第四部:オケアノス海の冒険 1

第119話 流れ着くのは炎の島 その1

 長いようで短かった、セントロー王国ともお別れの時がやって来た。


 アーガスに送ってもらって、俺達は王国の出口である港町、ヴァイデンフェラー領へとやって来た。

 って、ここはアルディの元領地じゃないか。


「わっはっは。かっこよく啖呵を切って出てきたんだがな。まさかすぐに戻ってくることになるとは!」


「閣下! 閣下がいる!」


「アルブレヒト様ー!」


「俺達の辺境伯が帰ってきたぞ!!」


 アルディが出てきた途端に、物凄い大歓待である。

 町のあちこちから人が溢れてきて、俺達を取り囲んでしまった。


「戻ってきてくれたんですか!」


「新しく赴任してきた辺境伯がもう、もやしみたいで弱っちそうで!」


「やっぱ俺達は閣下じゃないとだめです!」


 わあわあと騒ぐ。

 それを、アルディが「うるせえ!」と一喝した。


 凄まじい気迫に、静かになる一同。


「カリスマを持った方でしたのねえ」


「うん。思っていた以上に慕われていたみたいだ。だが、彼は平和になった領地に自分の居場所はないと思ったんだろう」


「まじめさんなのですねえ」


『わふわふ』


 ブランがそうだそうだと言っております。

 すると、民衆はブランに気付いたようだ。


「閣下、あのでかい犬はなんですか」


「もっこもこだあ」


「牛ぐらいあるぞ、あれ」


 ブランを見てみんなざわめき始める。

 うん、これが正常な反応だよな。


『普段はこの犬、周りに自分を気にさせないみたいな弱い魔法を常にかけてるにゃ。だが今さっき、あの男の気合で魔法が解けたにゃ』


「なんと、ブラン、そんなに気を使ってたのか」


『わふ』


 ブランが笑うような顔になった。

 すると、また民衆の目がブランから逸れる。


「あれ? 俺達、何を見てたんだっけ?」


「大きいいぬー! かわいい」


 アリサがほえー、とため息をついた。


「今、魔法を使いましたの!? 全く発動したことも分かりませんでしたわ。だけど、ブランちゃんは確かに認識阻害の魔法を使っていますわね」


 そうだったのか……。

 やはりSSランクの魔獣マーナガルム、とんでもないモンスターであることに違いはないな。


 しかし、副次効果で良いことがあった。

 民衆が落ち着いたのだ。

 アルディがブランに、「助かる」と礼を言う。

 ブランが、『わふ』と返した。


 その後、彼は領民と話をつけて、船を一艘用意させた。

 彼の私物だそうだ。


「こいつで外海に出る。セントロー王国から、そうだな。オケアノス海を通ってシサイド王国にでも行くか」


「オケアノス海! 精霊王が統治する豊かな海だと聞くな。かなり楽しみだ」


 水の精霊王の名をオケアノスと言う。

 この辺りでは、オケアノスは神として信仰されているそうだ。


 そもそも、この世界を指し示すゼフィロシアという名だって、風の精霊王ゼフィロスの名を用いている。

 風はどこにでも吹いている。

 故に、世界の名をゼフィロシアというのだ。


「さあ見てくれ。これが俺の自慢の帆船、虹の刃バルゴン号だ」


 さて、案内されたのはアルディの私物だという船。

 マストの数は三本。

 シップ形式の巨大な帆船……!!


「でかい! っていうかこれ、軍船だろ」


「当たり前だろう」


 アルディがきょとんとした。


「辺境伯が持つ船が軍船以外の何だって言うんだ。こいつは速いぞ。それに安定感も抜群だ。どんな嵐だって転覆することはない」


『フラグにゃ』


「ん? 猫、今なんか言ったか」


『なんでもないにゃ』


 ドレはトコトコと、船に乗り込んでいってしまった。

 船の乗組員は、アルディに惚れ込んでついてくるメンバーらしい。


 ただ、彼らが抜けると辺境伯領も困るので、俺達を別の港に下ろしたら帰るそうだ。


「ボスをまた乗せることができて嬉しいですよ!」


「おう、お前らよろしくな!」


「よろしくですわ!」


「よろしくですよー!」


「あっ、きれいどころが二人も!」


「ボスも隅に置けないっすなあ」


「っていうか今まで浮いた噂が無いのが異常だったのでは」


「うるせえ!」


 俺は「よろしくー」なんて言いながらそろっと乗り込んだ。

 ローズを頭に乗せたブランが続く。


 しかしまあ、とんでもない船だ。

 俺達をラグナスに運んできたオーガ船長の船よりも、マストが一本多いからな。つまり、二周りくらいでかい。

 化け物みたいな船だ。


 俺達はこの巨大な船、バルゴン号に乗り込み出港する。

 見送りには、辺境伯領の人々が詰めかけた。


 アルブレヒト元辺境伯、二度目の旅立ちだな。


 そして船はオケアノス海へと繰り出して……。


『あー、来たにゃー』


 ドレが呻いた。

 そう、来た。


 嵐が来た。


「ウグワー! 前兆が無かったのにー!!」


「ば、ばかなー!!」


「やべえ、マストが折れちまう! みんな、船を守れー!!」


「船べりに近づくな! 落ちるぞー!!」


 見たことも聞いたこともない、特大の嵐が突然発生したのだ。

 精霊の海、オケアノス。

 普通の海とはまた違うんだろう。


「ドレ、こいつはもしかして」


『でかいのが意図して、船をどこかに運ぼうとしてるにゃ。なんか言ってるけど、己とは言葉が違うから分からないにゃ』


『わふん!』


 ここでブランが、自信ありげに鼻先を突き出してきた。

 濡れた鼻先が、俺の頬にぺちゃっとくっつく。


「知っているのかブラン!」


『わふわふ、わおーん』


「ふむふむ。さる島に俺達を送り込もうとしてる? え? ブランがいたから? ブランとドレとローズと、あとアルディが揃ったからやっちまえということに?」


『わふーん』


 ブランが申し訳無さそうに尻尾を垂らした。

 いやいや、謝らなくていいよ。

 三匹が揃う条件ということは、俺も絶対付き合わなくちゃいけないし。


「で、その島というのは?」


『わふ!』


「島だ! 島が見えるぞー!!」


 船員が叫んだ。

 嵐を切り裂くように、一陣の風が吹く。

 暗雲の彼方に島が見えた。


 それは、黒い雲を赤く染め上げて、中央にある山から炎を吹き出していた。


「あ……ありゃあ、伝説の島だ!」


 船員の一人が呻く。


「伝説の島?」


 興味を惹かれた俺が尋ねると、彼は頷いた。


「遥か昔によ、あの島は陸の一部だったんだ。だけど、炎の神が暴れて島を切り離しちまった。それから、島は世界の中を流れてるマントールってえ魔力の流れの上を彷徨い、世界のあちこちに姿を現すんだ……」


「なんと……!! じゃあ、俺達は今、伝説を目の当たりにしてるんだな?」


「ああ、そうだよ。あいつは間違いねえ……!! 伝説の……炎の島アータル島……!!」


 一瞬、山から吹き上がる炎が巨人の姿になったように見えた。




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