第117話 王都オートローでの出会い その4

「アルブレヒトでは長いだろう。俺と親しいものは略してアルディと呼ぶ。お前達もそう呼ぶがいい」


「オースさん、なんですのこいつ」


 こらアリサ、初対面の人を指差しちゃいけません。

 図書館から外に出て、アリサ達と合流したのだった。


 アルブレヒト、略してアルディを見て、アリサが訝しげな顔をしている。


「さるお方から紹介されたんだ。ちょうど国を出るつもりだったから、俺達について外に出ていくんだってさ」


「ふうん……。わたくし達、アドポリスではSランクくらいの実力を持ったパーティだったのですわよ? あなたがついてこれますかしらねえ」


 小姑みたいなこと言うな。


「俺は強いぞ」


 さらっと答えるアルディ。


「どれくらいですの?」


「セントロー王国最強だ」


「は?」


 でかく出たので、アリサがぽかんとした。

 俺もちょっと驚いた。


「だがな……。セントロー王国は平和なんだ。最強でも出番はない。そして俺の嫌いな事務仕事を、辺境伯である間はやり続けねばならん。幸い、俺には妻も子もなく、身軽な立場だ。こうして爵位を返上して一介のアルブレヒトになり、外に出ることも今のセントロー王国では許される」


「今、辺境伯って言いませんでした?」


 アリサが戦慄した。


「オースさん、また変な人を連れてきて……! 今までで一番変な人じゃないですの!! 所作を見るに辺境伯は言い過ぎとしても、間違いなく生まれがいい人ですわよこの人!」


「ははは、さる偉い人から頼まれてねえ」


 まさか、国王直々の頼みだとは思うまい。


「アルディ! おもしろいところに案内してくださいですよ!」


「よしきた。行くぞクルミ」


 なぜか意気投合してしまっているクルミとアルディ。

 観光するためにトコトコ歩き出した。


「ほら、気さくな人だろ」


「オースさんはそういうところ構わな過ぎるのですわよ!!」


 アルディは賢者の塔へ案内してくれると言うから、ワクワクだ。

 俺も鼻歌交じりで彼の後に続く。


『わふ』


『そうにゃあ。あののっぽ、本当に強いにゃ。なんで人間の枠に収まってるのかさっぱりだにゃ』


『わふん』


『はあー、平和になり過ぎるのも考えものだにゃあ。あれだけの力をどこにも使えないとか拷問にゃ。己はお昼寝して暮らすけどにゃ』


 モフモフ達の見解では、アルディの強さは本物らしいな。

 今の彼は、腰から剣をぶら下げている。


 王都の中では基本的に、武器を抜くことは許されない。

 しっかりと封印した上で、使用しない誓いを立てねばならないそうだ。


 アルディの剣もまた、封印されていた。

 あちこち肉抜きのある、変わった鞘に剣が収まっている。

 その刃の中ほどに、どうも見たことがある輝きがあった。


 あれ、確か……俺達がラグナスに届けた魔王関係の虹色の欠片と同じものじゃないのか?

 虹色の欠片がついた剣を装備する男、アルブレヒト。

 何気に魔王の関係者だったりしてな。


「ここが賢者の塔だ」


「なんだって!? うおおおお、高い! そして入り口からも漂ってくる古い紙の匂い! 本物だ!!」


 俺の理性が消し飛んだ。


「オースさんが一瞬でミーハーになりましたわ!!」


「センセエはこういうとこ大好きなんですねえ」


「中は基本的に関係者以外立ち入り禁止だな。貴重な研究資料なんかがあるらしいが……まあ、その研究資料が市場に流出してな」


「なんだって」


「不良賢者どもの小遣い稼ぎのせいで、賢者の塔の権威は失墜だ。それをある意味立て直したのが、ビブリオス男爵ことジーンだったわけだ。あいつが賢者の塔出身だったから、国民から賢者の塔を潰せという意見が出なかった」


「恐ろしいことになっていたんだな」


 俺達がビブリオス男爵領でやりあった賢者達が、まさしくその不良賢者達だった。

 確かにあんな、既にあるものを奪って成果にしようとするような品性では、賢者としてもろくなものではあるまい。

 開拓記に書いてあったビブリオス男爵のあり方こそ賢者だ。


 俺もかくありたい。


「それでな、陛下が大改革をやった。あの方、執政とかはまあまあ下手くそでな。大臣に全部任せてるくらいだ。だが、こと、学問や文化へのこだわりだけは誰にも負けない。陛下直々に指揮をとり、不良賢者を強権で全員クビにした。その後、残った賢者に弟子を取らせて新たな賢者の育成を始めているってわけだ。まあ、あと十年は育成機関だな」


「大改革をしたんだなあ……」


「ってことで、基本的に関係者以外立ち入り禁止なんだが、入館料を払うと臨時関係者になれて中を見学できるぞ。行くか?」


「行くに決まってる」


 俺は即答した。

 なんという杜撰な入館システムだろう。

 いや、それくらい、運営資金に困窮しているのかもしれない。


 確かに、入館料は高かった。

 高級宿一泊分くらいあるだろう。

 だがそれだけの価値はあるぞ、これは。


「おしろに入るみたいですねえー」


 クルミが塔の中をキョロキョロしながら歩いている。

 賢者の塔は、大きな螺旋階段が中央にあり、これを取り巻くようにして賢者達の研究室が点在している作りだった。

 ちなみに一階が広くなっており、そこに管理室や会議室などが設けられてるとのことである。


 賢者の塔は驚くべきことになんと十一階建て。

 上の階ほど力を持った賢者が住んでいると言う……のだが。


 うん、年をとって階段を上り下りするのが大変なので、ご高齢の賢者……つまりは実績のある賢者達は大体二階に住んでいる。

 トイレも三階までしか無いからね。


 なので、今は五階から上は展望室みたいな状態になっているのだそうだ。

 不良賢者が追い出されて、すっかり賢者の塔はガランとしてしまったようだ。


「センセエ、これはなんですか?」


「あ、なんだろうなあ。説明書きがある。魔力を込めると、自動で上下する籠だって。これに乗って、螺旋階段の中央を上に行ったり下に行ったりできるんだね」


 なるほど、階段を使わなくてもいいわけか。

 これは便利だ。

 人数は三人まで乗れるそうなので、俺とクルミとアルディが乗り込んだ。


「では、いざ最上階へ!」


 籠に設置された水晶球があり、これに触れながら念じる。

 すると、籠がするする上がり始めた。


『あっ、これなんか楽しそうだにゃ。アリサ、次は己といっしょに乗るにゃ』


「いいですわよ!」


『わふん』


 ブランが、僕は重量オーバーになるから階段でいいかなあ、なんて言うのだった。



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