第91話 ここは地下世界レイアス その3

 星を眺めながら焚き火をして、夕食を作る。

 保存食を戻してスープにして、乾パンを漬けて食べる。


「保存食は嫌いじゃないっすし、オースさんめっちゃ料理が美味いから文句はないんすけどねえ」


 あっという間に食事を平らげて、お代わりをしているカイル。

 どうやら言いたいことがあるようだ。


「君の言いたいことを先回りしてみよう。せっかく地下世界に来たんだから、地下らしい食事をしてみたい、だろ?」


「そう! それっす!! 流石オースさん」


「もぐ? もぐもも」


 クルミがもぐもぐしながら何か言いたそうだったので、


「食べてから言おうね」


 と言い聞かせておいた。

 クルミはもぐもぐもぐもぐ、と一生懸命噛み、ごくりと飲み込む。


「えっと! ………………言うこと忘れたです!」


 うん、そうだと思った。

 場に笑いの輪が広がる。

 なんとも平和だ。


 神都ラグナスでは、ゆったりするつもりが大騒ぎだったものな。

 地下世界ではもうちょっとゆっくりしたいものだ。


 そう思っていると、地面に寝そべっていたブランが顔を上げた。


『わふ』


「えっ、誰か来るのかい?」


『わふん』


 足音はしないが……。

 ああ、いや。

 地面が音を吸収してしまうのか。


 地下世界の地面は、岩と土……そして、地上では見られないほど多彩な苔によって作られていた。

 この苔が曲者で、この上を歩くと全く音がしなくなったりする。


「おうい」


 遠くから声がかかった。


「おうい、地上から降りてきたんだろう。こんなところで泊まってねえで、うちの村まで案内すっぞ」


 おや。

 案外親切な申し出だ。


 向こうからは、ぼんやりとした光が近づいてくる。

 松明ほど光が強くないようだ。


 ここから俺が予想するのは、相手は地下世界の住人ということ。

 つまり、暗い世界に適応していて、あまり強い光を必要としないということだ。


 それは焚き火の明かりで、相手の姿が見えるようになってから確信に変わる。


 一人はドワーフ。

 だが、肌も髪の色も真っ白。目の色は赤く、体に色素がない。


 もう一人は直立したトカゲ……リザードマンだろう。

 しゅるしゅると舌を出し入れしている。

 あの舌を使って、においで相手を判別しているのだ。


「しゅ。獣のにおいがするネ。めずらしい。ワタシの知らないにおいダ」


『わふん?』


 ブランがトコトコとリザードマンに近づいていった。


「うわーっ、なんだこのでけえのは! なんか白くてふわふわしてんな! 親近感を覚えるぜ」


「高い体温を感じる。暖かそう」


 白いドワーフとリザードマンからの反応は好評のようだ。


「君たちが地下世界の住人なんだね?」


「おうよ! たまーにこっちの出口から降りてくる地上人がいるからよ。こうして見回って迎えに来るんだ。この辺でキャンプしててもいいが、暴れる牙が出たりするから危ねえぞ」


「暴れる牙……ああ、確かビブリオス領特産の亜竜の牙のことだったよね」


「なんでえ、お前、ジーンさんのとこの関係者か。だったら話が早えわ」


 ジーンさん?

 誰なのかは知らないが、勘違いされているようだ。


「いや、関係者ではないのだけど、セントロー王国に行きたいだけなんだ」


「いいっていいって! 地上の人なんざみんな同じようなもんだろ。うちの村に来い。少なくとも寝込みを襲われることはねえからよ!」


 がっはっは、とドワーフが笑った。


 これを見て、アリサがぼそっと呟く。


「白いとお髭もモフモフに見えますわね……。ちょっと触っても……?」


「うわっ、なんだ姉ちゃん!?」


 ジリジリ近寄るアリサに、ドワーフはたじたじとなるのだった。


 結局その後、やって来た二人に保存食のスープを振る舞い、地下世界の話を聞いた。


 地下世界レイアスは、ビブリオス男爵領というところに繋がってるらしい。

 いつもは精霊の通り道という魔法で行き来するが、つい最近になって地上へ上がるルートが開かれたとか。


 セントロー王国ではあるが、その辺境も辺境、一番端にある土地に到着することになるわけだ。


「そうか……。辺境か……。王都の賢者の塔で図書館に入り浸りたかったんだけどなあ……。セントロー王国は広大だと聞いてるし、王都に行くには一週間はかかるだろうし……」


「センセエがしょんぼりしてるです! 元気だすですよー!」


「うっ、心配かけてすまないなあクルミ」


「オースさんのこんなしょぼくれたところ初めて見たぜ……」


「わたくしにとってのモフモフが、オースさんにとっての本だったりするのでしょうねえ。だとすると気持ちはよくわかりますわ……」


『わふん』


『なんにゃ! お昼寝から目覚めたら何か増えてるし、ご主人はなんで凹んでるにゃ!』


『ちゅっちゅ』


 ブランとクルミが、俺の背中をポフポフした。

 うむ、ありがとう……。

 ちょっと元気になった。


「わっはっは! おめえ、王都に行きたかったのか! 大丈夫だって。男爵領にも本が色々あるしよ。ジーンさんが書いた開拓記っつーのが、今王国じゃすげえ読まれてるってよ」


「なんと、その男爵は本を書くのかい!?」


「ああ。もともと賢者らしくてな。レイアスの上にある、でけえ森を開拓して領地を作ったんだ。んで、縁があってレイアスにやって来て、俺らを助けてくれたっつーわけよ。自分じゃ剣も魔法もからっきしだが、知識で全部解決しちまうすげえお人なんだ」


「なんだかセンセエみたいな人ですねえ!」


「うん、他人という気がしないな」


 俺は俄然、そのジーンという男に興味が湧いてきた。


「そんじゃあ行くか。ついてきな!」


 ドワーフとリザードマンが立ち上がった。


「よし、テント畳もう。俺がやるから焚き火の始末をお願い」


「オースさん一人でっすか?」


「ああ。俺の撤収速度は凄いぞ」


 久々に、雑用で鍛え上げた腕を見せる時だ。

 ちょっとテンションが上ってきたところである。


 俺は張り切って、焚き火の始末が終わる前にテントを片付け、仲間達に「早すぎる!!」と驚かれるのだった。



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