第5話 追放は新たなる旅立ち その5

 食事の後片付けを終え、寝ることにした。


『わわん』


 ブランが一声鳴くと、横たわって尻尾を振った。


「なにぃっ、まさか今日はそのモフモフの中に包まれて寝てもいいのか!?」


『わふん』


 抱きしめてもいいぞ!みたいなニュアンスで鳴かれて、俺はひゃっほう、とモフモフの中に飛び込んだ。

 俺を包み込む温かい毛玉。

 柔らかく、フワッフワである。


 ちょっと犬くさいのだが、この犬くさいのがまたよい。

 でも今度水浴びしてキレイキレイしましょうね。


 暖かさと、聞こえてくるブランの鼓動ですっかりリラックスした俺。

 ぐうぐうと寝てしまった。


 明け方頃に目が覚める。

 Sランクパーティの雑用をしていた関係で、誰よりも早く起きる習慣がついているのだ。


 森の動物達は、ブランがいるから近寄らなかったようだ。

 アーマーボアの肉はそのままになっている。


「さてっと」


 水袋から少しだけ水を口に含み、口をすすいでからもったいないので飲む。

 これで目が覚めた。

 吐き出さないのは、水は貴重だからだ。


『わふー』


 ブランも起き出してきた。

 俺は彼が見守る中、肉を薄切りにして並べる。

 干し肉の用意だ。旅をしながら、肉をじっくり干していく。


 昨夜作った焼き肉は、残りを瓶詰めにしてある。

 こうしておけば虫もつかない。


「よし、後は……山菜をちょっと採取してっと」


 暗黒の森とは言っても、そこに生える食べられる植物は豊富だ。

 幾つかの山菜を取って、焼き肉といっしょに食べて朝飯にする。


「水も見つけておきたいな。そろそろ水袋の残りが心もとない」


『わふん』


「え、川が近いの?」


『わん』


 ブランに乗って、森の奥へ。

 おお、川のせせらぎが聞こえてくる。


 流れが穏やかなんだな。

 そして見えてきたのは、優しい音とは裏腹に、森の半ばまでを飲み込む広大な川。


 いや、森が水没してるのか?


「こりゃあすごい……。そう言えば、ここから植生が変わってるんだな。水の中から生える木になってる」


『わんわん』


「ありがたい! よし、ちょっと待ってろ」


 俺は専用の魔石を砕いたものを用意し、周囲の砂と混ぜて布にくるむ。

 そして、瓶を何本か並べた。


 一本に水を汲んできて、魔石と砂の入った布に掛ける。

 布の下には瓶があり……。


 砂が不純物を取り除き、魔石が毒素を中和する。

 これで、川の水が濾過されるってわけだ。

 濾過した水を直接飲んでみる。


 うん、いける。

 ブランがこれを、呆れたような顔をしてみていた。

 そして俺の脇までトコトコやって来ると、直接川に鼻先を付けて、水をごくごく飲んでみせる。


『わふん?』


「人間の胃袋は動物と違って、生水に弱いんだよ」


 俺が笑って答えても、ブランはよく分からないようだった。


「俺達人間は、まあ弱いけど強くてな。ブラン達は塩や毒のある食物を口にした場合、少量でも中毒を起こしたりするだろ? だけど、俺達人間はそういうものへの耐性がある。もちろん量が過ぎれば中毒になるし、死にもする。だけど、普通の動物と比べればその許容量が大きいし、分解能力も高いってわけさ。だけど、生水はだめだ。生肉も消化しきれない。毒は分解できるが、胃腸はあんまり強くないんだよ」


『わふーん』


 そんなもんなのか、と鼻を鳴らすブラン。

 人の言葉を喋ってるわけじゃないが、俺はテイマーなので、モンスターや動物の言わんとしてる事がよく分かるようだ。

 多分これ、モフモフ限定だろうけど。


「そして、ここに取り出したりますのがアーマーボアの胃袋! 内側の粘液や脂肪を削り落として洗い流して……」


 と言いながら、しこしこ作業を始める俺。

 結構な時間がかかり、飽きたブランが昼寝を始めてしまった。


 それでも作業を続け……。


「よし! これで第二水袋完成。本当は草食動物の胃袋が使いやすいんだけどな。……って、おーい、ブラン! ブラン、起きろー」


『わふー』


「そろそろ行くぞ。森を出るんだ」


『わふわふ』


 ブランがパッと目を開けた。

 そして、俺の襟首を掴まえると、ひょいっと放り上げた。

 俺は彼の背中に、ぼふんと着地する。

 素晴らしきかな、モフモフクッション。


『わおーん!』


 ブランが走り出した。

 なんと、大きな川の水面を、水切り石のように蹴りながら疾走していく。


 その速度はまるで風のようだ。


 木々の間からは陽の光が差し込み、川面をキラキラと照らし出す。


「これのどこが暗黒の森なものか。光の森じゃないか」


 輝く川の水面を走りながら、俺はこの光景にちょっと感動するのだった。


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