第92話 ここは地下世界レイアス その4
ドワーフは、地下世界に適応した種であるダークドワーフと言うらしい。
陽の光が無い環境に適応したため、体の色素が抜けたのだとか。
対するリザードマンは、色のついた苔を常食しているため、体がその苔の色になっているとか。
「興味深いなあ」
俺は初めて聞く話ばかりで、ウキウキだ。
夜の道行きなのだが、心は弾み足取りも軽い。
「あうあー、眠いですわー」
アリサがブランの上に伏せて何か言っている。
だが、ブランの背中をベッド代わりにできているので、これはこれで文句はないらしい。
「トカゲさんトカゲさん」
「おっ、なんだイ?」
「トカゲさんは舌をしゅるしゅるしてるですけど、なんでしてるですか?」
「それはネ。俺達リザードマンはにおいで物を判別するんダ。この舌先で、においから相手の温度まで全部わかるんダ」
「ほえー! すごいですー」
「わっはっは。ここ地下世界じゃ、空のヒカリゴケがない場所なんかいくらでもあるからネ。そしたら俺達の温度感知が頼りになるのサ」
クルミがなかなか興味深い情報を引き出しているな。
つまり、リザードマンは蛇と同じような能力を持っているということか。
これで、相手の体調や機嫌みたいなものもある程度分かるらしい。
同族同士のコミュニケーションのためにも用いられるらしいが、その御蔭でリザードマンは、本来言語的な機能は優れていないんだそうだ。
ならば、このリザードマン氏が饒舌なわけは……。
「俺はビブリオス男爵領に留学しててネ。そこで男爵の教えを受けたんダ」
「そうそう、こいつな、こう見えてすげえインテリなんだ。うちの村の代表やってるんだぜ」
ドワーフが彼を指差して語る。
なるほど、リザードマンとドワーフの村か。
そこは、モフライダーズのキャンプ地からそう離れてはいなかった。
大きな亜竜の骨がいくつもあり、それに土と苔を加工したもので壁や天井を作って家にしているようだった。
外と村の境界線というものはなく、気がつけばそこは村だった、という印象。
すでに村人達は寝静まっている。
「ここ、空き家な。これを使ってくれ。あと、骨が無いところには出るなよ。そこからは苔のにおいが効かない」
ドワーフが説明してくれる。
「苔のにおいってなんだ?」
カイルの質問に、リザードマンが丁寧な返答をよこした。
「それはネ。暴れる牙は、我々と同じようににおいで物を判断する。彼らが大嫌いなにおいが、この家には使われているのサ。それらのにおいを発する苔は、暴れる牙にとって猛毒となる」
「なるほど……。生活の知恵だなあ」
俺はとても感心してしまった。
カイルは、暴れる牙に興味を持ったようだ。
荒事が好きな男なので、手合わせしたいと考えているのではないだろうか。
俺も、その亜竜に興味がないと言えば嘘になるな。
だが、今日はともかく、眠ることが先決。
「じゃあみんな、寝ようか。幸い、この家を借りられれば危険もないようだ。ご厚意に甘えさせてもらおう!」
仲間達がめいめいに返事をした。
アリサは半分寝ているな?
地底世界の家は、骨と土の天井、乾燥させた苔を加工した床。
かすかにカビ臭いにおいがした。
苔がもっているもともとのにおいらしい。
ごろりと横になると、これがなかなか寝心地がいい。
目線を横に向けると、思ったよりも隙間だらけの壁から、外が見えた。
雨が降ったり風が吹いたりという世界ではないのだろう。
だから、壁も地上のものよりは作りが随分大雑把だ。
「まあ、いいか……」
俺は眠気に身を任せて、目を閉じた。
途中でクルミが横にごろごろ転がってきた気がしたが、これはいかんな、なんて考える前に俺は眠りの底に沈んでしまったのだった。
実家の夢を見た気がする。
没落貴族で、家ばかりが立派。
実態は大きな農家であり、俺も家族も、使用人達もみんなで畑を耕していた。
日の高いうちは畑に出て、雨の日や夕方は本を読む。
俺はそういう家で育ってきた。
兄弟は何人かいるが、俺は長男ではなかったために、今後家に残って使用人となるか、外の世界に出ていくかを選ぶことになった。
俺は外に出ることを選んで、冒険者となったのだ。
あの、変化に乏しいが楽しかった日々。
体作りと知識を蓄えることは、あの家だからできたのだなあ。
たまには顔を見せに帰るのもいいかもしれない。
夢の中の俺は、あの家にいた若い自分のままだった。
夕食の支度が終わり、使用人が呼びに来る。
俺の一家と、使用人達の家族と、まるで小さな村のようなものだった。
今夜の食事は肉のスープですよ、と声が聞こえる。
旦那様が、猪を狩ったから、と。
俺は今行く、と返事をしたところで目が覚めた。
ふと、家の外を何か大きなものが歩いている音が聞こえた。
足音というハッキリしたものではない。
大きいものが発する息遣いと、みしり、みしりと地面を踏みしめる音。
壁の隙間からそれを見た。
二足で歩む、見上げるほど大きなトカゲだった。
顎は大きく発達しており、おそらくあれは肉食なのだろう。
あれが暴れる牙か。
遠巻きに村を見て、近寄っては来ない。
鼻孔をひくひくさせ、顔をしかめると、そのまま踵を返して去っていってしまった。
なるほど、村が発する独特のにおいがあの凶暴そうな亜竜を遠ざけているのだ。
地下世界の生活の知恵だ。
気がつけば、暴れる牙が去っていった方角から、天井の色が変わっていくところだった。
地下世界の朝だ。
「静かで、のどかだなあ……。地上よりもずっと平和だったりして」
俺はそう呟いて笑ったのだった。
ちなみに、クルミが腕にひっついて寝ていたので、剥がすのに苦労した。
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