第98話 地底を抜けてその先へ その5

 ドワーフの通り道にきらめく、星空のような輝き。

 鉱物の中に含まれる貴金属などが、自ら光を放っているようにも見える。


 恐らく魔力に反応しているのだろう。

 うーん、ブランに運んでもらっているから、考察が捗るな。これはこれでいい。


「センセエ、なんだか楽しそうですね?」


「うん、自分の足で歩かなくていいって、これはこれでいいものだなあって思ってさ」


「そうなのです? クルミだったら寝ちゃうですねえ」


「そうだねえ。でもね、このドワーフの通り道、眠っている暇が無いくらい色々なものが流れてくるんだ。一つ一つを目に焼き付けて、あれはなんだろう、これはなんだろうって考えるだけで忙しいよ」


「ほえー」


 クルミが感心した。


「それでこそセンセエですね! クルミもうれしいです!」


 ?

 どうして嬉しいのだろう。

 だが、彼女が喜んでいるならそれでいいか。


 通り道はしばらく続く。

 恐らく、煮立った湯が水になる程度の時間は過ぎたのではないだろうか。


 ある時、突然この地中の星空は終わった。

 やって来たのは、風の感触と土のにおい、木々の葉が触れ合う音がして、強い光。


「あ、地上か」


 少ししてから気付いた。

 地底の星空が見えなくなってしまった。

 ちょっと惜しいな。


「じゃあ、降りるとするか」


 俺はグルグル巻きの中で、ウエストポーチに仕込んでいた小型ナイフを取り出し、ロープを切断した。

 ぱらりと解けるグルグル巻き。


「オースさん今自力で脱出しましたわね!?」


「一瞬でロープを抜けたぜ……。あえて縛られてたんすか」


「そりゃあもちろん。何も道具がなくても、関節を外して脱出するくらいはできる」


「なんて器用な人なんだ……」


 アリサとカイルが呆れ半分、尊敬半分の目を向けてくる。

 何があっても対応できるように、一通りの盗賊の技は身につけているんだ。

 縄抜けくらいはお手の物だ。


 これで手首も縛られていたらちょっと大変だったが、その場合は靴の踵に仕込んだ刃物を使うことになっていたかな。


 ブランの背中から、地面に降り立つ。

 おお、地下世界とは地面の感触が違うな。

 なんというか、柔らかい。


 土の感触だ。


 俺が足元を、ポンポン踏んで確かめていると、出迎えが現れたようだ。


「客人連れか」


 突然気配が出現し、声を発した。

 振り返ると、エルフがいる。


 細身だがしなやかな体つきで、鋭い目をしたエルフだ。


「こいつはどうも、トーガさん! この人らは、イリアノスから来た人間達でして」


 ドワーフが挨拶している。

 ドワーフとエルフはあまり仲が良くなかったはずだが……。


「そうか。お前らが連れてきたということは、危険の無い人間だと判断したのだろう。おかしなことをしたら俺が殺すがな」


「なんだとぉ!」


 カイルがカッとなった。

 見た目は小柄で細身のエルフに、大口を叩かれたら、肉体自慢の戦士としてはそりゃあムカッとなるよな。


「やるか?」


「やらない。抑えてくれカイル。恐らく彼は、ビブリオス男爵領の重鎮だ。それに、見た目通りの年齢じゃない。俺達が知るエルフは、せいぜい人間の倍くらいしか生きないが……本物がいて、人間の二十倍くらい長く生きるんだそうだ。トーガさんと言ったかな。あなたは本物のエルフだろ?」


「我らは試練の民。森と命をともにする者。ジーンはワイルドエルフと呼ぶがな」


「ワイルドエルフ!! 本物だ!」


「センセエの鼻息が荒くなったです!!」


「オースさん、ワイルドエルフってなんなんすか?」


「うん、不満げなカイルに説明してあげよう。彼らは、俺が話した通りのエルフだよ。長ければ千年の寿命を持つ、精霊に近い種族だ。俺達が町でよく見るエルフは、彼らから精霊力が抜け、より普通の生き物に近づいた存在だ。トーガ氏は、それとは全く次元の異なる存在ということだね。恐らく、見た目では強さは判断できないよ」


 俺が説明していると、当のトーガ氏はなんとも言えぬ表情をした。


「どうしたんだい?」


「いやな。お前、俺の友人によく似てると思ってな」


「友人と言うと……ビブリオス男爵か」


「そうだ。奴とお前を会わせると大変ややこしい話になりそうだ。だがあいつはそれを望むだろう。ついてこい。案内してやる」


 トーガが踵を返した。


「強いエルフさんといいましたけど……ブランちゃんやドレちゃんには反応しませんでしたわね」


「より次元が高い相手だと、よく分からなかったりするからね」


『崇めるにゃ』


『わふん』


『ちゅう』


 ドレがブランの頭の上に登り、ドレの頭の上にローズが降り立った。

 モフモフ三段重ねだ。


「あるいは……ここにも、彼らに匹敵する何かがいるのかも」


 ワイルドエルフに案内され、森の中を抜けていく。

 ここはスピーシ大森林と呼ばれており、セントロー王国の西方に広がる広大な森なのだそうだ。

 トーガ氏の説明では、あくまで森が世界の中心というニュアンスになってはいたが、それを人間側の解釈で噛み砕くとそうなる。


「それにしても」


 俺は視線をブラン達に向けた。

 モフモフ三段重ね。

 イリアノスではロッキーを加えて四段だったが、何度見てもいいものだ。


 ローズの背中に触って、そこからドレ、ブランとすすすっと指をおろしていく。

 おお、何という感触。


 それぞれ毛並みが違っていて楽しい。

 俺は思わず、モフモフを触ることに夢中になってしまった。

 そのため、気づかなかったのである。


 森を出てすぐのところに畑があり、そこにしゃがみこんで何かをいじっていた男がいたことに。


 褐色の肌に銀髪の彼もまた、俺に気づかずに何かを触っていた。

 そのため。


 俺と彼は激突したのだ。


「ぐわーっ」


 畑の中に落っこちる男。


「あっ、ごめん!!」


 俺も慌てた。


「ひゃーっ、せんぱーい!!」


 畑に落ちた男を追って、ピンク色の髪をした娘が走っていった。


「あー。まさかここにいたとは」


 トーガ氏が半笑いになった。


「ここ、とは?」


 俺は、畑に落ちた男を助けるべく、そこへ降りていく最中だ。


「お前が突き落とした形になったそいつが、ビブリオス男爵。俺はジーンと呼んでいる」


 これが、俺とビブリオス男爵ジーンとの出会いだった。



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