第118話 王都オートローでの出会い その5
ご丁寧に、ジーン・ビブリオスの研究室跡というのがあった。
ここは十階である。
もちろん、ノータイムで入ることにする。
ひと目見て分かる。
この研究室跡は……。
「なにもないな」
「なにもないですねえ」
続いて入ってきたクルミが同意した。
めぼしい研究資料らしきものは全て持ち去られており、ガランとした中に、空っぽの机と棚と椅子とベッドだけがあった。
「これを見て観光客が喜ぶと思ったのだろうか……?」
俺は首を傾げた。
賢者の塔にはサービス精神というものがない。
いや、本来は研究を生業とする人々なのだから、サービス精神なんかあるわけもないのだが。
「それにしたってあんまりだ。俺は意見を述べてくる」
「真面目な男だな」
アルディが呆れた。
「まあ、うちのリーダーはちょっと変わり者なのですわ。あれでも、やる時にはちゃんとやるんですのよ?」
「ああ、それは俺もにおいで分かる」
においで分かるって、クルミか!
俺はそのクルミを伴って、賢者の塔管理室へ。
すると、さっき受付してくれたおばちゃんが出てきた。
「なんだい?」
「ジーン・ビブリオスの研究室跡だが、あれじゃあ観光にならないよ。本や研究に使われた道具が展示されてないと」
「おやまあ、そうなのかい? うちの宿六達の尻を叩いて準備させたんだけどね」
宿六というのは賢者の塔の賢者達であろう。
彼ら、このおばちゃんに頭が上がらないらしい。
おばちゃんが、掃除から洗濯、お料理までを引き受けて、それぞれの業者に指示を出して賢者の塔の運営を行っているからな。
彼女がへそを曲げると賢者の塔が動かなくなる。
ちなみに彼女、こう見えても王族らしい。
旦那さんが早く死んで、子どもが結婚して独立したとかで、生き甲斐を求めて賢者の塔の管理を行っている。
「賢者の人達じゃあ、どうやれば観光客が喜ぶか分からなかったのではないか。俺に任せてください。本当のジーン・ビブリオスの研究室跡ってのを見せてあげますよ」
「ほう!!」
ということで、俺は勝手に新たな仕事を受注した。
ちなみにビブリオス男爵の研究室跡が閑散としていたのは、彼が賢者の塔を追い出されることになった後、その研究成果や私物を不良賢者達が略奪したからなのだそうだ。
本当にろくなことをしないな彼らは。
かくして。
俺の仕事が始まった。
賢者の塔からは多くの不良賢者が放逐されており、彼らの蔵書は残った良識ある賢者達が山分けした。
だが、それでも山分けしきれぬものが幾つもあり……。
それは、倉庫で山積みになっていた。
もったいない!!
「よし、クルミ、アリサ、アルディ、ブラン、ドレ! ローズ……はいいや」
『ちゅちゅ?』
「これから本を持って、あの部屋に行く。持てるだけ持ってくれ!」
「はいです!」
「了解ですわよー」
「ほんと、物好きなリーダーだな!」
アルディはニヤニヤしている。
だが、実に楽しそうだ。
「辺境伯なんぞやっているとな。俺に命令する奴が陛下しかいなくなる。誰もが俺に頭を下げて従うんだが、退屈なんだよな。なまじ、部下が有能だったから俺がやることなんか何もねえ。部下の方が得意なことばかりでな」
「苦労したんだなあ」
塔の自動昇降装置を使いながら、アルディの話を聞く。
そして十階に到着したら、作業開始だ。
棚を本で埋めていく。
ジャンルの整理は俺の担当。
アリサはベッドや椅子などを、生活臭を感じられるようにさり気なく配置していく。
『それにゃー!』
『ちゅっちゅー!』
ドレとローズがベッドに突撃して、その上でボヨーンと跳ねた。
遊んでいる。
「あらー! モフモフが、ボヨーンって! あああーたまりませんわー」
アリサが戦闘不能になった。
だが、彼女がベッドメイクをしてくれたお陰で、うちのモフモフ二匹が上で遊びたいと思えるほど素晴らしいベッドになったということである。
俺とクルミとアルディとブランはもう一往復だ。
「それ、行くぞ!」
「はいですー!」
「人使いの荒いリーダーだな! わはは!」
『わふん!』
結局、三往復ほどして俺のイメージするジーン・ビブリオスの部屋は完成した。
床に盛り上がった資料の山。
棚の本は入り切らず、その上にも横向きに刺さっている。
さらに、テーブルの上には書き散らした紙束。
無造作に転がるペン。
一部には動物の骨などが詰まった瓶が並べられ、足の踏み場もない。
これぞ……。
俺のイメージする、ビブリオス男爵、往時の研究室だ。
「素晴らしい」
俺は満足した。
後で管理人のおばちゃんがやって来て、目を丸くした。
「大したもんだねえ……。確かにこんなだった気がするよ。リアルだわあ」
管理人のお墨付きである。
「そんなあんたのセンスを見込んでお仕事をお願いしたいんだけど……」
「うん?」
「この辺りの部屋、みんなそれっぽくコーディネートしてくれないかねえ? もちろん、少ないけどお金は出すから」
「ほう……!!」
俺のセンスが問われる、今までに無かったタイプの仕事。
俺は目を輝かせた。
「クルミはお手伝いするですよー!」
「俺も構わんぞ。時間なら幾らでもあるからな、わはは!」
『わふ!』
ということで。
それから何日か、俺達は賢者の塔の観光資源づくりに尽力することになるのだった。
その後、賢者の塔にはちょこちょこと観光客が訪れるようになったらしい。
誰もが、本を買うことができる程度の財力がある、ビブリオス男爵の開拓記の読者達。
彼らは観光地となった塔の十階を訪れて、実に
いやあ、いい仕事をしたな。
そして、俺達がセントロー王国から旅立つ日が近づいてくるのだった。
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