだ。

 彼は再び、魔獣の森に戻るのだろうか。

 それとも、自由気ままに世界を旅して回るのだろうか。


 だが、不思議と俺は、彼とはもう一度再会する気がしてならなかった。


 真っ白な背中は、農場の道を真っ直ぐに走っていった。

 やがて、日が落ちる。


 ブランの姿はすぐに見えなくなった。


 さて、彼が言った……あるいは予言した、俺が再び自由になる日とは?


「つまり、俺とクルミでそれなりに楽しく過ごして、子どもを送り出す、とか?」


「うん? オースさん?」


「ははは、なんでもない。これからのこと。ずっとしばらく経ったら、俺達をブランが迎えに来るって」


「そうですかー! いつになるですかねえー」


「さあ、いつだろう。その前に俺達は、これからのことをしないとな」


「これからのこと? お仕事さ」


 やがて、夜が過ぎ、朝になり。


「君はそれで良かったのかい? 君こそ、どこかに行ってしまいそうな気がしたけど」


『ミルクが美味いところは正義にゃ』


 ドレが、お皿にたっぷりのミルクをごくごくやりながら、ご機嫌で答えた。

 

「ドレはお仕事しなくていいところがいいですよねー」


『よく分かってるにゃー』


 鼻先をミルクで真っ白にしたドレが、満足そうに頷く。

 そこを、クルミが後ろからわしゃわしゃーっとかき混ぜた。

 ドレが、うにゃにゃ―と鳴く。


「よし、じゃあ、行きますかね! 俺とクルミの将来の農場を作るべく」


「はいです! クルミはですね、美味しいパンがたくさん成る畑がほしいです!」


「ははあ、そりゃあいい。俺もパンが成るような畑は大歓迎だ。そのためには、小麦を育てないとなあ」


 実家から、牛や馬を借り、さて、今日から俺は農家だ。

 冒険者は廃業……。

 いや、しばし休業、か?


 本日は晴天なり。

 新しい生活の一歩目を踏み出すには、いい日だ。


「オースさん! 先に行くですよーっ!!」


 クルミが駆け出し、どんどんと緑の大地を先に走っていく。


「はいはい。元気が有り余ってるなあ……!」


 遠く、農場の彼方に見えるのは、空に浮かんだ異世界の船。

 陽の光に照らされるそれを眺めながら、俺は大きく伸びを一つした。


「よし! やりますか!」


 かくして、俺のひどく波乱に満ちた物語はここで終わりだ。

 ここからは平穏で、しかし油断ならない毎日が始まる。


 願わくば、次の物語は波乱万丈にならないで欲しいものだ。


 ドレが俺の内心を読み取ってか、にゃあ、と鳴いた。




おわり



────────────

これにて、オースの冒険はひとまずの終わり。

長らくのお付き合い、ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放テイマーによる、高難易度モンスター攻略記~Sランクパーティから追い出されたが、真の実力者は俺でした。 あけちともあき @nyankoteacher7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ